4-5

 トントン! と壁に張り付いていた新人の右手が叩かれる。クラッシュだ。

 新人は不思議そうに彼の顔を見上げた。彼は僅かに顎で指し示し、新人の視線をもう一度彼の左手に落とさせる。黒手袋の指は三本立てられていた。

「?」

 新人は急いで思考した。三。指が三本なら三だよな。三って何だ。なぜ自分に今伝えてくる。三階で降りたいということ? 七階へ行くと言っていたはずだ。変更することにしたのか?

 それなら悩んでいる時間はない。古いエレベーターは随分と動きが遅いが、庫内の画面には「二」と表示されている。今ボタンを押さないと間に合わない。

 新人は男たちの背後から壁沿いに左手を伸ばし、車椅子利用者や子ども用に側面の低い位置に設置されているボタンを押した。

 画面に「三」が表示される。ドアが開く。

「ああすみません、やっぱり三階で降ります!」

 クラッシュが声を上げて、新人を先に押し出す。男たちがやはり黙って大きな体を内側に九十度回し、二人の道を開ける。新人の視界に三階フロアが入る。

 ドン! と新人の背中が強く押された。ぎりぎり転ばないくらいつんのめるほど突き飛ばされ、位置的にやったのはクラッシュだと分かりながら彼女は振り返る。

 聞こえたのは男の低い呻き声。

 まさにエレベーターを出るところだったクラッシュが、振り向くやいなや男たちを鈍い音をさせて殴りつけているところだった。向かって左の男の頭を渾身の力で揺らし、正面の腹を蹴り、右に肘を入れエレベーターの壁に叩きつける。

 一瞬の出来事。クラッシュは三人をダウンさせた。

 新人は驚愕したが、一言も声を出さなかった。「喋るな」と言われていたからではない。目の前で見る酷い暴力に、恐怖で飲み込んだ悲鳴が吐き出せなかったのだ。

「行け!!!!」

 クラッシュの背中から響いた大声に、びくりと自分を取り戻して新人は走り出す。何、何、何。何が起こっているのか。何も分からない。

「レディ……!」

 新人は息を切らしながら涙交じりにようやく叫んだ。

 通信先からの返事はない。

 クラッシュが殴りつけた男たちは一瞬うずくまるほどのダメージを受けたものの、再度立ち上がってクラッシュを囲もうとしている。しかし、ぎりぎりドアが閉まる方が早かった。

「フー! オンボロエレベーターの人感センサーが馬鹿で助かったな」

 クラッシュは一つ息を吐くと、自分も振り返って走り出す。エレベーターは昇ったが、すぐ上の階で降りて彼らは追ってくるだろう。

「非常階段だ!」

 先を走る新人に指示を出す。彼女は重い扉にもたつきながらも、建物の外にある非常階段へと飛び出した。

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