第38話・ヒーローの行方

 その日は放課後に外へ買い出しに行っていた。

 帰り道、校舎に向かうとバシャバシャという水の音が聞こえる。

 たしか近くに外付けのプールがあったはずだから、そこで泳いでる人がいるのだろうと考えを巡らせた。5月過ぎのまだプールには早い時期だが、魚人とか種族的にOKな人達もいるので変な事ではない。

 だが、水の音が一向に止まない。それどころかさらに水の音が増してる気がする。

 これはただ事ではない。何かあったに違いない。

 急いでプールに向かうと、プールへの入り口は既に開けられていた。

 誰か泳いでいるのは確かだ。

 プールサイドに出てみると、プールで一人の女性が溺れているのが見えた。

 何も考えず飛び込もうとしたが、後方から肩を掴まれる。

「オレが行く」

 声を掛けてきた男性はブレザーを脱いで、綺麗な動きでプールに飛び込んだ。

 俺が手伝う間もなく、男性は女性を助けて、ブールサイドに運んできた。

「こっちに!」

 俺はせめてもの手伝いで彼女をプールサイドに上げるのを手伝った。

 彼女は起きる様子がないうえ、体はぐったりとしている。

「保健室に連れていきます!」

「まった!」

 水に濡れた同じ学校の生徒が、待ったをかけてプールサイドのバスタオルを拾ってくる。

「たぶん、これが必要だと思うから」

 そういってバスタオルが渡され、その上に黒い紐のようなものも渡された。

 リストバンドにしては大きい。なんだろう。

「さ、保健室に!」

 声を掛けられハッとした。

 女生徒の顔は青ざめている。早く連れて行かないと!

 急いで保健室に向かった。

 日頃の運動のおかげか、ハーフブラッドのおかげか、難なく保険室に到着する。

「透野先生! プールで溺れた子がいて!」

 大声で叫びながらドアを開けると。透野先生も椅子から慌てて立ち上がる。

「わかった。さ、彼女をこっちのベッドに」

 保健室のベッドに彼女を寝かせると、後ろに誰もいない事に気づいた。

「多田野君、君が彼女を助けたのかい?」

 そう聞かれて透野先生のほうを見る。

「あ、いえ、もう一人男子生徒がいたんですけど……」

 呆然としつつも、持たされたバスタオルと黒い紐を、彼女の枕元においた。

「それは何だね? ってこの子は、そうか……」

 透野先生は彼女から水を吐き出させて、首に黒いバンドを付けた。

「大丈夫かい? 清水くん」

 軽く肩をゆすると女生徒が目を覚ました。名前を知ってるということは、先生の知り合いだろうか。

『あ……こ、ここは……』

 その声は不思議な声だった。

 よくよく聞けば黒いバンド……チョーカーから聞こえてくる。

 そこから、少し電子音的な響きが聞こえた。

「清水くん、君はまた溺れていたらしいよ」

 透野先生がそういうと、女生徒はワンテンポ遅れて顔を真っ赤にさせた。

 両手で顔を覆ってしまった。

『……大変、申し訳ありません……』

 そんな反応ができるなら、溺れていた後遺症などもなさそうだ。

 安心して笑いが出てしまった。

 ちなみに買い出しの品はプールへ行くときに投げ出していたが、事が済んだ後に無事に回収した。

 

「なんてことがありましてね」

 次の日にこいあい倶楽部でその話をかいつまんでしていた。

「お手柄だねぇ」

 部長も他の先輩も拍手してくれる。

「いや、俺は清水先輩を運んだだけなので」

 本当に助けたのは別人なだけに素直に喜べない。

「それにしてもヒーローはどこに行ったんやろな」

「照れ屋だったとか?」

「まぁ、そういうのはあるなぁ」

 亞殿先輩と赤延先輩が俺の胸中を代弁してくれる。

 本当に誰だったのだろう。あの人は。


 コンコン。

 遠慮がちにドアがノックされる。

 カラカラ。

 ゆっくりとドアが開くと、昨日の女生徒がそこにいた。

『失礼します』

 恥ずかしそうではあるが、昨日の清水先輩だ。

 金色の長い髪にエメラルドグリーンの瞳。よくよく見るととても美しい人だった。

『昨日、多田野さんにお世話になりました、3年生の清水真凛まりんと申します』

 そして恥ずかしそうに、

『これでも人魚族です』

 と言われて、ちょっと驚いた。

 溺れたこともそうなのだけど、水に入っても足は人間の足だった。

『今は人になる魔法を受けてまして。水に入っても足は人間の足なんです』

 ほうほう。そういう魔法があるんだ。

『そしてその代償として声が奪われる。なので今は人工声帯を使ってます』

 そういって、首のチョーカーを指さす。

 おとぎ話にある人魚姫もたしか声を奪われてたはず。

 でも失われた声も人工声帯で補えるのは文明の利器といえる。

『昨日は疲れて朦朧としてるのに泳ぎに出てしまい、魚の脚ヒレと、人間の足の違いもあって溺れてしまいました。本当に助けて頂いて感謝しております』

 深々と頭を下げられた。

「いえ、助けに飛び込んだのは別の方ですから」

 そういうと、清水先輩が顔を勢いよく上げた。

『そう! それなんです!』

「うおっ!」

 勢いに気おされてたたらを踏んでしまう。

『こちらのこいあい俱楽部はお悩み相談もしてると聞き、やってまいりました』

 お悩みというのはやはり?

『昨日、助けて頂いた人を探してほしくて!』

 ですよね。

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