第13話:刻印の暴走

魔王の城へ向かう道中。


クロウの体調は、急速に悪化していた。


「……っ」


歩くたびに、痛みが走る。


刻印が、全身を蝕んでいる。


「クロウ、休もう」


リオが心配そうに言う。


「……いや、まだ大丈夫だ」


「でも――」


「時間がない」


クロウは続ける。


「俺が倒れる前に――真実を、確かめなければ」


「……」


リオは、何も言えなかった。


クロウの顔を見る。


刻印が、顔のほとんどを覆っている。


もう――


時間がないことは、明らかだった。


---


その時、クロウの足が止まった。


「……クロウ?」


「……すまない」


クロウは膝をつく。


「少しだけ、休ませてくれ」


「もちろん!」


リオは慌ててクロウを支える。


「ここで休もう」


二人は、木の陰に座る。


---


「……水、飲むか?」


「……ああ」


リオが水筒を差し出す。


クロウは、それを受け取って一口飲む。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


リオは微笑む。


だが、その笑顔は――どこか、悲しげだった。


---


「ねえ、クロウ」


「ん」


「クロウは、死ぬのが怖い?」


リオの問いに、クロウは――少し考えてから答えた。


「……怖い」


「……」


「死ぬのは、怖い」


クロウは続ける。


「お前と、離れたくない」


「……」


「まだ、やりたいことがある」


クロウは拳を握る。


「お前を守りたい。お前の笑顔を、見ていたい」


「クロウ……」


「だから――怖い」


その言葉に、リオの目に涙が滲んだ。


「……そっか」


リオは涙を拭う。


「じゃあ、一緒に頑張ろう」


「……」


「クロウが死なないように――俺も、全力で戦う」


その言葉に、クロウは――微笑んだ。


「……ありがとう」


---


だが、その瞬間――


クロウの胸に、激しい痛みが走った。


「……っ!」


刻印が、脈打つ。


黒い紋様が、全身を這い回る。


「クロウ――!」


リオが駆け寄る。


だが、クロウは――その場に倒れた。


「しっかりして!」


「……すまない」


クロウは苦しそうに笑う。


「どうやら――もう、限界みたいだ」


「嫌だ!」


リオが叫ぶ。


「まだ、クロウと一緒にいたいんだ!」


「……」


「約束しただろ!もう少しだけ、一緒にいるって!」


リオの涙が、クロウの顔に落ちる。


「嘘つき……」


---


クロウは、リオの涙を見た。


ああ――


この涙を、見たくなかった。


「……すまない」


クロウは、リオの手を握る。


「約束を、守れなくて」


「……」


「でも――」


クロウは微笑む。


「お前に会えて、良かった」


「……やめてよ」


リオは首を振る。


「そんな、別れみたいなこと言わないで」


「……」


「君は、死なない。絶対に、死なせない」


リオは拳を握る。


「俺が、守るから」


その言葉に、クロウは――


胸が熱くなった。


「……ありがとう」


---


だが、刻印の暴走は止まらなかった。


痛みが、全身を駆け巡る。


「……っ」


クロウの視界が、霞む。


意識が、遠のいていく。


「クロウ!」


リオの声が、遠くなる。


「しっかりして!」


だが――


もう、声が聞こえない。


クロウの意識は――


暗闇に、沈んでいった。


---


暗闇の中。


クロウは、一人立っていた。


「……ここは」


見覚えのない場所。


いや――


「……あの村、か」


それは、クロウの故郷だった。


焼け落ちた家々。


倒れた人々。


そして――


「お兄ちゃん」


小さな声が聞こえた。


---


振り返ると、そこには――


エリカがいた。


金色の髪、青い瞳。


笑顔で、こちらを見ている。


「エリカ……」


「お兄ちゃん、来てくれたんだ」


エリカは嬉しそうに笑う。


「待ってたよ」


「……」


クロウは、その場に膝をつく。


「すまない……」


「え?」


「お前を、守れなくて」


クロウの声が、震える。


「俺は――弱くて、何もできなくて」


「……」


「お前を、死なせてしまった」


クロウの目から、涙が零れそうになる。


だが――


やはり、涙は出なかった。


---


「ねえ、お兄ちゃん」


エリカが言う。


「泣かないの?」


「……泣けない」


クロウは首を振る。


「俺は、もう泣き方を忘れた」


「そっか」


エリカは少し寂しそうに笑う。


「でも、いいよ」


「……」


「お兄ちゃんが、誰かを守れるなら――それで、いい」


エリカは続ける。


「お兄ちゃんは、リオって子を守ったんだよね」


「……ああ」


「なら、それでいいよ」


エリカは微笑む。


「お兄ちゃんは、もう――あの日の弱い自分じゃない」


「……」


「だから、胸を張って」


その言葉に、クロウは――


「……ありがとう」


小さく呟いた。


---


「ねえ、お兄ちゃん」


「ん?」


「もう、戻らなきゃ」


エリカは言う。


「リオが、待ってるよ」


「……でも」


「大丈夫」


エリカは笑顔で言う。


「お兄ちゃんは、まだ死なない」


「……」


「だって、まだやることがあるでしょ?」


その言葉に、クロウは――頷いた。


「……ああ」


「なら、行って」


エリカは手を振る。


「リオを、守ってあげて」


「……ああ」


クロウは立ち上がる。


「エリカ」


「ん?」


「……いってきます」


その言葉に、エリカは――微笑んだ。


「うん。いってらっしゃい、お兄ちゃん」


---


エリカの姿が、光の中に消える。


