みみず

箔塔落 HAKUTOU Ochiru

みみず

 だれもいない教室のうしろ、机とロッカーのあいだに大の字に寝転がっていると、自分がみみずになったような気持ちがする。みみずは目が退化しているから、おそらく涙を流すことはできない。ただ、泣きたい気持ちだけを、体の中で肥大させていくのみである。

 泣きたい気持ち。

 このどうしようもなく泣きたい気持ちはなんだろう。

 寝返りを打つように、おれは体を横にしてみる。横着して室内履きで外に出て行ったものがいるんだろう、学ランが床と一緒にグラウンドの砂をこする音がする。「かなしい」? 「いたい」? 「せつない」? きっとそのどれもがおれの気持ちには当てはまらない。「つらい」? これは少しあてはまりそうな気がする。でも、いったい何がつらいのか。そりゃあ、スクールカースト上位じゃないし、来年は受験だから今の段階でもうぴりぴりしてるし、母親はいろいろと口うるさいし、細かい「つらい」には事欠かない。でも、その「つらい」を総まとめにしても、「しんどい」になるにはほど遠い。「しんどい」? そうか、おれはたまらなくしんどいんだな、と思う。たまらなくしんどくて、泣きたい気持ちになっているんだとおれは気がつく。

 なにせ人は生まれたこと自体が罪だし、この手を伸ばしても宇宙に星には到底届かないし、第一志望校C判定だったし……。いや、ちがうな。そんな素朴なことじゃなくて、なんていうか、こう、もっと……。そうだ、ポイントはこの「もっと」という言葉だ。もっと……、もっと……、もっと……、そう、きっと、もっとおれはできるはずなのだ。できるはずなのにできないことがしんどいのだ。

 ここでいうできるというのは、勉強がどうとかそういう話じゃない。なんていうのかな、感覚の話。ほんとうはおれは、もっと深くいろいろなことを感じることができるはずなのだ。だけどいま、それができていない。もっと強烈によろこんだり、もっと激しくかなしんだり、きっとおれはそういうことがしたい。でも、おれの人間性はまだまだそこまで育っていなくて、おれの知識も慈愛に昇華されるにはとうてい足りなくて、それがしんどいんだ。

 それじゃあいったいどうすればいいんだろう? 教室に誰もいないのをいいことに、おれは赤ちゃんみたいに両手両足をばたばたさせてみる。もちろんそれで、「わからない」が「わかる」になるわけがない。「わかる」ためには、もっと小さなところからこつこつと、世界を理解していかなくてはならない。果てしがないな、と思う。苦笑もする。だって、バベルの塔を建てるよりもむちゃな行為かもしれないから。でも、もしかするとそれは人生を賭けてやるに値することかもしれない。人生を賭ける、という世にもおそろしいことばに、おれはかえってうれしくなって、右足、左足と、少しずつ立ち上がっていく。

 教室のドアが開いて、ラケットケースを持った友人の別院べついんが入ってきた。

「おーっす」

「おっす。部活終わり?」

「おー。待たせてり」

「ぜんぜん。帰ろうぜ」

 おれは机のわきにつるした鞄を肩からかける。そうして、くだらない話をしながら駅までの道を歩いていく。

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