君には幸せを、俺には願いを

月夏優雨

君には幸せを、俺には願いを

 リスと少年の物語1

 

 いたずら好きのリスは、いつも森の動物たちを困らせていました。


 ある時は、蓄えていた食料を盗んだり、ある時は、幼く小さい動物をいじめたり、

 小さないたらずらが日を重ねる毎に、森の動物たちの怒りが次第に限界を超えてしまいます。


 ある日、動物たちはリスを森から追い出してしまいました。


 リスはみんなに許しを請いますが、森のみんなは許しませんでした。


 リスは誰もいない遠くの山の森で、寂しく暮らしていましたが、ある日、山を訪れた人間に捕まってしまいます。


 捕まったリスは、人から人へ売られていきました。


 途方に暮れたリスは、逃げることも叶わず狭い籠の中で悲しんでいました。


 

 君には幸せを、俺には願いを1


 オレが住んでるのは、山と海に囲まれた綺麗な街だ。


 遥か遠い昔の遺跡も見つかっており、世界遺産にも指定されている。


 物心ついた頃、いつも彼女が側にいた。家が隣り同士ですぐに仲良くなった。


 だから、それが当たり前だと思っていた。それ故にこの想いに気づかなかった。


 いや、気づかないふりをしていた。彼女の事を今も想い続けている。


 だけど、どうしても真実を告げる事が出来ない。


 精神的に幸せにする自信があっても、経済的に幸せにする自信がないからだ。


 オレは大学卒業後、就職が決まらず宛もなくバイトをしていた。


 気がつけば八年の歳月が過ぎていた。


 結局バイトを転々とするだけで、就職は未だに出来ていない。


 一度は掴みかけたが人間関係で疲れて辞めてしまった。


 この先の将来が絶望しかなく暗澹たる気持ちが支配した。


 一度でも転んだらこの世界で這い上がるのは無理に等しい。


 世の中の理不尽に絶望した。


 だから、一足先にこの世界を去ろう。唯一の心残りは、彼女に想いを伝えられないことだ。


 告げないままの方が彼女の幸せの為だ。


 死にゆく人間の想いほど辛いものはない。


 オレは釣り橋から空を見上げた。


 風が強いせいで雲の流れが早い。


 オレの未練も風は吹き飛ばしてくれるだろうか。


 下を見下ろせば渓流になっている。


 釣り橋から下までの高さは十五mぐらいだろうか。


 俺は目を閉じ彼女の幸せを願いながら、釣り橋から飛び下りた。


 その瞬間、オレは幼い頃に読んだこの土地に伝わるお伽噺をふいに思い出していた。



 リスと少年の物語2


 ところが数日後、街の子供がリスの入った籠を盗み出しました。


 少年はリスを近くの森へ逃がしました。


「もう、捕まっちゃだめだぞ」


 少年はリスを見つめて微笑みました。


 少年の言葉を理解できませんでしたが、リスに触れた彼の手はとても優しく温かかったのです。 


 リスはそれ以来、少年を捜し続けました。少年に会いたい。


 その想いは日々を重ねる毎に強くなっていきました。


 それを遠くで見守っていたのは山の神でした。


 リスは山の神に気づき、人間にしてほしいと強く願いました。

山の神は言いました。


「お前は、今まで森の動物たちに迷惑をかけてきた、これからは森のみんなの手伝いをするんじゃぞ、良いな? お前が良い子になったのなら、一つだけ願いを叶えてやろう」

 と、リスに言いました。


 ところがリスは、いたずらしかしたことないので、どうすればいいのか解りませんでした。


 困った顔をしたリスに山の神はやれやれと言わんばかりに答えました。


「簡単なことじゃ、みんなが困ってることをお前が手伝って解決していくのじゃ」

 リスは、戸惑いながらも森のみんなの所へ向かいました。


 数日を経て、リスは久しぶりに森に帰ってきました。


 森の動物たちは、リスは見るなり不安げな顔になりました。


 そこで森で一番偉いシカがリスの前にやってきました。


「お前はここから追放されたのに、何の用で戻ってきたのかしら?」


「みんなのお手伝いをさせて下さい」

 リスは、頭を下げて言いました。


 リスの申し出に他の動物たちは驚愕していました。


 今までいたずらしかしてこなかったリスが、そんなことが出来るのかと、みんなは半信半疑だったからです。


 そんな視線にも負けず、リスはひたすらみんなに頼み込みました。


 シカはリスの真摯な態度に応じました。


「これからは改心して、みんなに迷惑をかけてはいけないよ」

 リスは嬉しそうにシカに礼をいいました。

 