そして――


クロウの意識は、現実へと戻っていった。


---


「クロウ!」


リオの声が聞こえる。


「しっかりして!」


クロウは、ゆっくりと目を開けた。


「……リオ」


「クロウ――!」


リオの顔が、目の前にある。


涙を流している。


「良かった……本当に、良かった……」


リオは、クロウを抱きしめる。


「もう、目を覚まさないかと思った……」


「……すまない」


クロウは、リオの背中に手を回す。


「心配をかけた」


「……馬鹿」


リオは涙を流しながら、笑った。


「本当に、馬鹿だよ」


---


クロウは、ゆっくりと起き上がる。


「……どれくらい、倒れていた?」


「丸一日」


リオは答える。


「ずっと、目を覚まさなかった」


「……そうか」


クロウは自分の体を見る。


刻印は、全身を覆っている。


だが――


「……止まってる」


暴走が、止まっていた。


「え?」


「刻印の進行が、止まった」


クロウは不思議そうに呟く。


「なぜだ……」


---


「……もしかして」


リオが言う。


「君が、何かを受け入れたから?」


「受け入れた……?」


「うん。さっき、君は夢の中で――」


リオは続ける。


「誰かの名前を呼んでた。『エリカ』って」


「……」


「それは、クロウの妹だよね」


「ああ」


クロウは頷く。


「夢の中で、あいつに会った」


「……」


「そして――別れを告げた」


クロウは続ける。


「過去を、受け入れた」


「……そっか」


リオは微笑む。


「なら、それが理由かもね」


---


「過去を受け入れたから、刻印が止まった……」


クロウは呟く。


「感情が戻ると、刻印が暴走する。だが――」


「……」


「感情を完全に受け入れれば――暴走が止まる」


クロウは自分の手を見る。


「そういうことか」


「じゃあ、もう――」


リオが期待を込めて聞く。


「君は、死なないの?」


「……分からない」


クロウは正直に答える。


「刻印は止まったが――消えたわけじゃない」


「……」


「いずれ、また暴走するかもしれない」


「……そっか」


リオは少し悲しそうに笑う。


「でも、今は止まってるんだよね」


「ああ」


「なら、それでいい」


リオは拳を握る。


「今を、大切にしよう」


その言葉に、クロウも――頷いた。


「……ああ」


---


「じゃあ、行こう」


リオが立ち上がる。


「魔王の城へ」


「……ああ」


クロウも立ち上がる。


体は、まだ重い。


だが――


動ける。


「行けるか?」


「ああ。問題ない」


「なら、一緒に行こう」


リオは微笑む。


「真実を、確かめに」


「……ああ」


二人は、再び歩き出した。


---


道中、リオが口を開く。


「ねえ、クロウ」


「ん」


「君が夢の中で会った、エリカって子」


「……」


「どんな子だったの?」


クロウは、少し考えてから答えた。


「城の屋上でも言ったが……お前に、似ている」


クロウは続けた。


「明るくて、優しくて、変わってなかったよ」


「……そっか」


リオは微笑む。


「なら、俺――エリカの分まで、笑うよ」


「……」


「君の妹が笑えなかった分まで、俺が笑う」


その言葉に、クロウは――


胸が温かくなった。


「……ありがとう」


クロウは、小さく微笑む。


「お前がいてくれて――本当に、良かった」


---


やがて、二人は山を越えた。


そこには――


巨大な城が、そびえ立っていた。


黒い石で作られた、不気味な城。


「あれが……」


「ああ。魔王の城だ」


クロウは言う。


「行くぞ」


「……うん」


二人は、城へと向かう。


---


門の前で、クロウは立ち止まった。


「……リオ」


「ん?」


「もし、俺が倒れたら――」


「倒れないよ」


リオが言い切る。


「俺が、守るから」


「……」


「君は一人じゃない。俺がいる」


リオは拳を差し出す。


「相棒だろ?」


その言葉に、クロウは――


拳を合わせた。


「……ああ」


---


二人は、城の門を開ける。


中は、静かだった。


「……誰もいない」


「警戒しろ。罠かもしれない」


「うん」


二人は、慎重に進む。


---


やがて、玉座の間に辿り着いた。


そこには――


一つの玉座があった。


そして、その上に――


「……来たか」


低い声が響く。


「人間たちよ」


玉座から、影が立ち上がる。


それは――


魔王だった。


---


魔王は、人型だった。


黒い鎧を纏い、角が生えている。


だが――


その瞳には、悲しみがあった。


「俺たちは――」


リオが口を開く。


「真実を、知りたい」


「真実?」


「あなたが、王国に作られたという――真実を」


その言葉に、魔王は――


「……そうか」


静かに頷いた。


「お前たちは、知っているのか」


「……ああ」


「なら、話そう」


魔王は、玉座に座る。


「俺の、真実を」


---


そして――


魔王は、語り始めた。


王国の闇を。


自分が生まれた理由を。


そして――


復讐の、理由を。


---


### 次回予告


魔王が語る、真実。


「俺は、王国に作られた。そして――捨てられた」


その言葉に、リオとクロウは――


王国の本質を知る。


利用し、捨てる。


それが、この国のやり方だった。


そして、魔王は問う。


「お前たちは、どちらの味方だ?」


**第14話「君は人だ」**


光と影が、選択を迫られる。

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