第27話・言わなくても
「それってもう付き合ってますよ」
俺は念のためもう一度言った。
違和感はこれだったのだ。最初から付き合ってるように感じていた。そして付き合ってないというわりには二人の距離感は近くて、パーソナルスペースがとても狭いように感じたのだ。
パーソナルスペースとは自分が嫌じゃない程度の距離感のことだ。ふつうならある程度の距離感はあったほうがいい。
なのにこの二人のスペースの狭さはもう付き合ってる距離だ。
証拠に、言われた桜井先輩と小嶋先輩は呆然としている。
「これは吸血鬼とかじゃないと分からない事なんですけど」
一つ間を置くと桜井先輩がハッと何か気づいたような顔をしている。
「俺、吸血鬼に噛まれたハーフブラッドなんです。基本的に血にしか興味なくなるんですよね。栄養補給として。普通の食事って食べなくてもいい。食べられますけど、興味が薄くなるんです。
だから、吸血鬼の桜井先輩が休みの日に食べ物屋さんをチョイスしたのは、自分が食べたいからじゃなくて、小嶋先輩が喜ぶためにだけに考えた努力なんですよね」
言うと、アチャーと桜井先輩は目に手を当てている。
小嶋先輩は驚いたように桜井先輩を見ていた。
「だから、男が女の子の為に必死に考えるデートコース、そのままなんですよね」
まぁ、俺はデートの経験がないけども!
そこが悲しい真実ではある。
だが、間違っていないはずだ!
その証拠に桜井先輩の顔は赤い。
「水面下の努力とか、明らかにされるの恥ずかしいんだけど……」
そこは申し訳ないところではあります。
「桜井くん……」
小嶋先輩が呟く。はじめてアンタ以外の呼び方を聞いた気がする。
「でも、こんなにしても、瞳子から好きって言ってもらったことないんだよねー」
桜井先輩が意地悪く言うが、小嶋先輩も少し笑っている。
「だけど、私たち付き合ってるらしいよ?」
いうと、桜井先輩は微笑む。
「そこは大事なことだから、ね?」
二人の間で穏やかな駆け引きが繰り広げられている。
「オレ、桜井瀬名は、小嶋瞳子が好きです! 付き合ってください!」
大きくいって、桜井先輩が手を小嶋先輩に伸ばす。
「しょうがないなぁ。好きだよ」
小嶋先輩は言って彼の手を握った。
こうして素直になれないカップルが成立した。
部員たちは終わらない拍手を送り続けるのであった。
「えー、じゃあさー、瀬名って呼んでよ」
「え、桜井くんで十分でしょ」
「ひどい! 結ばれたのに!」
「それよか、男の娘たまには見せてよね。コスプレ合わせしたいから」
「それよか言われた! いいけど! 見せるけど!」
イチャイチャしだす二人を、微笑ましく見る部員たちである。
ああ、今日もお茶がうまい。クッキーもうまい。
クッキーをもう一枚と手を伸ばすと、
「多田野君、無理して食べなくてもいいからね?」
困り顔の赤延先輩がそんなことをいう。
「いや、別に無理してないです! 美味しいクッキーです! 食べ物に対する強い執着はなくても、味覚はちゃんとあるので心配しないでください。とてもおいしいです!」
言いながらクッキーを頬張る。みんなが褒めるようにその味は店の物のように感じる。
「そう? ありがとう」
赤延先輩が微笑みながら、後ろの口でクッキーを食べる。
「種族の食性の違いとかあるんよなー。おれもユニコーンやから肉は食えへんのよ」
いいながらクッキーをパクリと食べる亞殿先輩。
詳しく知らないけれど、ユニコーンは馬のようだから草食なのだろう。油脂とか動物性なのはいいのだろうか。
「私は人間に近いし、基本人間と同じだから、そこらへん失念してたわ」
赤延先輩がお上品にお茶をすする。お茶は前の口からなんですね。
「僕は龍だからねぇ。正直なところ霞でも生きては行ける。けっこう肉も草も食べるけど」
部長はそれで逆に肉と草でお腹を壊さないか心配になる。
それを聞いていた小嶋先輩は思わずつぶやく。
「うちの学校いろんな種族がいるけど、クッキーは食べてもらえそうね」
「お、どうした瞳子?」
「そうね、私、大きな目標できたかも。『様々な種族が味わえるお菓子』を作りたい」
目がキラキラとさせる小嶋先輩は眩しくて美しい。
「いいね。それついて行っていい?」
きっと小嶋先輩が困ったら、桜井先輩が自然とサポートするのだろう。
「うん。嫌っていっても連れてくからね」
あらためて二人の絆が強まる瞬間を目の当たりにする部員一同だった。
そして数日後、
部活も終わり、寮に帰る前、いつもの購買部に寄る。
「お、こいあい俱楽部の人じゃん」
購買部の前で、輸血(紙)パックを啜っているのは桜井先輩だった。
「数日ぶりです」
俺も挨拶をして、ケルベロス兄さんから輸血(紙)パックをもらう。
そうか、桜井先輩も吸血鬼だからここでもらっているのか。
「ああ、敬語とかかしこまった態度はいいよ。気軽に瀬名って呼んで」
手をパタパタとさせて気さくに言ってくれる。
「じゃあ、お言葉に甘えて。瀬名、小嶋先輩とは上手くいってるんだ?」
「おうよ。って言っても改めての進展はないけどな」
瀬名の様子を見るに、進展は無いけど、安定した関係が築けているのは察することができる。
やっぱり二人はお似合いなのだろう。
「少年」
「友達できたか」
「よかったな」
ケルベロス兄さんが言ってくれる。それにちょっと驚きながら瀬名をみた。
「友達でよろしく!」
人懐っこく微笑んでくれた。
「う、うっす」
ケルベロス兄さんと瀬名に向かって微笑む。
先輩でもなく、部員でもない、友達ができた。
なんだかくすぐったい。
でも嬉しかった。
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