 後日、森のみんなはシカの手伝いを一生懸命する姿を見るや、リスが出来そうなことを頼むようになりました。


 リスは、最初は失敗ばかりしてしまい、みんなから怒られてしまいますが、一生懸命頑張っていました。


 シカはリスの行いを静かに見守っていました。


 山の神がリスの行いを見張ってほしいとシカに頼んだからです。


 失敗を繰り返したリスは徐々に克服し、イタチ、イノシシ、ウサギ、カモシカ、キジ、キツネ、クマ、シカ、タヌキ、ネズミ、フクロウ、モグラ、みんなの役に立てるようになっていきました。


 それを快く思わないサルは、リスが頑張って集めた食料を奪いました。


 その食料は、今日のパーティーで使う大事なものでした。


 リスが頑張って追いかけますが、体の大きいサルには追いつけませんでした。


 それを見ていたシカは、サルに追いつくと激怒します。脅えたサルは言い訳しました。


「リスは、ずっと悪さをしてきたのに、みんなはこれでいいのかよ!こいつにも悪さをしたい奴だっているだろ?」

 サルの訴えに森のみんなは黙りました。


 森のみんなは、サルの言い分も解るので答えたくても答えられませんでした。


「確かに、リスの行いは許されることではないわね。でも、リスは改心してみんなの手伝いを失敗しても諦めずに一生懸命に頑張ってやり遂げようとしているわ。リスは昔の悪さする子では無くなったのよ。サル、もう信じてあげてもいいんじゃないかしら」

 シカに諭され、サルは頷くしかありませんでした。


 リスは、体力を使いすぎたのか、その場で横に倒れてしまいました。


 次に目が覚めると、横にはサルが心配そうにリスを見つめていました。


「大丈夫か? ごめんな」

 リスは看病してくれたお礼をいうと手を差し出しました。


 サルは照れくさそうにリスに手を差し出し握手しました。


 森の動物たちはそれを温かい眼差しで見つめていました。


 それから間もなくリスは、全員の動物たちのお手伝いをやり遂げました。


 そして、あの山へ戻ることにしました。


「寂しくなったら、いつでもこの森に帰ってくるのよ」

 シカは優しく言いました。森の動物たちに見送られながら、リスは森を後にしました。

 

 数日後、リスは山に戻りました。


「どうやら、全員の手伝いを見事達成したようじゃな、お前の願いはなんじゃ?」

 山の神は成長し、いい子になったリスを見て微笑みました。


「人間になりたいです」


「一度、人間になったらもう二度と戻ることは出来ないぞ」

 それでも構いませんと言いました。


 リスの意志は、どんな石よりも固そうでした。 


 山の神が杖をかざすと、まばゆい光がリスを優しく包みました。



 君には幸せを、俺には願いを2


 高梨涼の告別式が行われた。


 彼が発見されるまで一月も経過した。


 彼が飛び下りたであろう渓流は海に繋がっており、海流に乗り遠く離れた浜辺に打ち上げられたのだ。


 その浜辺には近隣の住民は近寄らない。


 その為に遺体は腐敗が酷く、特定に時間を要した。


 彼の死は少なからず訪れた人々を悲しませた。 


 その中には友人や彼が好きだった彼女も含まれている。


 焼香の際に雨宮沙弥は嗚咽し、その場で頽れた。


 それを支えたのは大滝丈だった。目立ったのはそれぐらいで、その後は無事に終了した。

 

