3-4
「そういや新人くんは足が速かったな」
説明を受ける度に顔が強張っていく新人をよそに、クラッシュは唐突だ。
「そりゃ死にものぐるいでしたから」
「いや、大したもんだ。すぐ追いつけると思ったら随分遠くまで行っているから、慌てて車を拝借することになった」
「あれ、クラッシュの車じゃないんですか」
派手にドリフトしていた車を思い出す。
「借りただけだな」
クラッシュは真面目な顔をして頷いた。
「ほんのちょっとの距離しか動かさなかったし、持ち主もすぐ見つけるだろう」
今回は壊さなかったし、と続く。
「盗難って犯罪ですよね」
新人はまるで自分の常識の方が間違っている気分になった。
「今更何を。市街地での銃の乱射だって犯罪だぜ」
クラッシュに指を差される。
「あれは仕方なく……」
そう言いかけたものの、自分でも何一つ説得力がないことに気付いて黙った。指示されたからじゃない。実行したのは自分の意思だ。
「私、犯罪者ですね」
案内されたコーヒーマシンの並ぶスペースで、新人は落ち込んだ顔でカップにコーヒーを注いだ。
「レディが揉み消したってさっき言ってただろう。……他の三人にも差し入れてやろう。そっちのマシンでも手伝ってくれ。スナイプとハックはブラック、レディは砂糖とミルクたっぷりだ」
クラッシュは新人の隣りのマシンのボタンを手早く押して、次のカップを差し入れる。
「揉み消したって言ったって、犯した罪は罪です」
新人は食い下がった。クラッシュは目を合わせ、二、三度頷く。
「よし行こう」
クラッシュがカップを三つ、新人が二つ持って元来た廊下を戻る。
「新人くんは警察官だったな。俺たちの超法規的な活動に抵抗があるのも無理はない」
「見習いです。警察見習い。まだ警察学校の卒業前でした。それもニューヨーク市警みたいに大きな警察じゃない。ニューハンプシャー州のです」
「ニューハンプシャー出身か! 良いところだな」
「ど田舎ですよ」
「行ったことはあるから知ってるぜ。自然豊かで美しいところだ」
「田舎ですが、私も自分の街が好きです」
「でも、ニューヨークに来た。レディはどうやって君を見つけた?」
「さあ。突然勧誘のメールが来ました。『私の部下にならない?』って。でも、きっかけはたぶん、私が銀行強盗を捕らえたから」
「へえ! 見習いなんじゃなかったのか?」
「見習いです。私用でたまたま銀行にいたところ、強盗に出会したんです」
「それで捕らえたのか? 怖かっただろう」
「でも、一般のお客さんと違って私は逮捕術を習ってたから」
クラッシュは微笑む。
「レディが気に入る訳だ」
「犯罪集団のトップにそう言われても嬉しくないような……」
新人はごにょごにょと呟いたが、「聞かなかったことにしてやる」と彼女を嗜めクラッシュは続けた。
「いざ窮地に陥ったとき、君は足を竦ませない。無理矢理にでも動いて状況を打開する大胆さと勇気がある。レディはそういう人間が好きなんだ。そうじゃないと現場で生き残れないっていうのもある。加えて銃の扱いや格闘の訓練も受けてるとあれば即戦力だな」
「見当違いです。私は昨日からずっと怯えてるし、そんな人間じゃ」
「君が気付いてないだけだ。世の中、『撃て』って言われて撃てる人間は少ない。何があろうとレディを信じて指示に従えることが大切なんだ」
新人は足を止める。
「クラッシュは、『殺せ』と言われたら殺すんですか」
クラッシュは振り返った。
「自分で考えないで何でもかんでも指示に従う訳じゃない。現場の判断で違うと思ったら提言することだってある。だがレディがそう言ったなら、必要なんだと考えて大抵はそうするな」
人を殺したことがあるんだ、目の前にいるこの人は。
新人は目を見張る。コーヒーカップを両手に三つも持って、ずっと私にレクチャーしてくれているこの人が。
「トロッコ問題って知ってるか?」
クラッシュに問われ、新人は現実に引き戻された。
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