1-4
本人にばれないように盗聴器を体に取り付けるのは比較的簡単だ。壁などの障害物を物ともせずどこまでもクリアな音声を届ける、小指の爪先ほどのサイズのボタン型発信機。市販などされていない超高性能のそれを、服の裾や袖口にすれ違いざまに貼り付けてしまえばいい。内緒話でも何でも聞き取れる。
ところがカメラとなると話は変わってくる。必要な映像が撮れる位置に取り付けなければならない訳で、少なくとも本人の正面、顔に近い位置である必要があり、必然的に本人に気付かれる可能性もうんと高くなる。
「レディ。君の計画した時間はとっくに過ぎたのにターゲットがまだ動かない。あいつ爺さんのくせに鉄の膀胱か?」
クラッシュはジョンソン会長の動向に常に目を光らせながらも周囲に溶け込みパーティーを楽しむふりをしていたが、2時間が経過して怪訝そうに呟いた。
〈おかしいわ。新人くんはちゃんと飲み物を渡してくれたのに。もう三回はトイレに行っててもいいはずよ〉
通信を受けたレディも、訝しみながら計画を変更するかどうか判断しかねているようだ。
「俺から見てもシャンパンは全部飲んだようだったけどな。どうにかして飲んだふりをしていたか、薬に耐性でもあるか。何か仕掛けがあるんだろう。今はそれを考えたって仕方ないさ」
クラッシュはグラスの中身を一気に飲み干すと、大股で歩きはじめた。
レディの立てた計画では、まずウェイトレスに変装した仲間-ちなみに今回が初任務の新人-が会長に利尿薬入りのシャンパンを飲ませる。即効性だ。会長は当然何度もトイレに行くことになる。そして事前にハッキングしておいた防犯カメラにより会場内の動きを全て把握しているレディの指示で、クラッシュがタイミング良く角を曲がり、トイレに入ってくる会長と正面からぶつかってカメラを取り付けるはずだった。
単純なようだが、会長が唯一一人になり、かつ油断しているであろう排泄というタイミング。大胆かつ手先の器用なクラッシュなら十分に可能だろうと思われていたのに。
「レディ、逃走手段を確保しておいてくれ」
〈クラッシュ! 貴方何をする気?!〉
「多少騒ぎになるがしょうがないだろう、もうパーティーが終わっちまう。レディならなんとかなるだろ?」
〈もう! 貴方って人は!〉
クラッシュは笑ってレディの文句を聞き流し、ウェイトレスに空いたグラスと一緒に走り書きを渡す。内容を見た彼女は焦ってクラッシュに詰め寄った。
「む、無理ですよこんなの! 私今日が初任務の新人ですよ?!」
「いつだって人手不足なんだ、分かるだろう? 後のことは俺がなんとかするから、とにかくそれだけを派手にやってくれ」
頼んだぜ、とひらひら手を振る彼に何を言っても無駄だと悟った彼女は通信先に泣きついた。
「れ、レディ……!」
〈ごめんなさいね新人くん、これ以上手が回らないの。現場の判断はクラッシュに任せるわ。私が確実に逃してあげるから、彼の言うことを聞いて〉
「さっすがレディ! そうこなきゃな」
〈……〉
「……俺のことは無視か?」
クラッシュは眉を上げて肩を竦めてみせたが、ウェイトレスは絶望した表情をしておりそれを見ている余裕がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます