第26話・それって……

「え」

 だいぶ素に近いだろう桜井先輩の低い声が出た。

「だから『超絶かわいい男の娘』に変身できるのかっていうの」

 そんな彼に小嶋先輩は非情にも言い募る。

「男の娘っていっても、ただ男が女の恰好するんじゃ駄目よ! ロリみもありーのショタみもありーの、ちょうどその頃の中性的な儚さをもった年頃になるのよ! ちょうど、推しも金髪の赤目だからいける! 性格は小悪魔っぽい感じでツンツンしてるんだけど、たまに照れるのが可愛いというかなんというか」

「小嶋先輩、落ち着いてください!」

 俺が言うと、小嶋先輩はおっとと言って口に手を当てた。

 対して、桜井先輩は難しい顔をしている。

「やっぱそういう根本的な変身はむりそうね」

 彼の様子を見た小嶋先輩がいうと、

「できる! できるけどさぁ」

 ボンと煙が桜井先輩を包み、その煙が晴れると、

 金髪ロングの中学生くらいの女の子、いや男の娘が現れた。ちょうど桜井先輩を幼くしたような姿だ。

 服装はうちの学校のブレザーとスカートを着用している。

「キタ――――――――――――――――――!!」

 小嶋先輩が叫びながらガッツしている。

 そして男の娘の桜井先輩はだるそうに、

「これでいいの?」

 声も少し高めのようだった。さすが芸が細かい。いや芸じゃないけど。れっきとした変身の術なんだけれど。

 これには部員たちも歓声をあげた。

「これはすごい」

「やっばい再現度やな」

「吸血鬼はこういうこともできるのね」

「可愛い子だなぁ」

 桜井先輩はその歓声を聞き、ちょっと機嫌を直す。

「ふふん、これでいいの? おねーちゃん」

 ぴょんとジャンプして、小嶋先輩にウインクをして、サービスしてくれる。

「超いい! 天使、天使だわ! 私の天使!」

 小嶋先輩はガバチョと男の娘の桜井先輩に抱き着いた。喜びすぎてテンションが少しおかしい。

 元のクールビューティーがどこ吹く風だ。

「可愛い可愛い!」

 言いながら、男の娘の桜井先輩に頬ずりする始末。

「えへへへ……」

 幸せそうな桜井先輩だったが、段々とその笑顔が曇る。

 おやおや?

「やっぱヤダ!」

 可愛い顔のまま桜井先輩はそう言った。

「えー、めちゃくちゃいいわよー」

 小嶋先輩は目を♡にしていうものの、

 ボン。

 と桜井先輩は元の姿に戻ってしまう。

「え」

 今度は小嶋先輩が低い声を出した。

 でも恰好としては、小嶋先輩が桜井先輩に引っ付いている。

「やっぱりオレとしては、こういう元の姿での接触が欲しいわけよ」

「なに腰に手を回してんのよ! 離して!」

「自分からくっついてきたくせにー」

 桜井先輩は離れていく彼女にブーイングをする。

「というわけで、こいあい倶楽部には追加のお悩み相談」

 桜井先輩が部員たちに視線を送った。

 まぁ、ちょっと予想はできますが。

「この状態の彼女とどうやってお付き合いを始めるか」



「どうしたものかなぁ」

 部長がうなりをあげる。

「男の娘のままなら簡単なんやけどね」

 亞殿先輩が肘をついた。

「でも男の娘のままは桜井先輩が嫌がるし」

 赤延先輩がお客様用のお茶を入れ直す。

「んー、どうしたものか」

 俺は悩みながら、お客様にお茶請けのクッキーを出した。

 とはいえ、違和感はある。

 それが自分の中でハッキリとしないままモヤモヤしている。

 この違和感の正体は……

「あ」

 小嶋先輩が声を上げた。

「このクッキー美味しい。どこのお店の?」

 聞かれて慌てて答える。

「いえ、これは赤延先輩が作って来たクッキーなんですよ」

 彼女の方をみて言うと、その先輩が髪の毛で片手を上げた。

「それは隠し味に生姜が入ってて……あとメープルシロップとか」

「ふむふむ、もっと聞かせて!」

 女子たちでお菓子のあれこれで盛り上がり始めた。

 男子たちはフーンと聞いていた。

「アンタも食べなよ。美味しいよ」

 小嶋先輩がクッキーを勧めるが、桜井先輩は首を振る。

「別にいいよ」

「えー、もったいないって」

「なら瞳子が食べさせてよ」

 なんていうものだから、小嶋先輩は怒るとおもいきや、

「しょうがないわね」

 桜井先輩の皿からクッキーをつまみ、そのまま彼の口にアーンと渡した。

 それはそれは仲が良さそうに。

「あ、美味しい」

「でしょ。言ったじゃない。ほら食べこぼし付いてる」

 言って桜井先輩の口についたクッキーを取り払った。

 違和感のピースが合致した。


「お二人はもう付き合っているのでは?」

 思わず言ってしまった。


「は?」

「へ?」

 桜井先輩と小嶋先輩がキョトンとしている。

「そのクッキーのやり取り、もう恋人のやりとりなんですけど……」

 言うと、二人は顔を見合わせる。

「いや、」

「そんな、ねぇ」

 などと何かの確認をしている。

「いや、たしかに学校でもいつも一緒にいるけど」

「それはアンタが離れないから、いいかって」

「そのまま学校の休みには一緒に食事したりしてたけど」

「選ぶ店のセンス良いからいいかって」

「スマホのメールと電話番号交換済みだけど」

「ほぼ毎日連絡とりあっているけども」

「そういえば毎日顔合わせてる」

「会えない時は心配だから連絡してる」


『それ絶対付き合ってるじゃん!』


 部員の声が綺麗に重なった瞬間である。

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