第6話 裕介、騎士団員に襲われる

 相談役として、ジェイドに頼られ調子に乗ってしまったのが、そもそもの運の尽きだった。



「これかな……お、当たりだ」


 裕介は資料庫の棚からお目当ての紙束、ではなく羊皮紙の束を取り出した。

 入り口では ヨシュアが落ち着かない様子で廊下に目を走らせている。


「旦那、早くしてくださいよ。副騎士団長に見つかったら俺、めちゃくちゃ怒られますんで」

「はいはい」

 

 騎士団施設は、三つの巨大な建造物で構成されている。

 それらの内、中庭を囲む回廊から左右に伸びる両棟――正門から向かって左翼棟の突き当たりに、資料庫はあった。

 薄暗い室内には巨大な本棚が並び、古今東西、新旧入り混じって書物が詰め込まれている。

 羊皮紙に巻物にと記録媒体が揃っていないため、探し物をするのに苦労した。


(機会をみて、整理整頓したいなあ)


 資料の劣化を防ぐため、窓は高い位置にあり、室内は薄暗い。

 裕介はランタンを棚の空いたスペースに置いて、お目当ての羊皮紙に目を通した。


 ジェイドはたびたび騎士団運営に関する『愚痴』を裕介に漏らした。騎士団員たちの交友関係、王宮会議での無理難題などなど……悩みはつきないようである。


 特に王族――ヴィクトルには頭を悩ませることが多いとのこと。


 「いかんせん好奇心の塊のような御仁でな」


 ローリア王国皇太子であり、騎士団長でもあるヴィクトルは、遠征先で数々の浮き名を流している。

 おかげで俺は厄介事への対処が上手くなったよ、とジェイドは遠い目をした。


 想像以上に苦労人である。

 

 ヴィクトルの武勇伝は他人事であれば面白い。フィクションとして楽しんでいた裕介はふと、


「異世界人の俺に、王子様の悪評を話してもいいのだろうか?」

「貴殿の話相手は俺か、護衛を任せているヨシュアしかいまい。それでは噂を広めようもないだろう」


 確かに噂話をしようにも話す相手がいなければ、心配する必要はない。

 

「ヴィクトル様の話はこれぐらいにして……。収支表にあった不明金に関してだが、資料を作成した者は前年の記録を元に作成していた。何も考えずに書き写したらしい」

「じゃあさらに遡ればわかるのでは」

「まあそうなんだが……」


 ジェイドは言葉を濁す。


(何かあるな)

 

 しばらく待っていたが、ジェイドはそれ以上続けようとはしなかった。勘ぐりたくなるほど、話題を避けている。

 教えてくれないのなら、自分で答えを見つけるまでだ。



 資料庫を訪れた現在。

 なるほど、これだけ雑然としていれば探すに探せないだろう。


 ジェイドは王都近辺の巡回に出ており、帰りは夕刻の予定だ。

 副騎士団長、ひいては騎士団の役に立ちたいからと警護役のヨシュアを泣き落とし、裕介は彼とともに資料庫へ向かった。

 ジェイドの目を盗んで、彼の仕事に首を突っ込んでしまったことに、後ろめたさは感じる。


(けどまあ、調べるなとは言われてないし……ヨシとしよう)


 Ωオメガであることの危険性は認識している。

 

 指輪には、より強力なフェロモン抑制魔法が施されているし、チョーカーも忘れず身につけた。

 護衛はジェイドの信頼厚い部下だ。

 加えて昼日中である。不審な動きをする者が近づけば、裕介であっても気がつくはずだ。


(道すがら誰とも会わなかったのはラッキーだったな。誰の目にも止まらなければ、ジェイドにバレることもないし……)


 抜かりはない。

 探し物に集中し、さっさと用事は済ませてしまおう。

 一見、資料には、何の不備もない。

 遡っていくと、収支表のズレは数年前から続いていた。

 ちょうど皇太子ヴィクトルがローリア王国騎士団長に就任した頃からだ。


 またもやヴィクトルが登場した。


 きな臭い男に引き合わされなくてよかったと、胸をなで下ろした、その時。


「おやおや~。こんなところに【災厄】がいるじゃん」


 揶揄からかう声に振り向くと、大柄な男が三人、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべていた。先日、裕介をねちっこい視線で見ていた騎士団員達だ。

 

 彼らは足音荒く、裕介に近付いた。


「勝手に部屋を出たら、王子様に怒られちゃうぜ。お姫様」

「……ヨシュアさんに護衛をお願いしていますから、ご心配なく」

「グノーシュの腰巾着なんか、いなかったぜ。なあ、お前ら」

「ああ」

「人っ子ひとり見当たらなかったぁ」

 

 ニヤニヤと笑う騎士団員たちに、嫌な予感がした。入り口にいたヨシュアがいない。

 

「彼はどこに?」

「だーかーら、はなっからいなかったって言ってんじゃねぇか」

「……失礼します」

 

 裕介は彼らの横を通りすぎようとしたが、先頭にいる、頬に傷のある男に行く手を阻まれる。

 

「そう慌てるなよ。せっかくなんだから、もっとお話し、しようぜ」

「……俺から話すことありません。ではこれで」

αアルファを誘う匂いまき散らしておいてよく言うぜ。お膳立てしてやったんだからさ」

「何の話です……?」

「ここは腐っても王宮の盾である施設だ。だのに、人っ子ひとりいねぇのはおかしな話じゃねえか」


(こいつ……わざと人払いしたのか……なんで?)


