6 魔法
その日は、夢を見ました。
お義母さんが私の髪の毛と目を、褒めてくれるんです。
「きれいだね。きっと愛は私に似てなくても、とっても素敵な子になるんだろうね。楽しみだなぁ」
それで病院に行く度、他人の母子健康手帳を見ながら、つぶやくの。
「…私は、お母さんじゃないもんな……」
「ゲホッゴホッ…」
自分の酷い咳に驚き目を開ける。
あのふわふわ過ぎて飲み込まれそうなベッドの感覚、ここは私の家だとすぐわかった。
昨日、なにしたっけ
何か大事なことを話したはずなのに、夕方の記憶だけがすっぽりと抜けている。
夜はナイ君とゆうかんの端っこで、どうやって隠してたとかの話をしていた……何を隠すんだ?
あー、目の下、目の下がえぐれていたんだ。で、なんでそれを隠すんだ?みんなにバレたらいけないこと…何があったかな。 必死に思い出そうとするが、根本的なことのみわからない。まるで誰かに意図的に記憶を抜かれたようだ。
「おはよ〜起きてる〜?」
ドアを開け、ナイ君が入ってくる。今さらだけど戸締まりしてなかったな…
「ゔん…起きてるよ」
返事をして立とうとすると、足がふらついてベッドに戻される。なんだこれ、身体が自分じゃないみたいだ。
感覚に集中してみると、顔付近が熱い気がする。あー、整形って確かダウンタイム中に発熱することがあるんだっけ。
「ナイ君…体温計取ってくれる?」
「なに〜、熱あるのー?」
「…たぶん」
昨日買った物が入っている袋の中から、ナイ君が乱雑に探すこと数分。ちょっと不思議な形をした体温計が見つかった。
ビードロの中に小さな赤い一粒の砂が入った形。
ナイ君はそれをこっちに投げ、それをあわててキャッチする。割れ物っぽいのに、危ないなぁ。
「…ええと、棒の部分を脇にはさんで、10秒くらい待つと、砂がふくらみます。1センチくらいにふくらんだら36.0〜37.0度、3センチくらいなら37.0〜38.0度、それ以上ならすぐに病院に行ってください。だって」
「う〜い」
私は説明してくれた通りに、脇に挟む。すると、すぐに3センチくらいまで大きくなり、10秒するとその大きさをキープするようになった。
「ねつあったね」
「だね〜。ナイ君も測ってみる?」
「やってみるかぁ」
ナイ君が脇に挟むと、みるみる砂はしぼみ、1センチくらいになった。
「化け猫なのに体温あるんだ〜」
「え…昨日、ええと」
なぜかあわあわしている様子を見て、夕方の記憶がよみがえる。なぜ今の今までわすれていたのかは思い出せなかった。
「あー、まじゃまじゃ?だっけ」
「よかった〜覚えててくれて。覚えてなかったらどうしようかと思ったわ」
「すみませーん。Iさんの家ってここで会ってますかぁ」
私たちの会話を貫くようにして、ドアの向こうから知らない声が聞こえる。少し高い特徴的な声で、ナイ君が怖がっているのが横目に見えた。
「ちょ〜っと俺用事あるから行くね!」
小さな声で私にそう伝えると、上の方にある隙間から壁をよじ登って逃げていく。
まじゃまじゃであるナイ君が逃げるということは、きっとドアの向こうにいるのは魔法少汝だ。
魔法少汝、か…魔法のスペシャリストなんだっけ?じゃあ、私がその人に魔法を教われば、私もナイ君を殺せるようになるだろうか。
私は雑念を思考回路から弾き飛ばし、覚悟を決める。
ドアを開くと仕事着?なのかな。片方は腰くらいまでの長さの髪。オーバーオールのスカートバージョンの中に口元を隠すジャージを。
もう片方はかなり長い結った髪の毛。上が着物?みたいで…下がズボン。上はなんて説明すればいいんだ?
