第4話 RUN, RUN, RUN!!

4-1

「そうだレディ、『Trick or treat』って言ってくれないか」

 クラッシュが仕事をするレディのデスクの前に屈んで顔だけを上に出し、にこにこと彼女を見上げる。

「私仕事中なんだけど。昨日も言ったけどハロウィンにはまだ早いわよ」

「いいから!」

 レディは不服そうに呟いた。

「Trick or treat 」

「悪戯されちゃあ敵わないなあ! レディにはこれをあげよう」

「これ……! グラン・ショコラの数量限定の……!」

 クラッシュがポケットから取り出した包みを受け取ったレディが小さく叫ぶ。

「どこで?! この辺りは何店舗も回ったけど売り切れだったのに!」

「たまたま見かけたから買っておいたんだ」

「ありがとう! ありがとう!」

 華奢な包みを抱きしめんばかりのレディに、クラッシュは満足そうに笑って手を上げる。そのまま部屋を出て行こうとするので、付いて行こうと新人は立ち上がった。

「ああ悪い、トイレだ」

「こちらこそごめんなさい……」

 新人は両手で顔を覆う。ずっと案内してもらってたから、付いて行かなきゃいけないと思うじゃないか。それはトイレくらい行くだろうけど。

 鳥の雛のように無心で彼を追いかけていた恥ずかしさに、心の中で言い訳を重ねる。

「今日の午後のおやつにしよう〜」

 レディが鼻歌でも歌いそうに貰ったお菓子をそっと足元の鞄に仕舞うのを眺めた。彼女と目が合う。

「レディは甘党なんですね」

 さっき教えられたコーヒーの好みも思い出しながら告げる。

「脳には糖分が必要なのよ」

 彼女は少し照れたように言った。

「新人くんも甘いのが好きでしょう。後で一緒に食べましょうね」

「えっ、そんなに沢山入ってないんじゃ」

「いいのよ。美味しい物は感想を共有したいわ」

「でもクラッシュがレディにって」

「クラッシュはそんなことで文句言わないわよ」

「そうですか? じゃあぜひ」

 クラッシュが居なくなると、部屋はひどく静かなことに気付く。掛け時計の針、ライフルにオイルを塗布する衣擦れ、キーボード、コーヒーを啜る音。

 それぞれが立てる音が響く中、レディが顔を上げた。

「スナイプ。レキシントンビルでの任務中の万が一に備えて、狙撃地点を探してきてくれる?」

「どこで誰を狙う?」

 スナイプは分解清掃を終えたライフルを組み立てながら問う。

「レキシントンビルの出入り口複数箇所。地下でターゲットを取り逃した場合に撃てるようにしてほしい」

「分かった」

 スナイプはライフルをゴルフバッグに入れた。

「周辺のオフィスビルに侵入できるように、ハックにセキュリティを突破してもらうわ」

「俺に追加で仕事の依頼か?」

 ずっとキーボードを打っていたハックが手を止める。

「貴方なら追加ってほどでもないくらい簡単でしょう。スナイプが入りたいって言ってきたビルのドアを開けてあげて」

「レキシントンビルのセキュリティのハッキングが山場だってのに」

 ハックはぶつぶつ言いながらも、パソコンやアンテナ、デバイス類を持ってスナイプと一緒に部屋を出て行った。

「ハッキングってこの部屋からできるんじゃないんですか?」

 新人は彼らを見送ってから尋ねる。

「ここからでもできるものと、ある程度近くから妨害電波を飛ばさないとできないものがあるみたいよ」

 その辺りは任せてあるの、とレディは言った。

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