第36話・鬼と娘
コンコン。とドアが鳴り、そしてゆっくりと開く。
今日のお悩み相談は珍しく、白鷺先輩が相談者を連れてきた。
「彼女の名は
白鷺先輩が答えてくれた。
ほうほう、隣国の
見た目は黒髪のボブカット、黒目の小柄な女子だ。
「ふむ。お悩みというのは?」
部長が聞くと、ユー先輩がちらりと白鷺先輩をみて頷く。そして口を開いた。
「ワタシ、恋人ほしい」
ぽつりと呟いた。
呟いたと思ったら、ユー先輩がシュッと黒い物を放った。
カッ!
音を立てて黒い何か、クナイのようなものが壁に刺さる。
「……」
何事かと部員たちは体をこわばらせたが、ユー先輩はトコトコと壁まで言ってクナイを抜いた。
「虫……」
どうやら虫を退治したらしい。いや、オーバーキルですよね。
「まぁ、こういう子でして。昔は孤児だったのを変な組織に拾われて、暗殺技術を教え込まれていたそうなのです。今は慈善団体に拾われてちゃんとした勉強をさせるためにこちらに留学している。ということですの」
背景が重い! なかなかに重い! 助かってよかったけども!
「だから今、普通になる。勉強してる」
普通になりたい元暗殺者というわけか。
ちょっと虫退治するにも大げさになりやすいのが玉にきずか。
「その普通になる事の一環として、恋人が欲しいのだそうです」
ちょっとしたことで暗殺術が出てしまう子に、吊り合う人はいるだろうか?
僕の知ってる人で叶いそうな人と言えば……、
部員たちが考えている時、白鷺先輩の目がドアに行った。それにつられてドアを見る。
ガラララー。
不意に部室のドアが開いた。
「失礼する。こちらに相談が。っと、お嬢様!」
ドアを開けたのは白鷺先輩の執事、リシェル先輩だった。
「あら、リシェル。こんなところで奇遇ね」
「やや、お嬢様とユー女史が来ていたとは。出直します」
「良いのよ。リシェル。こちらの相談も行き詰っているから。先に相談なさいな」
「よろしいですか? ならば相談させていただきますね」
ここまで、息ぴったりでよそのセリフが挟めない状態だった。
あからさますぎるやり取りに部員たちの目が据わる。
もしかして、お二人とも仕組んでる?
「では、失礼する。相談は私ではなく、友人なんだが」
「……入ってもいいか?」
その言葉と共に、ドア枠のてっぺんに赤い手がかけられた。そしてヨイショとくぐってくるのは、見事な
大きい。前に相談に来た五十嵐先輩より長さはないけれど、筋肉やらなんやらの厚みがすごい。
おそらく2ⅿは越えているだろう。
椅子が耐えきれるだろうか。と思いつつも、リシェル先輩とその赤鬼の人に椅子を用意する。
「ワシの名は
鬼族を初めてみたけれど、絵本に出てきそうな迫力だった。制服がピチピチである。
「えっと、比嘉君のお悩みというのは?」
とまどいながらも、部長は白鷺先輩とリシェル先輩の思惑をうっすら感じてるようだった。
「……ええっと……」
比嘉先輩が顔をポリポリかきながら口ごもってしまう。
そんな彼にリシェル先輩が肘で突く。
「彼は少々照れ屋でね。私が代わりに言おう。比嘉は彼女が欲しいのだという」
おっとこれは既視感。
「ワシは見ての通り筋肉ダルマで力加減もあいまいでな、そんなワシと釣り合うような子がなかなかおらんでな。困っちょるんだわ」
この状況。似てる。似すぎている。
片や普通に戻りたい元暗殺者。
片や力加減に困った赤鬼。
この二人、いや、二人を連れてきた白鷺先輩とリシェル先輩、これが目的か。
「あぁ、今ちょうど、彼氏を探してる子がここにいますのよ」
白鷺先輩が声を上げる。
「ハイ」
ユー先輩は分かっているのかいないのか、素直に手を上げた。
だが、比嘉先輩はチラリとユー先輩を見て、体を縮こませた。
「いや、そんな小柄な子とワシじゃ釣り合わんのじゃ……? ケガさせてしまいそうじゃ」
たしかに150㎝ほどしかないユー先輩と、2ⅿを超えている比嘉先輩だ。大人と子供くらいの差がある。
やさしい比嘉先輩だったが、
カッ!
その額にクナイが刺さる!
ユー先輩!?
「虫いた」
ユー先輩がクナイを引き抜こうとするが、赤い指がクナイをチョンとつまんだ。
「虫は逃げたみてぇだ」
比嘉先輩はニコリと笑って、クナイをユー先輩に返す。
その額には一切の傷もない。鬼族すげぇ。
案外、比嘉先輩とユー先輩は相性がいいのでは?
と白鷺先輩とリシェル先輩を見ると、小さくガッツしているのが見えた。やっぱりか。
とはいえ、
「二人の相性は悪くないみたいだね」
部長がそう言ってにこりと笑う。
だが、
「……」
ユー先輩はクナイをずっと見ている。
「あら? ユーシン、嫌だったかしら?」
白鷺先輩がユー先輩を伺う。
バッと彼女が顔を上げた。
「比嘉、湊太、ワタシの婿にする!」
小柄な彼女からは想像もつかない大きな声だった。
中身だけなら鬼族とそん色ないのではないだろうか。
そして、言われた比嘉先輩は、
「ええええええっ⁉」
対抗するかのように大きな驚きをしていた。
二人の声がびりびりと鼓膜を刺激する。
耐えろ、みんなの鼓膜!
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