とにかく二人の魔法少汝が少し大きめの袋を持って立っていた。
「こんゲホッゴホッ…にちは」
「はじめまして!向かいの家に住んでます、魔法少汝のエマとアセビとゆうかです!新しく人間さんが来たって噂を聞いて来ました!同じ人間としてよろしくお願いします!」
「は、はいィ…」
手を一方的に握られブンブンと振られる。私がゆうかんに来たことがどれだけ嬉しいのかよくわかった。
「今日ね!まだ僕とゆうかは入院中だったんだけど、僕は元気だから外出許可もらえたの〜!いや〜嬉しい!だってこんな可愛い子が来たんだから!」
「あんまはしゃがないで。いつ倒れるかわからないんだから。」
ジト目で心配する着物の人。たぶん消去法でアセビ君だろう。どうも気だるそうだ。
『エマ』がスカートオーバーオールで、『アセビ』が着物か。『ゆうか』が入院中なんだな。
「あっそうだこれ!急だったからあんま用意できなかったけど、いろいろ詰めといたからぜひ!」
そう言って、私の手に袋を握らせる。中をチラ見するとお菓子のようなものがいっぱい入っていた。
そのお菓子は昨日買いそびれたものばかり。普通にうれしかった。
「あ、ありがとうございます!」
「それじゃあそろそろアセビ君は仕事もどるし…」
私はここで、とある計画を思い出す。それは、まじゃまじゃを殺す魔法少汝に魔法を教わるというものだ。そうすればきっと、ナイ君を殺すことも可能になるはず!
エマ?は今から暇そうだし、絶好のチャンスだろう。
「エマ?さん、このあと暇なら魔法、教えてください!」
「ん?魔法?いいよいいよ〜、公園でやろう!アセビ君〜魔法ぶっ放していー?」
「無理は、しないでね」
まだ熱は下がっていないが、好奇心には敵わない。私は魔法の杖を持って外に飛び出した。
「まず最初に、魔法は三大要素でできている!」
子どもたちがいる公園の隅っこの方で、コソコソ始まる魔法教室。なんだか背徳感もあって胸が高まった。
「 大体の呼び方は、
『イ式 弾く』
『ロ式 引き込む』
『ハ式 壊す』
かな?」
「え、水とか火とかじゃないんですか?」
私はてっきり、水属性だとか火属性魔法だとかを想像していた。
弾く、引き込む、壊す。そんな単純な構成だとは驚きだ。
「うーん、そういうのは指先に水を引き込んで、弾くも併用して表面張力を発生させるとできるかな。火も一緒!引き込んで外から弾いて丸めて酸素を引き込む。できるようになったら簡単よ!」
そう言って、指先に水を浮かせてみせる。私が知ってる魔法そのものだ。
「あとは水をぶっかけたいとこに弾き飛ばす!この三大要素がすべて!」
「あぶっうぇっ」
いたずらごころ満載の顔で、私の顔に水を弾き飛ばされた。
熱くなっていた糸と皮膚の間が少し冷め、沁みる感覚が目覚める。
顔を拭おうにも触ったら痛そうなので、ビショビショのまま顔を上げた。
「つまり、その3大要素を習得すれば魔法が使えるんですね」
「いや、2要素でいい。ハ式は禁忌のようなもんだから」
「禁忌?」
「ゆうかんは死んだら駄目な場所。だから魂をも殺せる要素のハ式はタブーなの」
「へぇ…ゴホッ」
情けない顔をして返事をする。今思えば、髪はボサボサで縫われたビショビショの顔はかなり変人だろう。
「ま、難しい話はここまで!とりま実践!やってみないこちゃあ始まらん!」
「は、はい!」
胡座をかいていた足で急いで立ち上がり、杖を持つ。ワクワクでバクバクでドキドキが止まらない。魔法の憧れが手を震えさせた。
まぁまぁ、私は昨日この杖で飛んだんだし?きっとできるはず。なんなら才能的な?昨日あんなにできたんだからあったりしそうだし…落ち着け、自分…。
「じゃあ、あのブランコを弾いて動かすとこから始めよう!コツは、鉛筆を折るイメージ…かな?あの折った直後の力が弾ける感覚?まぁなにより、全てを従える自尊心が大事だったような…。とりま、ファイト!」
エマさんの不安定な笑顔を見て不安を感じながらも、私は杖の狙いをブランコに定めた。
昨日感じたあの感覚、忘れてない。
『肯定』『肯定』『肯定』!
