第四章 快適な生活のために

第27話 レンガ窯の増設と未来への布石



 亜炭の仕入れと並行して、俺はレンガ窯の増設に着手した。

 今までの窯では、亜炭を効率よく燃焼させるには不向きだった。

 そこで、俺は前世の知識を活かし、より大型で効率的なレンガ窯をレンガで作り始めた。


 窯の設計図は、EV車サーバー内の資料を参考に、この世界の技術レベルに合わせて調整する。

 耐火性のある粘土の配合、熱効率を最大限に高めるための構造、そして煙突の設計。


 細部に至るまで、俺は近藤や村の職人たちと知恵を絞った。

 村人たちも、新しい燃料と、それに見合った新しい窯の建設に、以前にも増して意欲的に取り組んでくれた。


 彼らにとって、安定した仕事と日当は、生活の安定に直結する。

 レンガが作られ、それが新たな産業の礎となる。

 その未来に、彼らもまた希望を見出しているようだった。


 巨大なレンガ窯が、相良の空にその威容を現し始める。

 煙突からは、やがて亜炭を燃やした煙が力強く立ち上るだろう。

 それは、単なる煙ではない。この世界の産業革命の狼煙であり、俺たちの未来への希望の煙なのだ。


 


 桜の事業は、まさに相良の元領民たちを全員巻き込むかのような勢いで拡大していった。

 彼女は、領民たちの生活を直接的に支えるため、相良に直営の商店を開設した。


 駿府から日用品や雑貨類を直接仕入れ、中間マージンを極力排除することで、良質な品々を安価で提供することを可能にしたのだ。

 領民たちは、これまで手に入りにくかった品々が身近になったことに喜び、桜の商店は連日賑わいを見せた。


 今や俺も、幸と一緒に仕入れのために東奔西走する日々を送っていた。

 焼津や駿府といった商業都市では、俺たちの名もすっかり知れ渡り、多くの商人たちから声がかかるようになっていた。


 特に、俺たちが持ち込んだ現代の知識や品々は、この時代の商人たちにとって新鮮な驚きであり、新たな商機を生み出す源となっていた。

(俺たち、まさか異世界で有名人になるとはな!これも童貞魔法の副産物か!?)


 幸との時間は、仕事の合間にも増えていった。

 馬車での移動中、二人きりになることも多く、他愛もない会話から、互いの過去や未来について語り合うこともあった。


 幸は、俺の突拍子もない言動にも動じることなく、むしろ興味深そうに耳を傾けてくれる。

 そのまなざしは、俺の心を温かく包み込み、異世界での孤独感を癒してくれた。

 ある日の夕暮れ、駿府からの帰り道、馬車が揺れる中で、幸がそっと俺の肩にもたれかかってきた。


 疲れているのだろうか、それとも……?

 俺の心臓は、ドクンと大きく鳴った。

 今まで意識しないようにしていた「童貞」という二文字が、脳裏をよぎる。


「主任……少し、疲れてしまいました……」


 幸の吐息が、俺の首筋にかかる。

 甘い香りに、俺の意識は朦朧としてくる。


「ああ、無理もない……今日は一日中動き回ったからな……」


 精一杯、冷静を装って答えるが、内心はパニック寸前だ。

(このまま彼女が眠ってしまえば、俺はどうすればいい? この状況で、何か起こってしまえば、俺の童貞は…!)


 異世界でまさかの童貞卒業か!?

 いや、まだ早すぎる!

 俺には、この世界で成し遂げなければならないことが山ほどあるんだ!


 その時、馬車がガタンと大きく揺れ、幸の体が俺にさらに密着した。

 温かい彼女の体温が、俺の全身に伝わる。

 俺の童貞危機は、刻一刻と迫っていた。


 


 そんなある日、幸がふと口を開いた。


「あの~、主任。私たち、この時代に持ってきた服や下着、そろそろ限界なのですが」


 俺は、自分の着ているシャツの袖口を見て、確かに擦り切れていることに気づいた。


「ああ、そうだな。特に俺の服は、冬になったらこれだけじゃ寒すぎるだろうしな」


 幸は、桜と親しくなってすぐに、この時代の下着を入手したようだったが、普段着ている洋服はそうもいかなかった。

 和服ならば焼津でもどうにか仕入れられそうだったが、和装に慣れない幸は諦めていたのだ。

 俺の言葉を聞いて、幸は言った。


「じゃあ、服や下着の仕入れ、本格的に考えましょうよ!」


 俺は、日頃から親しくしている駿府の商人にこの件を相談してみた。


「和装ならばいくらでもご用意できますが、洋装ともなると……」


 商人の答えは、俺の予想通りだった。

 やはり、この時代に洋装は存在しない。


(チクショー、ユニクロはまだねぇのか! ヒートテックもエアリズムもねぇなんて、なんて過酷な世界だ!)


 結局、俺は商人から質の良い綿布をそこそこの量仕入れ、焼津の屋敷へと戻った。

 屋敷に戻るやいなや、敷地内に止めてあるEV車に向かった。

 車の中には学校設立のためにあらゆる機器類を搬入する途中だったため、車内には家庭科室で使用するミシンまで積まれていたのだ。


 俺は慣れない手つきでEV車に籠り始めた。

 端末を操作してCADからシャツとトランクスの型紙を印刷し、それを綿布に当てて自分で裁断した。


 そして、ぎこちない手つきでミシンを動かし始める。

 ジャーッ、ジャーッとミシンが縫い進む音だけが、静かな車内に響き渡る。

 彼がちょうどトランクスを縫い終えた頃、屋敷のメイドたちを引き連れて幸がEV車の中に入ってきた。


「主任、何してるのですか?」


 幸は、俺が縫い上げたばかりのトランクスを見て目を丸くした。

 幸も、この時代の下着には少々不満を感じていたところで、自分たちで作ってみようと考えていた矢先だったのだ。


 幸は、ここぞとばかりに俺を車内から追い出し、メイドたちとキャッキャとはしゃぎながら、自分たちの下着や簡単な洋服を作り始めた。

 EV車の中は、女性たちの賑やかな笑い声と、ミシンの小気味良い音に包まれた。

 俺は、外からその様子を眺めながら、どこか誇らしげな気持ちになっていた。


(うん、これで俺も「裁縫男子」の称号をゲットだな!……いや、違う。俺の童貞が、まさかこんな形で危機を迎えるとはな!幸たちが俺の作ったトランクスを穿くのか!?想像すると、色々とヤバいぞコレ!)


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