036 主催者との邂逅 ②


「未来の君は常々こう言っていたよ。『もっと早く知っていれば……』とね」


 おそらく未来の僕は、今の僕と同じように【吸収融合】を使っていたのだろう。その結果として、最悪の結末を迎えたのかもしれない。


 僕としても、そんな終わり方は嫌だった。だからこそこの続きを真剣に聞き、胸に刻み込む必要がある。


 そうして老人は、僕の異能について語り始めた。


「まず君の異能である【吸収融合】は、クリーチャー限定に発動する。そして生きていようとも、弱っていれば発動は可能だ。しかしそこが、大きな落とし穴になる」


 思えば僕は虫のクリーチャー、擬態クリーチャー、そしてボスクリーチャーと、全て生きている状態で異能を発動してきた。どうやらそれは、間違った使い方だったようだ。


 もしかしてこれまでの思考や行動には、それらが大きく関わっていたのかもしれない。


 そう思った途端、心の中で冷や汗が大量に流れ出たような気がした。


「死骸であれば影響はほとんど無いに等しいが、対象が生きていた場合、君の精神に大きな影響を与えるのだ。また君の意思とは関係なく、動くこともあるだろう。未来の君が暴走したのは、等級Sのクリーチャーを生きた状態で吸収したことにあるのだ」

「なっ!?」


 すると、嫌な予感が的中してしまう。だとしたら、既に僕の精神はおかしくなっているのだろうか? 恐ろしいことに、その自覚がほとんどない。


 確かにこのデスゲームに参加する前と現在では、考え方に大きな違いがある。けどそれは、様々な経験を経て、変化してきたものだ。


 そう僕は、思い込んできた。しかし実際には、クリーチャーと融合したことによって、精神自体に少なからず影響を与えていたのだろう。


 自覚してみれば、確かに仕方がないとはいえ、人を殺す精神性はおかしい。


 けどそれは、デスゲームに参加している他の者にも言えることだ。


 だとしたら、それらはまだ僕自身の判断によって変化したもので、クリーチャーの影響はまだ小さいのかもしれない。


 そう考えるとある意味、まだ間に合うの可能性があった。


 加えて右腕があのとき、太山さんへと勝手に動いたのは、それが原因だったようだ。なら擬態クリーチャーと、ボスクリーチャーもそうしたことが起きるかもしれない。


 しかしそれに対して、老人が補足を口にする。


「だが安心したまえ、第一フェーズにいた血啜ちすすむし擬態粘体ぎたいねんたい血啜ちすす大鋏蟲おおはさみむし。この三体は下等で本能だけで生きるクリーチャーだ。君の精神への影響は、多少の人間性の欠如けつじょや、食欲などの本能が増すくらいだろう」

「よ、よかった」


 いや、よくない。夜中に指山さんや軽井沢さんを見て美味しそうと思ったのは、これのせいだろう。


 ただデスゲームを生きる上では、多少の人間性の欠如は、逆に有利に働くかもしれない。


 でなければ僕はもっと、精神的に追い詰められていた可能性がある。


「また君の意思が強ければ、勝手な動きをさせないことも可能だ。この三体であれば、おそらく容易だろう。ただこれから先は難しくなっていく。

 なぜならクリーチャーが賢くなっていくほど、その影響は増していくからだ。特に人並みの知恵を持つ個体であれば、確実に君は君自身でなくなっていくことだろう」

「……」


 格上を倒すならば、弱った時点で【吸収融合】を発動させる方がいいと思っていた。


 けどこれを知ったことで、その考えはガラリと反転する。おそらく目の前の老人は、嘘を言っていない。そんな真剣な気持ちが、強く伝わってきていた。


 もしこれを知らなければ、取り返しのつかないことになっていたのは間違いない。


 おそらく未来の僕は、今とは全く違う性格をした別人だったのだろう。想像するだけで、恐ろしく感じる。


 ある意味それは、精神的な死に繋がると思ってしまう。


 それから老人は、他にも様々なことを教えてくれた。


 たとえば、同じクリーチャーは一体までしか【吸収融合】できず、二体目以降は元になった箇所かしょの破損や欠損を修復できるらしい。


 また目から鱗だったのは、【吸収融合】の前に強くイメージすることで、融合箇所を選べることだろう。


 加えて本来の性能から低下してしまうけど、融合時の形や大きさも変えられるらしい。なお元の姿から離れれば離れるほど、より性能が低下していくみたいだ。


 他にも既存の融合箇所に上書きしたり、同じ箇所にストックして瞬時に切り替えることも可能なようである。


 ただ切り替えられるといっても、無限にストックはできないらしい。


 僕自身の・・・・クリーチャーとしての等級が上がるほど、その数が増えていくようだ。更に融合時の形状変化の自由度や性能低下率も、等級が上がるほどに改善されていくとのこと。