 顔に傷のある男はニタニタ笑いをやめない。

 裕介は苛立ちを隠し、強引に男の脇をすり抜けようとする。

 

「おいおい、自分の立場わかってねえようだな、てめえ」


 こめかみに青筋を立てた男は、裕介の襟を掴み上げた。

 喉が締め上げられ、苦しい。

 男の手を引き剥がそうとするも、微動だにしなかった。


 αアルファΩオメガを守るべき存在だ。

 ジェイドは何度もそう語っていた。

 彼の考えが一般的ではないことは承知していたが、ここまで極端な思想を持つ者がそばにいたとは。

 恐怖に背筋が震える。


「おら、俺たちを喜ばせねえと返してやらねえぞ」

「いっ!」

 

 裕介は突き飛ばされ、床に倒れた。したたかに背中を打ち、息が出来なくなる。

 頬に傷のある男は、すかさず裕介の下腹部に乗り上げた。


「なにして……」

「優しくしてやっからよ」

 

 下卑た笑みを浮かべる男に、身体がこわばる。

 Ωオメガに覚醒したことは自覚していた。いや、しているつもりだったのだと、こうして実際に窮地に立ってはじめて、思い知る。


「だ、誰か!」


 気づけば、叫んでいた。

 なりふり構ってはいられない。


「うるせえなっ」

 

 膝から下をじたばたさせ、叫んだ矢先、馬乗りになった男に頬を張られた。

 殴られた箇所がじくりと熱をもつ。暴力を振るわれたショックで、身体が抵抗をやめてしまった。

 おとなしくなった裕介に気をよくしたのか、

 

「おいお前ら。【災厄】の両足押さえてろ」


 頬に傷のある男は後ろに控える仲間に声をかける。

 一人ですら抵抗できないのに、三人がかりで襲われたらどうなるのか。

 頬に傷のある男の仲間はお互い顔を見合わせている。


「ちょっと脅すだけって言ったじゃねえか」

「そうだぞ。やり過ぎると除籍されちまうぞ」

「うるせえっ。毎回毎回ヘマするてめえらのケツ拭いしてやってんのは誰だ? 俺だろうが。こんなときくれえ、ちっとは役に立ちやがれ!」

 

 二人は裕介を揶揄からかうだけで、襲うつもりはなかったのだろう。


「お、俺が怪我でもしたら言い逃れできませんよ」 

 

 裕介は震える声で反抗した。

 すると腹に乗り上げた男に、口へ布を詰め込まれ、両手首を頭の上でひとまとめにされてしまう。


「ん――、んっ」

「木偶の坊ども! さっさと両足、押さえろや」


 怒鳴られた二人は渋々といった様子で裕介の両足を押さえた。完全に身動きがとれなくなった裕介は、鼻で荒く呼吸を繰り返す。


「そそる顔するじゃねえか」


 頬に傷のある男は裕介のシャツの前を引きちぎった。


「はあ……。久しぶりのΩオメガだ……」


 首をべろりと舐めあげられ、背筋に悪寒が走る。ついでうなじに歯が食い込む感触がして、喉から悲鳴が漏れたが、口に押し込まれた布に吸い込まれてしまう。


つがいをぐちゃぐちゃにしてやったら、ジェイドの野郎、悔しがるだろうな。これみよがしにおそろいの指輪なんか嵌めやがって。恨むんならジェイドを恨みな」


 男は裕介の指から銀色の指輪を抜いた。Ωオメガのフェロモンを抑えるアイテムだ。

 外されては、男がさらに暴走してしまう。


「【誓いの指輪】だか、なんだか知らねぇが、なかなか値が張りそうなモンだ。ありがたく頂いといてやるよ。もちろんお前もだが」

「ん――!」


 男は裕介のズボンの前立に手を伸ばした、その時。


「ぐえっ」

「がはっ」


 くぐもった悲鳴に閉じていた瞼を開けると、両足を拘束していた男たちが床に倒れていた。

 彼らのそばに人影がある。逆光で顔は見えないが、背格好からして男のようだ。


「な、てめえ……」


 人影は頬に傷のある男の襟首を掴み、思いきり壁に投げつけた。その拍子に、指輪が床を転がった。

 人影は指輪を拾い、壁際でうずくまる男の腹を蹴り上げる。


「ぐ……」

「お前、何したか、わかってんの?」


 低く掠れた声はジェイドのものだ。普段なら耳に心地よい声音だが、今は底冷えのする怒気を孕んでいる。

 ジェイドは男の顔を何度も踏みつけた。

 鈍い音が室内に響く。

 裕介は息をのんだ。


「指輪外したってことは、俺からユースケを奪おうとしたってことだよな。自分のつがいにでもしようって腹か?」

「ち、ちが」

「じゃあなんだ。面白おかしく他の二人と楽しもうとしたのか? ……そんなことしてみろ。拷問のほうがマシだって思わせてやる」


(ひいいい! キャラ変わりすぎだろ)


 裕介は床を這ってジェイドに近付き、両腕で、その足首に齧り付いた。


「ジェ、ジェイドさんっ。俺は無事です。落ち着いて」


 ジェイドはゆっくり振り向き、裕介を見下ろした。

 灰色の瞳が裕介を射抜く。あまりの迫力に裕介は硬直した。

 ジェイドは倒れた男の腹をもう一度蹴りつけると、軍服のジャケットを脱ぎ、裕介の肩に羽織らせる。

 そして、そのまま裕介を横抱きにした。

 いわゆる、お姫様抱っこである。

 

「え、俺、歩けますからおろしてください。ジェイドさん……?」


 恥ずかしさも相まって喚く裕介を、ジェイドは無視し、スタスタと歩き出した。

 ジェイドと視線が合わない。そのくせ膝裏と肩をしっかりと抱え、裕介をひとときも離すまいとしている。


(怒ってるよな……ああ、悪いことしたなぁ……)

 

 想像力が足りず、身勝手に行動してしまったことを後悔しても遅かった。

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