 数日後、丈から大事な話があると呼び出された。


 その場所とは彼が打ち上げられた浜辺だ。


 最初はそんな場所で話すのは嫌だって断っていたが、人がいない場所がここしか思いつかないと、それにそこに涼がいる気がしてと言われ続け根負けしたのだった。


 約束の17時にまで少し時間がある。


 夏にはまだ早いが少し暑い。誰も浜辺にはいない。


 波の音だけが虚しく聞こえる。昔からここには海流に乗って、様々な動物の死体(稀に遺体)が流れつく。


 それ故に、死の浜辺と呼ばれ地元の住民はまず近づかない。月に一度は業者が清掃に来るらしい。


 静謐で嫌な感じはしないし、むしろ穴場じゃないかと錯覚してしまうぐらい綺麗な浜辺だった。


 それは誰も近寄らないせいかもしれない。


 浜辺を何となく見つめていると、近くの森からウサギが一羽私に近寄ってくる。


 思えば私は小さい頃から、動物に好かれやすい体質だった。誰にも懐かない動物が、私だけにはすり寄って来たり、何となくそれが嬉しかった。


 約束の時間になると、丈が手を振って現れる。


 ウサギはその物音に驚き去っていく。


「もしかしたら、来てくれないんじゃないかと思ったよ、来てくれてありがとう」

 丈は軽く頭を下げる。


「気にしないで、私も大事な話が聞きたかったから」

 丈はしばらく黙ると、意志の強い眼差しで私の顔を見る。


「僕もかなり言うか迷っていたんだ、君を困らせてしまうからね、だけど、親友の気持ちをどうしても知ってもらいたかった、涼は怒ると思うけど、僕が我慢出来なくて…」

 何を言われるか大体察しはついていた。


「涼は、さやちゃんの事が好きだったんだ」


「それはずっと言わなくても解っていたわ」


「だったら何で他の男と付き合ったりしてたのさ!」


「涼が本当のこと言ってくれないから…、私も好きだから忘れようと思って、色んな人と付き合ったわ。でも、忘れる事が出来なかったの…」

 世の中には、好きでもないのに寂しくて付き合ってしまう人がいる。それが私だった。 

 

 私が弱い人間だったからだ。


 私から告白して一度は付き合った。


 結局、涼に別れを切り出されてしまった。私が好きだったのは、涼だけだった。


「そっか…、二人は好き合っていたんだね。なのに結局は結ばれる事がなかった。涼は言ってたんだ、さやを精神的に幸せにする事は出来るが、経済的に幸せに出来ない、だから付き合う事も資格も自分にはないと辛そうに言ってたんだ」

 私はその場で蹲る。世の中には相手の気持ちを考えず、しつこく想いをぶつけて成立するカップルもいる。しつこさと情熱は紙一重である。


 本当に好きだから諦められない、という言葉を振りかざす人も中にはいるが、好きでもない人に何度も告白される人の気持ちを本当に考えてるのだろうか。


 中には断り切れない女性も多々いるだろう。それを一途な人なんだと錯覚する。


 私の友達も断りきれず、結局苦い想いをしたと語ってくれた。それは愛なんかじゃない、ただの自己愛に過ぎない。


 身勝手な男が多くて憂鬱になる。本当に相手を思う人ばかり、結ばれない方が多いのが悲しい。彼は後者だった。

 

 涙が滂沱と流れた。彼がいつも私を助けてくれた記憶が鮮明に蘇る。

 私が小学生の頃クラスメイトにこう言われた。


「お前ちょっと可愛い顔してるからって調子に乗るなよ!」


 その娘が好きな男の子を振った事が耳に入ったらしく、その娘に夢中な男子を集めて私に制裁を始めた。


 そこへ飛び込んで来たのが涼だった。涼は勝ち目がないと解っていても立ち向かった。私の変わりに涼が殴られ蹴られた。涼が動かなくなると、


「ふん、これぐらいで勘弁してあげるわ」


 そう言い残して去った。


 他には告白を断り続けても、一向に諦めない人がいたが、みんな涼が助けてくれた。


 そんな顔するなよって、いつも頭を撫でてくれた。彼との記憶が鮮明に蘇る。


 記憶の中の優しかった彼の顔を思い出し、私の涙は終わらない。


 声にならない叫びが波音に掻き消される。涼の名を叫んだ。


 届くはずがないのに私は叫び続けた。まるで、涼が優しく私の頭を撫でるように風が優しく吹いた。



 リスと少年の物語3

 