 ちなみに現在、僕のクリーチャーとしての等級はDらしい。これはボスクリーチャー、血啜ちすす大鋏蟲おおはさみむしの等級と同じようだ。


 またクリーチャーの等級は最大がSで、その次にA~Fと続いていくらしい。異能も同じ感じの等級のようだ。


 それと僕の【吸収融合】はデメリットが大きいので、異能としての等級自体はBとのこと。しかし所持者の成長次第では、S等級にも十分届くようである。


 これは異能自体が等級Bでも、所持者である僕自身がクリーチャーとしての等級が上昇していくからのようだ。


 加えて異能の等級=クリーチャーの等級と同等とは、限らないらしい。


 異能の等級は総合的な判断であり、クリーチャーの等級は主に強さや能力の特殊性に依存しているようである。


 また等級が低くても、格上の等級を倒すことはよくあるようだ。


 あくまでも等級は、目安にすぎないとのこと。


 そしてまだまだ聞きたいことはあったけど、ここにいられる時間は限られているらしく、重要な話に戻ることになった。


「そもそもとして、なぜ異能やクリーチャーという存在がこの世の中に出現したのか、それについて話そう。きっかけは、無数の隕石だったのだ」

「隕石?」

「そう、隕石だ。それはあらゆるレーダーなどにも探知されず、まるで転移してきたかのように地球各地に突如として降り注いだ。そしてその翌日からクリーチャーが発生し、同時に人類中から異能が現れ始めたのだよ」

「!?」


 その原因は、まさかの隕石にあったらしい。謎の放射線のようなものが、周囲に放出でもされていたのだろうか?


 僕はその事実に驚きながらも、老人から話の続きを聞く。


「当然人類は、その隕石を調べようとした。だがその隕石から後の等級Sが誕生したことで、不可能になってしまったのだ。最終的には多大な犠牲を払った上で後に辿り着けば、隕石は綺麗さっぱり無くなっていたらしい」

「それって、地球外生命体の侵略なのですか?」


 僕には、そうとしか思えなかった。隕石を介して地球を侵略しにきた宇宙人。そんな予想が思い浮かぶ。


 しかしそれに対して、老人はかぶりを振る。


「分からないのだ。いや、実際はそうなのかもしれない。だが我々は、それ以降宇宙から何も情報が得られていないのだ。まるで自然現象のようにそれが広がり、地球全体が適応していった。

 適応できなかった生き物の多くは息絶え、野生生物はクリーチャーへと置き換わったのだ。その頃にはもう宇宙にアプローチする手段は、ほとんどが失われていたのだよ」

「……そんな」


 それって、もうどうしようもないじゃないか。もしかして自暴自棄で、このデスゲームを始めたのかとさえ思ってしまう。


「これは恐竜が隕石を切っ掛けに絶滅したように、人類も同様なのかもしれない。クリーチャーという、新たな支配者が誕生したのだよ。現状の我々は、既に敗北者なのだ」

「……」


 そう口にする老人は、どこか悲しそうに言いつつも、しかしその瞳に諦めた感じはしなかった。


 そのことを示すかのように力強く、次の言葉を発する。


「だが我々は、それでも諦めなかった。現状が無理ならば、過去を変えればいいのだと理解したからだ。

 もはや我々個人が生き残る事など、誰も考えてはいない。人類の存続。人類の勝利こそが、全てなのだ。そこに人としての倫理感など、無価値に等しい」


 すると絶望が一転して、老人は高らかにそう言った。これまでの絶望など、単なる序章に過ぎなかったのだ。


 そして僕にとって、いやこのデスゲームに巻き込まれた全ての者たちにとって、重要なことがその口から告げられる。


「故に我々は、残り全ての異能者の力を限界以上に引き出し、これを実現させた。これは人類の存続・・・・・を賭けた、必要なデスゲームなのだよ」

「――ッ」


 老人はニチャリと笑みを浮かべると、にごった瞳をこちらに向けた。

 

 正常なようで、やはり正常ではない。狂っていないように見えて、やはり狂っている。


 僕はこのとき、本能的にそれを強く感じ取ったのだ。

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