第32話・姫と王子

 その日は放課後に部室に行く途中、亞殿先輩と出会った。

「ちっす」

「お、多田野君やっほー」

「亞殿先輩、なんか調子よさそうですねー」

「わかるー? いや、今日さ、男か女かわからんけど、好みの子見たんよ~」

「ほー、亞殿先輩に見初められるってレベル高そうですね」

「中身もいいと感じたで! 俺の角が!」

 亞殿先輩の角は実は美人アンテナなのかもしれない。

「また会いたいなー。あの子にー」

 フンフンと上機嫌の先輩なのであった。


 そして、

 コンコン。

「失礼します……」

 ガララとドアを開けたのは超美形だった。

 白磁のような白い肌に、金髪碧眼のパーフェクトフェイス。そして男性の制服をきていなければ、女子とも間違えそうなほどの中性的なビジュアルだった。

「はい、いらっしゃい」

 部長はごく普通に挨拶するが、隣の亞殿先輩は驚きで固まっていた。

 察するにこの人が亞殿先輩の想い人なんだろう。

 逆隣りにいる赤延先輩はその様子をみて目を白黒させていた。

「あの、2年の綾小路あやのこうじ悠人ゆうとと言います。種族は人間です」

 綾小路先輩は自信なさそうに話し出す。

「悩みは、色々ありまして……僕はバイなんですけど、男の人も女の人も長く続かないことが多くて……遊ばれやすいというか……浮気されることが多くて……」

「それは難儀やなぁ」

 綾小路先輩に対して、いつもより親身に返事をする亞殿先輩。

「そうなんです。僕が駆け引きが下手で、思うように気持ちを表現できないのも、あるのかもですが……」 

「うんうん、難しいよな。わかるでー」

 はたで見てるとあからさまで面白いまである。

「だからもう、僕なんて恋愛なんかしない方が良いのかなって思うんです……」

「そんなことない!」

 亞殿先輩は立ち上がってツカツカと綾小路先輩に近づき、手を握った。

「君は恋愛するべきや。俺が責任もって言う」

 何の責任かは聞かないでおく。

 部長もポカンとその様子を見ていた。

「本当ですか、えっと……」

「亞殿や! 亞殿楓里!」

「亞殿先輩、ありがとうございます! すこし勇気が持てます」

「悠人くん、大いに気にしてくれてええで!」

「ふふふ、亞殿先輩って面白い人ですね」

 なんて二人で和気あいあいとしている。

 和気あいあいとはしているが、


「そう、おれも今はフリーで……」

「やっぱりフリーの時って寂しくなりますよね……」

 で、あったり、

 

「で、おれは恋人には悲しい顔させへんし」

「亞殿先輩は良い恋人になりそうですね~」

 なんて言っていたり、

 

「浮気なんて絶対せんし」

「そうですよね。理解してくれる人ありがたいです~」

 とか、


 恋の駆け引きが苦手なのは本当なのか、綾小路先輩は亞殿先輩の話をうまーくスルーしていく。

 これはある意味で才能かもしれない。

 非恋愛的なスキルを持っているのかもしれない。

 他の二人の部員を見ても、やれやれと肩を浮かしてるのが見て取れる。

 亞殿先輩は負けじと攻めているが、どれもうまくかわされてしまう。


「なんてスルー力や、この俺が手のひらで踊らされるなんて……!」


 と脂汗をぬぐっている。

 そして綾小路先輩は、

 

「亞殿先輩って素敵な人ですね」

 なんていうが、それはもちろん恋愛のれの字も含まれてない。


 二人の戦いは圧倒的に綾小路先輩が優勢だった。

 そんな時、

 ガラララー! と部室のドアが開けられた

 そこには二本の角を生やした長身褐色の美人がいた。

「げぇ、湾野わんの!」

 亞殿先輩が声を出す。そうすると湾野と呼ばれた美人は長い黒髪パーマをばさりと翻して亞殿先輩を睨む。

「亞殿! お前調理実習の片づけ放りだしやがって……」

 乱暴な口調で言うとツカツカと亞殿先輩の元までやってくる。

「おら! お前の作ったシフォンケーキ! 忘れていくんじゃねぇよ!」

 逆にどうやったら忘れられるのかわからないけど、ちょうどその時に綾小路先輩を見かけたのかもしれない。それなら納得だ。

 言葉は乱暴ながら、湾野先輩は亞殿先輩にそっと切り分けたシフォンケーキを渡した。

 なんなら綺麗な袋に入れてリボンまでしてある。

「こんなん別にいらんわ! 変な気ぃ回さんでもええ!」

 売り言葉に買い言葉なのか、亞殿先輩も言葉遣いが乱暴だ。

 そして言いながらシフォンケーキは受け取っておくらしい。

 なんか、言葉と態度がちぐはぐな二人である。

 「じゃあな! 邪魔した!」

 と湾野先輩が帰っていこうとしたが、


「待ってください!」


 声をかけたのは綾小路先輩だった。


「なんだ?」

 湾野先輩が振り返る。

 綾小路先輩は湾野先輩に近づき、その両手をとった。

 え?

「好きです! 付き合ってください!」

 悩みを言っていた姿はどこへやら、いま綾小路先輩はいさましく告白していた。

 恋愛が続かないっていってたけど、もしかしてスパンも早すぎなんじゃ……。


「ちょっと待った!」

 

 反対側からはちょっと待ったコールが聞こえる。

 それはやっぱり亞殿先輩だった。

「悠人くん、そいつはやめとき!」

 手を繋ぎ合う二人に割って入る亞殿先輩。

「やめとけって、亞殿何様だよ!」

 湾野先輩もまた売り言葉に買い言葉になっていく。

「お前こそ、口悪いで! そんな口悪星人に悠人君はやれん!」

「く、くそっ、お前こそ口悪いだろうが!」

 そんな言い合いを割くように、一喝が落ちる。

「亞殿先輩、黙っててもらえますか!?」

 本当に悩みを相談してたのは彼なのだろうか。

「スンマへん」

 亞殿先輩が謝りつつ縮こまった。


「まだ、あなたの名前も知りませんが、僕はこの出会いを運命だと思うんです。だからどうか付き合ってもらえないでしょうか?」

 まるで王子様が片膝をついて姫の手をとるようにうやうやしく、つなぐ手を扱う。

 その姫の答えは……。



「私、女っぽい男ダメなんだわ。ごめん」


 

 完膚なきまでに王子を叩きのめすのであった。

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