 リスは自分の姿を山の神に見せてもらいました。


 少年と同じくらいの年の女の子になっていました。


 リスは山の神にお礼を言うと街へ駆けだしました。


 少年はすぐに見つかりました。


 街の中央広場で少年は磔にされていたからです。


 多くの人間たちが少年の見物に来ていました。


 少年は、親もなく食べ物を盗みながら生活していたのです。


 少年の仲間は次々と捕まり、残ったのは彼だけだったのです。


 街の人々は彼の処刑に賛成のようでした。


 一部の人は、止めようにもどうすることも出来ず、ただ傍観していました。


 誰も彼を助けようとする人はいませんでした。彼の処刑が始まります。


 彼の隣にいた大人が剣を彼に突き刺そうとした瞬間、リスは素早く駆け出し、少年を庇いました。


 剣はリスの胸を貫きました。


「あなたに…、一言…お礼を言いたくて…」

 リスが抱いていたのは、お礼だけではありませんでした。


 リスの心には、ほのかな恋心が少年にあったのです。


 少年は自分を庇った少女の瞳を見つめて気づいたのです。


 自分を庇ったのは、あの時に助けたリスだと直感的にそう感じたのです。


「お前…、あの時、助けたリスなのか!?」

 リスは嬉しそうに頷くと、そのまま無造作に倒れ動かなくなりました。

 少年は動かなくなったリスを見て号泣しました。

 

 大人は罪もないリス(少女)を殺してしまったことに戸惑っていました。


 それを見ていた一国の王は、彼の罪を彼女の死で償う形で終わらせることにすると大人たちに命令しました。


 後に王の命令で孤児院が作られ、身寄りのない子供たちはそこで生活することになりました。


 少年は大人になっても、リスの為に毎日欠かさずに献花を捧げました。リスのお墓は、山の山頂にありました。


 山の神にリスの死を知らされた森の動物たちも彼と入れ違いで毎晩訪れては悲嘆しました。


 墓前で祈りを捧げていると、少年の前に白い袴を来た老人が突如として現れました。


 少年は最初こそ驚きましたが、何故か怖いと感じませんでした。


「わしは人間は嫌いじゃ。欲望のまま同族と争い、傷つけ、憎み、殺し合うからじゃ。じゃが、お主は他の人間とは違うようじゃな、何故、そこまで彼女に尽くす。もう会えないというのに」


「リスが自分を犠牲にしてまで残してくれた命です。僕は、リスを忘れてはいけないんです。リスに救われた。親の顔も知らず、一日を過ごすことさえ僕は必死だった。それでも僕と同じ境遇の仲間たちがいたから、寂しくなかったんです。でも、仲間たちはみんな捕まり処刑されました。僕は独りだった。そんな時にリスに出会った。僕はこの感情が何なのか解らなかった。リスが身を挺してまで僕を守ってくれた時嬉しかったんです。リスを失った瞬間胸が潰れそうでした。今も喪失感は消えることはありません。僕はリスが好きなんです!愛しているんです!この想いは生涯変わらないでしょう」


「お主みたいな綺麗な心を愛する心を、自分より大切に思う気持ちばかりの世界で溢れたならこの世界も変わるじゃろうに。残念なことじゃ。お主の献身ぶりに免じて、これはわしからの最初で最後の贈り物じゃ」

 その時、強い風が吹くと死んだはずのリスが、あの時の少女のままの姿で現れました。 


 少年はリスに抱きつきました。リスは嬉しそうに笑うと涙を流しました。


「君の事を愛している…」

「…わたしも愛しています」

 それは一瞬ではありますが、永遠のように二人は感じました。


 風と共にリスは少年の腕から消えました。二人は一瞬であったとしても愛を、ぬくもりを確かめあったのです。


 少年は残りの人生をリスに捧げました。リスの事を一日も忘れた日はありませんでした。



 君には幸せを、俺には願いをーエピローグー

 

 意識が戻ると、オレはつり橋の上にいた。


 オレは確かに自分で飛び降りたはずなのにどうして生きているんだろう。


 それにオレの死んだと思った後に見えたあの光景は、一体何だったんだろう。


 オレはいい親友に恵まれていたんだな。でもあれは言わないでほしかった。


 沙弥が激しく傷つき悲しんでる姿を見て、とても心が締めつけられたからだ。


「随分と不思議そうにしておるのう」

 しわがれた声が聞こえ振り向くと、白い袴を来た髭の長い老人が立っていた。


 実際には、足が地面から少し浮いてるので人間ではないのかもしれない。それなのに恐怖は不思議とわいてこなかった。


「あなたは誰なんですか?」


「そうか、わしの事を忘れてしまったのか。わしは山の神じゃ。お前さんとは、遥か昔に会ってるんじゃがのう。人間とは不便なものじゃのう。『輪廻転生』つまり、お主は何度も他の生物に転生を繰り返し、今を生きておるのじゃ」

