愛してその人を……

ささみ

第1話

 時計の針の音、僕らの呼吸、布がこすれる音、遠くで聞こえるサイレン。

 向かい合う僕ら。

 明かりをつけてない部屋は外からわずかに届く街の明かりだけで僕らの姿を照らす。まるで、この部屋が世界から断絶され誰の介入も許さない空間になっているようだ。

 僕を見つめるまっすぐな瞳。恐れも緊張もない。むしろ、いままで見た姿で一番安心しているようにすら見える。

 彼女は僕の右手に触れて優しくなでた。

 何かを思い出すように手触りを確かめ自分の頬に当てて体温を感じた。

 今、僕の心は落ち着いているようで興奮しているようで、この相反する気持ちが入り混じり呼吸が少しだけ荒くなる。

 呼吸が荒くなったことに気づいた彼女はゆっくりと顔を近づけてきてそっと唇を触れさせた。

 僕は気持ちに素直になり彼女を抱き寄せさらにお互いの唇の感触を確かめ合う。

 まるでこれが最後の瞬間みたいにお互いの体のあらゆるところをふれあい形、柔らかさ、温かさを確かめ合う。

 僕らはずっと一緒にいるのだ。これまでがそうだったように、これからもそうだ。

 しばらくの間、ふれあい僕らは再び向かい合い見つめあった。

 言葉は発さない。

 すでに決めたことだから。

 僕が望み、彼女が望んだ。それはまさしく愛だった。

 僕は両手で彼女の頬を触れた。

 艶めかしい彼女の表情を逃さないようにまばたきをせず見つめた。

 やはり目の前の彼女こそ愛すべき人だということがわかる。

 だからこそなのだ。

 頬に触れる手をそっと下げて首へ。白く細い首は美しく儚く愛おしい。

 僕は手に力を入れた。

 徐々に、徐々にゆっくりと力を強めていく。

 表情の微細な変化も見逃さないようにただじっと見た。

 少しだけ不安があった。例え僕の気持ちを理解しこの行為に至ったとしても、最後には人間の本能として生きるために自然と抗う行動に出るのではないかって。

 しかし、彼女は違った。

 苦しくなる呼吸から抗う体を自らの意思でコントロールしまるでリラックスしてるかのように力を抜いていた。

 そして、最後に僕の頬に触れ、その手は力なく落ちていく。

 僕はただ、最高の愛の形を探していただけだ。

 彼女はそれに賛同し受け入れてくれた。

 人が人を愛する時、何を見て愛し、何をして愛を確かめあうのか?

 それが不思議でならなかった。

 もし、そこに物質的な制約がないのならば愛は永遠で時間にも空間にも縛られないものになるのではないかって。

 目の前の彼女は脱け殻だ。

 そう認識した時、目の前にあるこの物質に対し嫌悪感さえ覚えた。

 だけど、あの触れた感触、声、匂い。

 それ以上に僕の行為を受け入れた精神こそ愛なよだ。

 僕は彼女の物質的なものに対してではなくもっと深いところで愛し、同時に彼女の愛を感じとることができた。

 これ以上の幸福があるだろうか。

 さあ、彼女のもとへ行こう。

 最高の愛を完成させるために。

 

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愛してその人を…… ささみ @experiments1998

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