第30話・追いかける先

 このところのこいあい俱楽部の相談で、告白が成功しなかったのは初めてではなかろうか。

 悔しい気持ちもあるが、透野先生の生徒を、立花先輩を大切にしたい気持ちもわかる。

 でも立花先輩は悔しいだろう。

「それでも、透野先生が好きで……」

 悔しさからか、その目尻からは透明な雫がこぼれる。

「これで終わりと思いたくない……」

 涙がぽたぽたと握りしめた拳に当たる。

 しばらく沈黙が落ちた。

 その沈黙を破ったのは、部長だった。



「その想いを終わりにしなくてもいいんじゃないかな?」



 部長の言葉にみんな顔をあげる。

「え?」

 透野先生も意外だったらしい。

「別に終わらせる必要はないよ。あと10年君が想い続ければいいことだ」

 あっけらかんと部長は言って見せる。

「10年もすれば、この学園を卒業しているだろうし、20歳も超えて立派な大人だ。立派な大人のラブコールは透野先生は簡単に断らないと思うよ」

 その言葉に立花先生は「本当に?」と透野先輩の方を見る。

「27、28歳の女性のラブコールは無下にできないなぁ」

 表情は包帯だらけでわからないが、まんざらでもなさそうではある。

「まぁ、でも、立花くんが他の人にラブコールする可能性もあるからねぇ」

「ありえません!」

 とはいうものの、劇的な出会いがあればまた話は変わってくるだろう。

 だから10年想い続けるというのは、難しい事でもある。

「お互いに好きな人ができるかもしれない。でもできないかもしれない。立花君、それに賭けてみるのはどうかな?」

 部長の提案に、立花先輩は少し考えた後、ぐっと顔を上げた。

「10年想い続けます。この想いは伊達じゃないですから!」

 その意気やよし。

 アタックし続けた胆力は伊達じゃない。

 そうこうして、透野先生は立花先輩にいってらっしゃい、を込めて熱く握手した。

 立花先輩は透野先生に触れたことを思い出に、留学にいくのだと息巻いた。


 数週間後、透野先輩から留学に行った立花先輩の話を聞いた。

 お互いにメールアドレスを交換して、メールの送り合いをしているらしい。

 立花先輩は向こうでうまくやっているらしく、持ち前の元気とガッツで勉強しているという。

 いずれは生物学などを深く学んで、透野先生の透明を治すのだという。

 治されたら困っちゃうな―と透野先生は言っていたが、どこか嬉しそうだった。

 こういう付き合いかたもあるのかもしれないと、胸の中で頷く。

 ゆっくりと育むものもあっていい。

 想いの形は様々なのだから。


 そんな中で透野先生づてで、立花先輩から血の凝固についてアドバイスをもらった。

 生物学に詳しい先輩だからさぞ的確なアドバイスがもらえるとおもったら、過激だった。

 なんでも凝固させるのを心臓に向けて念じたら、心停止して死ぬよね。とのことだった。

 あと、脳とかの血流を凝固させたらやばそうとか、体の急所いろいろを教えてもらった。

 やはり立花先輩はバイオレンス。

 一応、頭に入れておきますけどね。

 そんな怖い技術、使いたくないなぁ。


 リシェル先輩にも針投げやナイフ投げのコツを聞いてみたりしたが、念入りな鍛錬が必要と言われた。

 そしてコツというか、重心がどこにあるかとか、投げる時の腕の力加減を少し教えてもらった。

「なにか戦いがあるのか?」

 などと心配されたが、自己鍛錬だというと「偉いな」とお言葉をもらえた。

 そして白鷺先輩とはどうなのか聞いてみると、

(そう人に言えるものではない)

「お嬢様が毎日照れてかわいい!」

 と相変わらずの本音と建前が逆になっていた。

 あと、リシェル先輩からは受け身や防御も学んだほうがいいと言われた。たしかに。


 受け身や防御となると柔道部とかに行った方が良いのだろうか。

 まだ知り合いはいない。

 防御なら吠崎先輩のボクシング部に相談するのもいいかもしれない。

 でも焦っているわけではないし、いつかでいいかと自分を落ち着かせた。

 本当に何かに備えるように武器や使い方を学んでいるが、特に戦いがあるわけではない。

 でも、何かあったときに動けるように備えておきたいとは思う。

 実際、吠崎先輩の時はなんとか動けたが、もっと先輩たちのように動けたらいいとは思っていた。

 事件事故がたくさん起こるようなことは無いにしても、いつか起こるかもしれないならそれに備えておきたい。

 そういえば、地震の備えも寮に入ってからしてないなと気づいた。

 今日の放課後にでも買いにいってこようかな。


 深夜までやってるディスカウントストアさいこー!

 久々に校外へ出た気がする。

 学園外の世界は相変わらず元気でたくましい。

 そのパワーにあてられて気分が高揚する。

 高揚してすこし買いすぎたが、まぁ、揃えたいものはそろった気がする。

 寮への道すがら、校門から校内にはいると、用務員さんが立っていた。誰かと話しているらしい。

 用務員さんがモジャモジャしてるから見えにくいが、銀髪のうちの学校の制服を着た女の子のようだった。

 その子がこちらに気づいたらしく、そそくさと行ってしまう。

 待った。

 ちらっと見えた目は赤かった。

 そして、ここで思い出した。

 その制服がここの制服であり、『噛んだ子』も同じ制服を着ていたと。

「待って!」

 言って追いかけようとしたが、用務員さんが俺を呼びとめる。

 ――多田野くん、こんにちは。

「っ! こんにちは! さっきの子は誰ですか⁉」

 無視できなくて彼女を追いかけられなかった。

 ――彼女? ああ、さっきの。

 何か少しでも情報が欲しい。

 ――よく新月に会う子でね。「さく」と呼んでいるよ。

 どうやら朔というのは用務員さんがつけたあだ名みたいだ。

 念のために彼女の言った方向に追いかけてみたけど、もちろん彼女の姿はなかった。

 「朔」。本名ではないにしろ、その名前を噛み締める。

 彼女がこの学園の生徒らしいことはハッキリした。

 また距離が縮んでるはずなのにまだ、手は届かない。


 そして気づいた、俺が噛まれた時と同じであると。

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