 一体、何を言ってるのか、さっぱり意味が理解できないが、輪廻転生は聞いたことがあった。


 全ての生物の魂は死んだらまた別の生物に生まれ変わり、それが未来永劫続いていくことを言う。


 前世の記憶とかがなければ、実際にあるのか怪しい。


 記憶がない限りは、新たな魂と変わらないのではないだろうか。


 オカルト地味てはいるが嫌いではない。


「ほれ、この土地にはお伽噺があるじゃろう? あれはな、本当にあった話なんじゃ。お主がそれを書いたんじゃぞ?教えたのはわしじゃ」

 あのお伽噺をオレが書いた?懐かしい感じがしたのはその為だったのだろうか。


「お主が見た光景、あれはお主が本当に飛び降りた時に起こる光景じゃ。昔も悲しいことがあった、そんな二人をもう二度とみたくないのでな。あの時は、リスを人間に変えたんで力を最大限に使えなくて、ああなってしまったんじゃがな。結果的に一瞬だけしかお主たちに時間を与えるのが限度じゃった。一つの魂に一つだけの奇蹟しか起こせないんじゃよ。今回はお主の死を巻き戻したのじゃよ、使えるのは一人一回のみじゃ」

 そんな非現実なことが信じられるわけがないけど、実際にそれは起きてしまったのだから信じるしかない。


「だけど、オレは好きという資格などない」


「たわけ!お主はあの悲痛なリスの叫びが解らないのか?例え、裕福でもそこに愛がなければ心が幸せになることなどないんじゃ。綺麗ごとかもしれないが、生活が厳しくても心が幸せならきっと乗り越えていけるもんじゃろ?それが愛というに相応しいじゃろう。ただな、自己犠牲と愛は紙一重じゃ」

 言い返す前に、山の神は風と共に消えた。


 オレは沙弥に何て言えばいいんだろうか。


 あのお伽噺のようにオレは彼女を想い続けることができるんだろうか。


 それでもオレは沙弥に伝えなければならない大切な想いがある。


 もうあんなに悲痛な声で泣く彼女を二度とみたくないと強く願った。


 オレの願いはただ一つ、彼女にずっと微笑んでいてほしい。


 オレはメールで『今晩会いたい』と送信した。


 返事は数分後に返ってきた。『私も会いたい』


 約束の時間になり、オレたちは山の山頂で会う事になった。


 とは言っても、昔はけっこうな高さの山だったが、今ではただの丘になり下がっていた。

 沙弥がオレを見つけると、嬉しそうに小走りする。


 オレは沙弥を悲しませないように、ありったけの想いを伝えた。沙弥は幸せそうに笑うと涙を流した。


『これからは、ずっと一緒にいようね』


 長い時をかけて再び巡り会った二人をわしはずっと遠くから見守ってきた。


 二人の魂は傷つき悲しみに染まりながらも、別の魂に転生しても必ずどこかで出会っていた。


 記憶は覚えていなくても、魂に刻んだ愛が消えることは一度たりともなかったようじゃ。


 それから同じ生物であり同じ年齢で出会える確率は本当に気の遠くなる時間を要した。

 やっと巡りあいホッとしたのも束の間、少年の方は人生が上手く行かずに挫折し、ついにはリスを手放し、挙句の果てには自らの死を選んだ蒙昧な選択じゃった。


 リスの幸せを願いながら、リスを不幸にしてしまうとは皮肉なものじゃな。


 わしは、今度こそ二人には幸せになってもらいたかった。


 少年は自分より相手の事を想い過ぎる為に苦しんでいた。わしは人間が大嫌いじゃが、この少年だけは救ってやりたかった。また、どちらかがいなくなって、片方だけが救われないのは見ちゃおれんからだ。


 少年はどうやら持ちこたえたようじゃ。弱気になっていたから心配じゃったが、記憶は戻らぬが魂に刻まれた前向きな性格を思い出せたようじゃな。これでわしも安心して眠りにつくことが出来るということじゃ。


 今度こそ幸せを二人で手を繋ぎ手放さないようにするんじゃぞ。


 END

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