未来で会おうぜ、ベイビー

秋犬

深夜に届いたビデオレター

『いえーい、彼氏君見てるぅ?』


 俺は夜遅くにスマホに届いたメッセージを開いて、愕然とする。そこには俺の彼女、美月みつきと知らない男が映っていた。場所はどこかの山みたいだ。


『彼氏君がこのメッセージを見るってことは、無事にこの動画が転送されたってことだねwwまずは第一段階、成功ww』


 音声で届いているはずなのに、そいつの語尾に「w」が付いているのがわかるほどこいつはウェイウェイしている。つーか、こいつは誰なんだ? 俺よりガタイがいいし、ちょっとかっこいいし、まさか美月、お前……!?


『いやさぁ、俺としては別にどうだっていいじゃんって思うんだけど、美月ちゃんがどーしてもお前に伝えたいことがあるって言うから、こうやってビデオレターにしてるわけ。ビデオレターって言ったら、こうじゃない? じゃ、美月ちゃんよろしくー!』


 ウェイ男がどいて、美月が前に出る。美月の清楚な黒髪が画面の中で揺れた。


『突然こんなことになってしまってごめんなさい。でも、どうしても私あなたに伝えたいことがあったの。別に私、好きでこんなことになったわけじゃないんだからね』


 美月の目は涙で滲んでいた。それから、彼女は信じられないことを話し始めた。


『この人はね、私の研究チームの田川たがわ先輩。とっても優しくて、頼りになる人よ。大丈夫、だから私のことは心配しないで。私が愛しているのはあなただけなんだからね』


『でも本当にごめんなさい。このメッセージはあなたの世界から約1万年前に撮られたものなの。私たちのチームが発掘した機器を調べていたら、チームごと急にこちらに転送されてしまったの。マンモスがその辺を歩いているの、信じられる?』


『辿り着いたのは私と田川先輩含めて5人よ。何とかクロマニヨン人の集落を見つけて、今はそこに落ち着いているわ。タイムスリップから8か月、私たちは何とか無事よ。マンモスも食べ慣れれば、おいしいわ』


『もちろん私たちは元の世界に戻る方法も考えたの。だけど、例の機器の起動方法がどうしてもわからないの。まるで未知の機器ね。もっと調べたいけど、1万年前の世界では到底無理よ』


『それで、あなたにお願いがあるの。その機器を田川先輩が苦労して調べて、かろうじて動画情報だけでも未来に転送できるようにしました。だから何とかこうしてスマホを起動させて、動画を撮っています』


『この動画は私たちがタイムスリップする前の日に転送されるよう設定しました。だから、私たちが機器をいじる前に止めてほしいの。それで、そっちの世界ではこの世界はなかったことにしてください。私たちはもう、こっちの世界で生きるしかなさそうです』


 スマホを構えていると思われる田川が、美月の全体を映す。服こそくたびれた現代のものを着ていたが、彼女の下腹部は見たことないほど膨らんでいた。それはまさに、彼らが8カ月を現地で過ごしたことの証拠でもあった。


『私のことなら心配しないで。そっちの私によろしくね。これはあなたにしか頼めないの。だから、お願いね』


 涙で声を詰まらせる美月に替わって、田川が話し始めた。


『そういうわけなんで、美月の彼氏君。何にも知らない俺たちのことよろしくな。例の機器はこういう奴だ。隠すなり壊すなり、それは彼氏君に任せるよ』


 そう言って田川が見せたのは、手のひらに乗るようなサイズの立方体だった。何かの配線のように溝が並んでいて、ゲームによく出てくる謎のアイテムみたいだと俺は思った。


『それじゃあさ、そろそろ転送できそうな容量も尽きるからこのくらいにしておくわ。過去の俺によろしくな。あとさあ、過去の俺に出来れば伝えておいてほしいんだ。変な奴って思われても、それは彼氏君の責任だからw』


 それから美月と田川は過去の自分たちにそれぞれメッセージを伝えるよう告げて、手を挙げた。そこで動画は終わった。


 数分の動画だったが、俺はこの動画を見てどうすればいいのかわからなかった。AIで作ったイタズラ動画かもしれないので、俺はとりあえず美月と話すことにした。手にしていたスマホで美月の連絡先をタップする。呼び出し音が10回ほど鳴って、ようやく美月と繋がった。