私はあのブランコを動かしたい、動かしたい!
スカッ
という杖の先からの反発を感じ、こけて尻もちをつく。
ブランコ、動いたかな…。
力を入れて閉じていた目を開けると、ほんの少し、1ミリくらい振り子と化したブランコが見えた。
「あ、あぇ…」
「まぁまぁ!初めはこんなもんだし!ちょ〜っと力み過ぎかな?もっとこう、フニャって感じ!」
「はい!」
スカッ
「最初に力入れて、弾くときに力をまっすぐ抜く!」
「はい!」
スカッ
「大丈夫?盛大にコケたなぁ」
「だ、大丈夫です…」
スカッ
「…これ、いつになったら1センチ動きますか?」
「う〜ん、魔法は努力でしか伸びないからなぁ〜。繰り返すしかないよ。どんなに自己肯定感が高かろうと、感情が高ぶろうと、魔法に変換されるのはまっすぐな肯定の工程だけ。」
「ほ…」
「だからぁ…なんて言うんだ?こー、その、無知蒙昧な感情を肯定する行為が魔法?だったっけ…?よくわかんないけど、そんな感じ!ほら!魔法の始まりは復讐心とかの純粋な肯定だったらしいから!怒ってみたらどうかな」
「怒こ、るかぁ…頑張ってみます」
スカッ
スカッ
スカッ
スカッ
スカッ
スカッ
スカッ…
「…はぁ……これできないと肯定できなくなって負のループですね」
「だよね〜!僕も大変だったな!最初のころ」
ふと視界を道の方に向けると、猫と戯れるナイ君がいた。
なんか、イラッと来る。私が精一杯あいつを殺すために魔法を学んでるっていうのに、あいつは呑気に猫に餌やってるよ。
「あー、ウザいなぁ…」
私はそうつぶやき、杖の先をナイ君に向ける。どうせ1ミリくらいしか動かないなら人に向けても平気だろう。
猫には当たらないように気をつけ、足あたりを狙う。
ウザいウザいウザいウザい!
その着火剤の感情に火をつけ、思いっきりぶっ放した。
コテッ
弾いた数秒後にナイ君がコケる。そして私も反動でコケる。足元に小さな旋風が巻き起こっていたのがわかった。
なんだこの光景。あまりにも微妙すぎる。それが面白おかしくて少し笑ってしまった。
「おっ!結構できたじゃん!一昨日ここに来たって聞いたけど、もうコケさせられる友達できたんだね!先生うれしーぞぉ!僕、あの子に君の先生として挨拶してくる〜!」
あ、これはまずい。私は今、自分がしでかしたことに気づいた。
エマさんは魔法少汝だ、もしナイ君がまじゃまじゃだとバレたら一発処分だろう。
「まっ、エマさん!」
エマさんの腕に手を伸ばすが、一足遅い。もうエマさんとナイ君は接触してしまった。
よし、これでナイ君がバレたら切腹案件確定だ。ごめん、ナイ君。
しかし、意外にも2人の会話は、私の予想していたものとは違った。
「こんにちは!あの子の魔法の先生やってます!エマと申します!」
「おわっ、あっ、魔法少汝の?」
「はい!」
「これからIちゃんがお世話になります」
「Iちゃんって言うんだ。かわいい名前だね!」
私の方を振り返ってニカッと笑う。かわいい笑顔だ。なんかこう、魔法少汝らしい感じがする。
「じゃ、俺は猫追いかけ…」
「そうだ!せっかくだからIちゃんの友達も一緒に昼食食べようよ!アセビ君も呼んでさ!僕、料理には自信あるんだ!」
「あぁあ…いいんですか?知り合って数時間なのに。」
なんとかナイ君のために回避しようとする。
「いいよいいよ!よく信者の方とも昼食食べてるし!」
あ、無理だこれ
「へー、信者なんているんすね」
「うん!非公認だけど、少汝救済教会があるの、変な人たちばっかで面白いよ!」
ナイ君自身から絡みに行くなんて想定外だ。いや、わざと絡んで不信感を払拭しようとしているのか。小賢しい真似を…
「それじゃあ、家にいこー!」
こうして急遽、エマさんの家で昼食を食べることになりました。
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