第29話・告白ラッシュ

 今日は放課後に保健の授業の資料を運んでいた。

 指定された保健室まで届けるのだ。

「透野先生、もって来ましたー」

 保健室のドアを開けて、声を掛ける。

「あぁ、ありがとう」

 保健室の机の上に資料を乗せて、これでミッションコンプリートである。

 が、

 ガラララー!

 きちんと閉めたドアが勢いよく開いた。

「透野先生! 付き合ってください!」

 青髪ボブヘアーで、眼鏡をかけている女子というところまでは理解した。

 だが、呆然とそちらを見るしかできなかった。

 透野先生は、

「ヤダー」

 一言でバッサリ行く。

「くっ! 失礼しました!」

 ピシャン!とドアを閉めて帰っていくのだった。

 しばらくそのドアを見ていたが、透野先生は何事も無かったように「戻っていいよ」なんて言ってくれる。なので深く聞く前に体よく保健室を追い出された。

 嵐のような何かを見たとしか言いようがなかった。


 それを部室で言うと、他の先輩もその子を別の場所で見たという。

 ある時は廊下で、透野先生に告白する。

「透野先生好きです!」

 それに対して透野先生は、

「無理ー」

 と軽く返し、女の子は、

「くっ」

 と言って帰っていくのだという。

 間違いなく俺のみた子と一緒だろう。


 またある時は、保健の授業中に来たのだという。

 ガラララー!とドアが開く。

 青髪ボブヘアーで眼鏡の彼女が立っていて、

「透野せんせ」

「授業妨害する子は嫌いだなー」

 女の子が言い終わる前に透野先生の一言があり、

「くっ」

 大人しく帰っていったのだという。


「なんか台風みたいな子だねぇ」

 まだその子を見ていない部長はそんなことを言う。

「いやでも、えらいガッツのある子よな」

 負けてもなお挑み続けるその胆力は見習いたいものである。

「透野先生も隅に置けないわよね」

 毎回ちゃんと返答しているあたり、マメな人だと思う。

「まぁ、お互いの想いがすれ違いなのが残念ですけど」

 今のところ聞こえてくる彼女の告白率は全て黒星である。

 そして、


「困ってるんだよねぇ」

 透野先生本人のおでましである。

 さすがに困ってるらしく、こいあい俱楽部へ相談にきた透野先生だった。

「お噂はかねがね」

 部長が言うと、透野先生は軽く片手を上げた。

「ここ最近特にひどくてさぁ、授業があろうが無かろうが無差別なんだよねぇ」

 たしかに、授業中も突撃してくるのはさすがに困る。

 追いかけてくる本人も授業を出てないのだから、困ってはいないのだろうか。

「青髪ボブヘアーの眼鏡の子、もうちょっと詳細がほしいね」

 部長がそんなことをいうと、

 ガラララー!

「透野先生!」

 本人の降臨である。


「3年の立花しおり! 種族は人間寄りの未詳! 生物学部の部長やってます!」

 立花先輩は元気よく答えてくれる。

 未詳とは髪の青さの部分なんだろうか、たしかに人間に青髪は染めてる人だけだ。

「まぁ、学生としての彼女は、成績優秀で本校で誇れる人物なんだけどね」

 透野先生は付け足す。

「付け足してくれる先生、好き!」

「まぁ、落ち着いて聞いてね」

 あふれかえる感情は透野先生によって鎮められる。

「ともあれ、透野先生が好きなのは分かったけど、どういうところが好きなんだい?」

 部長の言葉に、指を顎にあてて考える立花先輩。



 「んー、どういうところ……その解剖したくなる身体が好き!」



 うーん、なんだかバイオレンス。

「……」

 あえて何も言わない透野先生が『受け入れない理由分かるだろう?』と言いたげなのがわかる。

「でも、優しいところとか、意志が強いところとか、普通に好きだよ」

 ここに来てまともな回答が出てきた。

「それは素敵だね。では、最近特にアタックが多かったみたいだけど、それはどうして?」

 部長の問いに立花先輩はピタリと止まる。

「いや、それが……今度、隣国のザイオンに留学することになって……」

「おお、それは初耳だ! めでたいね」

 透野先生が言うが、立花先輩は素直に喜べないようだった。

「留学ですよ!? しかも大学もあっちかもしれない! そうしたら約10年は帰ってこれないんですよ!?」

 立花先輩は悲鳴のように叫んだ。

 たしかに10年は長い。

 だからその前に告白をしたかったのかもしれない。

 その気持ちは分からないでもない。

「だから、透野先生、付き合ってください!」

 その勢いはとても良いのだが。

「ヤダー」

「くっ」

 内容に対して、このやりとりは軽くはないだろうか。


「逆に透野先生はなぜ、立花先輩と付き合わないんですか?」

 思わず口をついて出た。

 透野先生は包帯を揺らして答える。

「そもそも先生が生徒に手を付けちゃいけないわけ。一応、来之花学園の教員の決まりでもあるのよね」

 うんうんと部長も頷いている。

 そういう決まりがあるのは知らなかった。

 でも、一般常識として先生と生徒ではタブーとされているのは分かる。

「高校に所属している18歳以下の子供を、18歳以上の大人が付き合おうとする。それは私的にも無しなのよね。大人は子供を守る立場でありたいからさ」

 そう言ってくれる先生の声は優しかった。

「じゃあ、あと1年経てば、付き合うことは可能ということですか!?」

 立花先輩は俄然やる気を出す。

「でも1年だよ? その時間や、10年は君にとってとても忙しくなるだろう」

「うっ……」

 意欲の塊の立花先輩なら、その10年の勉強も楽しくなるだろう。透野先生のことがなければ。

「私は正直、色恋を忘れて没頭してほしいと思う。君は知識も勉強も大好きだからね」

 予想以上に透野先生は立花先輩の事を見ていたのだなと思う。

 ただ無暗に断っていたわけではなかったのだ。

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