3-6

「『NSB原則 任務達成を唯一最大の目的とし、何においてもこれを優先せよ』」

 新人が額に入ったそれを見上げながらゆっくりと読み上げる。

「最初から貴女たちを人柱にするような計画なんて立てないわ。ただし、例えば貴女たちが失敗しターゲットに捕まったとして、それを助けにいくことが任務達成の妨げになるなら見捨てます」

 レディは表情一つ変えない。

「それができるから俺はレディに従うんだ」

 クラッシュはどこか嬉しそうで、新人にはもう訳が分からない。

「スナイプ……」

 半泣きで先ほど助け舟を出してくれた彼を呼ぶ。スナイプは手を止め、新人を見つめ、少し考えてから口を開いた。

「まあ……捕まったお前を助けに行って、それで他のメンバーも共倒れになるだけの可能性もある。守るものが多いっていうのは、それだけ動くのが難しくなるってことだ。結果として、任務達成だけを考えた方が救えるものが多い。

 お前は、自分を助けにきたクラッシュがそのせいで死ぬ方がいいか?」

「絶対に嫌です」

 スナイプに穏やかに諭され、新人は冷静さを取り戻す。

「驚いたな。随分たくさん話すじゃないか」

 クラッシュはスナイプをからかった。

「お前の言葉が足りないからだ」

「こんなに喋ってるのに?!」

 クラッシュは驚愕しているが、話す量が問題なのではない。考え方だ。この場にいる人間は全て、考え方が極端なのだ。そしてそれを当然と信じて疑わない。

 二十二年培ってきた自分の常識が通じないことを、新人は理解した。彼らは常に命のやりとりを迫られる場に身を置いている。だから自分には理解が及ばない。滅多に事件も起こらない田舎しか知らず、平和ボケしているから。

「クラッシュはどうしてスパイになったんですか」

「レディに脅迫されたからだな!」

「そ、そういうことじゃなくて……というか、スカウトじゃなく脅迫?!」

 予想外の返事に新人は面食らう。

「それは貴方がNSBの所有する金庫の壁をぶち破って侵入してきたからでしょう」

 レディが口を挟み、話はますます混迷を深めた。クラッシュは嬉しそうに語る。

「あれは人生最大の驚きだったなあ! 誰にも気付かれないと思っていたのに、這って穴を潜り抜けたら目の前で仁王立ちのレディが俺を見下ろしてた」

 こうやって拳銃突きつけて。とクラッシュは再現した。

「スパイやる前から不法侵入してるし、それで命取られかけてるじゃないですか。そこからどうやったら上司と部下の関係になるんですか」

「レディは優秀な俺が欲しかったって訳だな!」

「馬鹿言わないで」

 新人にはこの二人の出会いが分からないままだが、詳しく明かす気もないのだと悟る。だんだんとクラッシュとの付き合い方が分かってきた気がするのだった。

「あの、そうじゃなくて。NSBで働き続けてる理由は何ですか。お給料は生活に困らない程度には充分もらえるって聞いてるけど、命を懸けるなら割に合わないし、休みにも呼び出される。人付き合いをしようにもたくさん嘘を重ねなきゃいけない。それでもスパイを仕事にする理由は何ですか」

 クラッシュは微笑む。

「それを俺に聞いてどうするんだ? 俺の理由を聞いてどうする?」

「あ……」

「君の働く理由を決めるのは君だろう」

 確かにそうだ。だけど、先に所属している人間のやりがいを聞いて、自分の決断は間違っていないと心の支えにしたい気持ちは悪なのだろうか。

「お前やレディみたいに強くてまっしぐらに生きられる人間ばかりじゃないだろう。まだ大学を卒業したばかりの新人に対して厳しいんじゃないか? 辞めてしまうぞ」

 スナイプはため息を吐いていた。

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