十三夜 焼きたてじゃニャイト

 おい!? デケェな!


「お客様にゃね」

「まあ」

「父ちゃの仕事が終わるまではそこの丸椅子で待っててほしいにゃ。ただの店番にゃので、私のことは気にしにゃいでほしいにゃ」


 店頭に大きなメスの子どもが立っていた。俺と同じかそれ以上の上背はあるな、きっとジオジオの娘にゃ。


「父ちゃのパンは絶品にゃ。ぜひ買って帰ってほしいにゃ」

「そのつもりにゃが、聴いてもいいにゃか?」

「にゃんでも聴いてほしいにゃ」

「ここのパンを卸してる店はこの街にはあるのかにゃ?」

「五軒ほどあるにゃ」

「オススメの店を教えてくれにゃーか?」

「ん〜。どのお店もうちのパンを扱うお得意様にゃので、えこひいきは出来にゃーですが、私の独り言を聴いてほしいにゃ」

「ああ、美味いミルクが飲めたら最高に嬉しいにゃ」

「ぴったりのお店があるにゃ。あ、独り言ですにゃ。上質にゃジャージー種のノンホモ牛乳が飲める『港街牧場』あそこのフレンチトーストは最高にゃ。うちの店のフレンチトーストもあそこのミルクを使ってるにゃが、ぜひあの店の出来たてを食べて欲しいにゃ」

「クリス、明日は出立しゅったつの前に何か食べてから行くぞ?」

「はいにゃ!」

「ふふふ♪ 私も行きたくにゃったですにゃ♡」

「おいミーコ。独り言はほどほどにしろにゃ?」

「父ちゃ、ごめんにゃ」

「ヨダレが出るじゃにゃーか。ほれ、クリス、手にはめてみにゃ」


 クリスは爪を受け取ると、さっそく自分の手にはめたにゃ。


「どうにゃ?」

「わあ!? つけてにゃいみたい!!」

「どれ、見せてみにゃ? ⋯⋯ふむ。少し引っ張るにゃ。痛かったら言えにゃ。どうにゃ?」


 ジオジオが爪をつまんで押したり引っ張ったりしている。


「大丈夫にゃ。全然痛くにゃーですにゃ」

「よし。ノックス、これでどうにゃ?」

「上出来にゃ。クリス、この紙を切ってみろにゃ」


 スッ⋯⋯ハラリ。まるでクリームでも切るかのように滑らかに音もなく刃が通るにゃ。


「⋯⋯全然切った感触がないにゃ」

「クリス、約束しろ。絶対に猫には使うにゃ?」

「わかったにゃ!」

「ジオジオさん、いくらにゃ?」

「五千プスにゃ」

「そんにゃわけにゃいだろう? マルがふたつは足りにゃーだろ?」

「どこにでもあるオーソドックスな爪にゃ。それを少し調整しただけにゃ」

「⋯⋯腕は良いが商売下手だにゃ?」

「耳が痛いぜ。逃げられたカミさんにも同じことを言われたにゃ」

「父ちゃは腕が良いのにずっと安月給で雇われていたにゃ。雇われ鍛冶師だけでは食べていけにゃくにゃって、母ちゃは出て行ったにゃ」

「こらミーコ、父親の恥をペラペラと猫様に話すもんじゃにゃーにゃ」

「たしか、トレンドに流されがちの販売戦略に嫌気が差して、にゃんて言っていたにゃね」

「それも嘘じゃにゃーにゃ⋯⋯うちのカミさんはパンが好きだったにゃ。パン屋で食っていけるようににゃれば、いつか帰って来てくれんじゃねえか、なんて淡い期待を抱いてこのパン屋を開いたにゃ」

「父ちゃは母ちゃにベタ惚れにゃ。私がついてにゃいとただの廃猫だったにゃ。仕方がにゃいから私は父ちゃについてきたにゃ」

「⋯⋯結局全部聞かされたにゃ。まあ、いいにゃ。ここにあるパンを全部売ってくれにゃ」

「おいおい、ふたりじゃ食い切れにゃーでよ! 食べ物を無駄にするにゃら売る気はにゃーにゃよ!」

「誰が捨てるっつったにゃ。もちろん全て消費するにゃよ」

「それは本当だろうにゃ?」

「ああ。卸してるってこたあ、配達もしてくれんにゃろ?」

「もちろんにゃ!」

「それなゃあココに届けてくんにゃーか?」


 そう言ってメモに届け先の住所を書いた。


「ここは⋯⋯そうかにゃ。確かに承ったにゃ」

「これから選ぶパンだけは別にしてくれにゃ。そっちは俺たちが食うにゃ。クリス、好きにゃパンを選ぶんにゃ」

「え、良いのにゃ?」

「さっきから目移りしてたろにゃ」

「えへへ⋯⋯ありがとうにゃ、ノックスさん♡」


 クリスこいつさっきから菓子パンばかり見てたかんな。きっと甘党にゃんだろう。まだまだガキンチョだぜにゃ。


「ノックスさんはどれにするんにゃ?」

「俺は⋯⋯」

「メロンパンとマロンダノワーズにゃね」


 くっ⋯⋯どうして俺の好みを知ってるんにゃ? このミーコむすめ⋯⋯あにゃどれんにゃ!


「また寄ってくんにゃ。お前さんが言った通り、武器は育てるもんにゃ。クリスちゃんのクセが今の爪やグローブに刻まれるにゃよ。それを見てまた調整するにゃ」

「わかったにゃ。スカラベ山からおりてきたらまた寄るにゃ」

「スカラベ山⋯⋯そうか、気をつけて行けなゃ」

「ありがとうにゃ!」


 カランコロンカラン♪

 良い鍛冶師でパン職猫だったにゃ。


「クリス? 待て」


 買ったばかりのパンを口に入れようとするクリスを制したにゃ。晩御飯にはまだ早いにゃ。


「にゃ? にゃって、美味しそうですにゃよ?」

「仕方にゃーにゃ。確かに焼きたてが旨いんにゃ。ひとつだけにゃよ?」

「やったにゃ♪」


 しゃーにゃぁにゃ、俺もひとつ。


 サク⋯⋯。


「「うみゃい!!」」





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