月にほえろ!

西季幽司

第一話「悲しき狼男」

狼班

「はい・・・もしもし・・・」

 俺は寝ぼけ眼で電話を取った。

 こんな時間に電話をかけてくるのは、いや、俺に電話をかけて来る人物なんて、あの人しかいない。

「悪いね。お休みのところ」

 昨夜は満月の夜だった。まだ、少し、頭がぼうっとしている。

「班長。事件ですか?」

「ああ、そうだ」と狼男関連凶悪事件対策班、班長の武藤彪むとうひょうが言った。

 俺は山城亮樹やましろりょうき。警視庁刑事部捜査一課、狼男関連凶悪事件対策班。通称、「狼班」の刑事だ。

 狼男の存在が公に認められてから、十年になる。

 十年前の満月の夜、ニューヨーク州の町中で無差別殺人事件が発生し、射殺された男が人の姿をした狼だったことから、狼男の存在が明らかになった。

 その後、研究が進み、


 ――狼男は突然変異による遺伝子疾患だ。


 と結論付けられた。

 現状、人口の0.0001%程度、狼男が存在している推定されている。狼男かどうかは血液検査をすれば、直ぐに分かる。男女を問わず、狼男と認定された人間は狼男認定者(Werewolf Certified Person: WCP)と呼ばれる。

 WCPに認定されると薬物治療を受けなければならない。満月の夜に狼男に変身してしまうのを抑制する薬を服用しなければならないのだ。

 男性のほとんどは満月の夜になると狼男に変身してしまう。狼男に変身してしまうと、狂暴になり、自制心が利かなくなる。凶悪犯罪を引き起こす可能性が高くなるのだ。

 一方、女性は満月の夜になっても狼女に変身する者は少ない。だが、情緒が不安定になって犯罪に走り易い。

 薬物治療を受ければ、WCPは、一般人と同様に生活することが出来た。だが、実際には、就職の際に差別を受けることが多かった。この為、自分が狼男であることを隠して生きている人間が一定数いるものと考えられている。

 こういった遺伝子疾患を持ちながら、狼男の認定を受けていない者は「隠れ狼」と呼ばれている。WCPと認定されていても、狼男に変身しない男女もまた「隠れ狼」だ。

 狼男が引き起こした凶悪事件に対処する為に、世界中の警察組織に専門の対策班が設けられた。

 俺は、その対策班に属する刑事だ。

 そして、俺自身、WCPでもある。俺はWCPの中でも、特殊な「覚醒者」と呼ばれる存在だ。満月の夜に狼男に変身しても、自我を失わず、自分をコントロールすることができるのだ。

 満月の夜、WCPが変身した狼男は抜群の、人の数倍の運動能力を持っている。

 覚醒者は、その特性を生かし、スポーツの世界で活躍している人間が多い。無論、人と競い合うのではなく、狼男同士で競い合うのだ。毎月、満月の夜に開催される狼男によるプロレス「ウルフワン」は人気コンテンツだ。ウルフワンのスーパースターは誰もが羨むような地位と生活を手に入れることが出来た。

 だが、覚醒者は少ない。ほとんどのWCPは薬物治療を受けながら、世の差別の中で生きていた。

 だから、犯罪に手を染める者が後を絶たなかった。満月の夜には、超人となるWCPに対処するのが俺の仕事だ。覚醒者は狼男に変身しなくても、五感の優れた者が多い。

「殺しだ」と武藤班長が言う。

「マン・イーター(人食い)ですか」

 狼男は人を食う。一度、人を食った狼男は、人としての理性を失ってしまうと言う。マン・イーターは処分されなければならなかった。

「そうだ。十六夜いざよいに悪いが現場に行ってもらえないか?」

 WCPは満月の夜から翌日にかけて休みが与えられる。薬物で狼男に変身するのを抑え込む反動で、満月の夜から翌朝にかけて気分が優れないのだ。今日は満月の翌日、十六夜だった。

「大丈夫です。直ぐに向かいます」

 多少、頭が重いが、俺は覚醒者なので平気だ。薬は飲んでいない。覚醒者であっても症状は人それぞれだ。班長のように、日頃と変わらない者もいる。俺は十六夜の朝は頭痛がした。

「じゃあ、頼んだ」と班長が住所を送って来た。

 班長だってWCPで覚醒者だ。だが、何時も通り仕事をしている。満月の影響など、まるで感じられない。班長は覚醒者の中でも更に希少なフリーマンと呼ばれる覚醒者なのだ。月の満ち欠けに関係なく、何時でも好きな時に狼男に変身することができる。

 俺もその域に達することができるだろうか。

 俺は部屋を出た。

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