「もしもし美月? 今大丈夫?」

『大丈夫だけど、急にどうしたの? まだ研究室にいるんだけど』

「もしかして、世紀の大発見とかしていない?」

『え、やだなあ。まだ発表してないのにどうして知ってるの?』

「何かゲームに出てきそうなアイテムとか発掘してない?」

『ゲーム?』

「配線っぽいのが書いてある手のひらに乗るくらいの立方体、とかさ……」


 美月が黙った。マジかよ。


『え、ちょっと待ってどうして知ってるの? ねえ!?』

「今からそっち行くわ。待ってろ」


 どうせ説明しても信じないだろうから、俺は直接美月のところへ行くことにした。美月の研究室は基本部外者立ち入り禁止だけど、知ったことか。世紀の大発見より、美月の身体のことだ。あの映像が嘘だと俺は思えなかった。嘘で美月はあんな顔をしないし、田川の言葉にも覚悟があった。だから、俺は彼らの言うことを信用しないといけない。


 そうしないと、俺は美月を失うかもしれない。疑って何もしないで美月がいなくなること。それが一番怖かった。


***


 30分ほどで美月の勤めている研究室に到着すると、白衣を着た美月が怒っていた。


「急に何なの!? 今日は研究室で作業するって言ってたじゃない!?」

「田川って奴は一緒にいるのか?」


 すると、美月は目をぎょろっとさせて俺を見た。


「何で、だって私、田川先輩のこと話したことないよね……?」

「ああ、俺もさっきまで知らなかった」


 俺は美月に構わず、研究室の中に入っていく。そこに田川がいた。顔は同じだったが、動画よりも田川はひょろっとしていた。1万年前の生活で、相当鍛えられたのかもしれない。そう考えると、やっぱりあの動画はガチだ。


「何だ、君は?」

「俺は、美月の彼氏です。そしてさっき、彼女からメッセージを託されました」


 俺はスマホで動画を二人に見せようとした。しかし、先ほどはクリアに再生できた動画はノイズだらけになっていた。最初のふざけたNTRビデオレターのくだりと、美月が泣いて登場する辺りまでは何とか再生できたが、後は画像も音声も乱れてとても見れるものではなくなっていた


「何これ、いたずら?」

「どうやらこれ、1万年前から送ったものらしいですよ」


 俺は動画の概要について説明してやった。それを聞いて、美月と田川も凍り付いた。


「……まさに、この立方体にはそんな機能があるかもしれないって話が出ていたところだよ」

「それじゃあ、それを制御できる何かが出来るまでそいつに触らないほうがいいです。そうでないと、二人ともマンモスを食いに行くことになりますよ?」


 美月と田川は深刻な顔をしてお互いの顔を見ていた。それから、田川がつぶやいた。


「わかった、この発見物の調査は止めにしよう。まだ発表していないから、なかったことにしてもいいと思う。実際、未知の機器の調査には慎重になるべきだって案もあったから」


 美月は残念そうな顔をしたが、俺はほっとした。動画の最後の方で泣き崩れていた美月を、2人は知らない。これで目の前の2人はもう大丈夫のはずだ。


「それじゃあ、今日は帰ろうか。今夜は徹夜するつもりだったんだけどな」


 田川がそう言って、美月も帰り支度を始めた。


「美月」

「何?」

「俺にもっと愛してるって、ちゃんと言えよ」

「何それ」


 美月は笑った。本気にしていないだろうが、これは美月本人からのメッセージだ。深夜を回って、俺たちが研究室から外に出るとまだ月が空にあった。やけにまん丸な月だった。


「月が綺麗ですね」


 俺は田川に話しかけた。田川は急に話しかけられてドキリとしたようだった。


「一体何を唐突に?」

「あなたから言うようにって、言われたんです」


 俺は田川からのメッセージを伝えることにした。こいつはこんなところでわざわざ昔のことを調べているんだから、きっと昔に実際に行けて嬉しかったんだろう。それは美月も同じだったと思う。でも、それはとても寂しいことだったんだろう。何となく俺は向こうへ行ってしまった2人と研究チームに同情していた。


「1万年前も、月は変わらず綺麗だったそうですよ」


 田川が変な顔をした。それから少し考え込んで、こう答えた。


「そうか、1万年変わらないとすれば、月くらいか」


 過去に行った未来の自分の言葉だったけれど、同じ自分だったから理解できたんだろう。田川は相当なロマンチストだ。きっと過去に行った美月は、俺を忘れてこいつと幸せになるんだろう。俺は隣を歩く美月の手をぎゅっと握りしめた。絶対離さないし、離させるものか。


 帰り道で美月が先ほどの動画をもう一度見たがったのでスマホを取り出したが、どこを探してもあのざらざらした画面の動画はどこにも保存されていなかった。その代わり、俺は起動したスマホでついでに美月の顔の写真を撮った。この日起こったことは、この世界では俺の中だけに留めておくことになるだろう。そんな記念の一枚になった。


<了>

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