第24話・強さとは

 その後は手早かった。

 止血した吠崎先輩を一旦学校の保健室で応急処置してもらい、病院に連れて行ってもらった。

 そして動けなくなっていた工事現場の奴らは、傷害罪で警察にドナドナされていった。

 なんとか日の出までには片がついたので、俺はあわてて自室に戻った。

 獣人特有なのか吠崎先輩は回復が早く、普通の人間より早く退院して登校することができた。

「あの時はありがとう。感謝してもしたりないな」

 こいあい倶楽部の部員一同が照れたり謙遜したりする。

 吠崎先輩は挨拶に部室まできてくれた。その隣には飛野先輩がいる。

「それで、蓮くん、不良から足を洗うって言ってくれたんです」

「悪い奴らに陽毬を取られたくないんで……」

 なんだか二人からはこう、ラブラブな雰囲気がかもしだされている。

「その様子だと入院中に二人は何かあったのかい?」

 部長がズバリ言っていく。

「いや、そんな、ことは」

「な、なにも、無いですヨ?」

 二人とも真っ赤になって否定するが、確実に何かあったようだ。

 告白したとか決定的なものではなさそうだけど、仲が良いのは良いことだと思う。

 こいあい俱楽部としてはニンマリである。


 そして俺は自分の力で誰かを助けることができたことに感動していた。

 あの日、大量の血を固まらせ、保健の透野先生に応急処置をしてもらって、ようやく血液硬化を解いた。そんな長い時間の硬化も、大量の血も扱ったことがなかったから、あの後はヘロヘロになってしまった。

 もうすこし鍛錬が必要なのかもしれない。

 誰かをすくうために、誰かを守るために、この力を伸ばそうと思う。


 不良から足を洗った吠崎先輩はその後、ボクシング部に入ったという。

 彼自身、手持ち無沙汰なのもあったし、やっぱりあの事件で飛野先輩を守りたいというのもあるのだという。

 何か打ち込めるものに出会うのは大切なことだ。

 やっぱり何か護身術でも学ぼうかな。

 ツテを探すならリシェル先輩らへんが詳しそうだ。今度声をかけてみようか……。

 部活の後、そんなことを考えながら購買部に向かう。

「こんにちは」

 購買のケルベロス兄さん(仮名)に声をかけた。

「こんにちは」

「おう」

「まいど」

 ケルベロス兄さん(仮名)は気さくに返事をしてくれるので挨拶しやすい。

 それにしても兄さんも見える範囲ではムキムキしていて強そうだ。

「お兄さんはケンカ強いですか?」

 思い切って聞いてみた。

「ケンカ?」

「ケンカは良くない」

「強いぞ」

 三つの頭が別々に答えてくれるが、強いらしい。

「やっぱり男は強さですかね……」

 渡された輸血パックを受け取りながら、

「優しさも大事」

「青春だな」

「男の憧れってやつだな」

 優しさも大事なにはわかってるけれど、それは強さがあってからの話のような気がする。

「んー、もうちょっと考えてみます。ありがとうございました」

「おう」

「がんばれ少年」

「またな」

 応援を背に受けながら購買を離れた。


 寮へ行く途中に、見覚えのある茶色の毛のもじゃもじゃが見えた。

 たしか用務員さんだ。

 今日も灯りの調節をしているようだった。

「こ、こんばんは」

 声をかけてみたが、反応はない。

 仕事中だし仕方ないと思って通り過ぎようとした時、

 ――こんばんは。

 と頭に響く声があった。正しくは音になってないから声ではないのかもしれないが、言い表すとしたら「頭に響く声」としか言いようがなかった。

 これが用務員さんの声なのだろう。

 返事が返ってきて少しうれしくなった。

「灯りの手入れ、いつもありがとうございます」

 茶色の背に向かって言うと、

 ――……こちらこそ、声を掛けてくれてありがとう。

 やさしい音色が頭に響く。

「じ、じゃあ、失礼します」

 ――おやすみ。

 ただそれだけのやり取りなのだが、心が温かくなった。

 そして部長の言葉を思い出す。

『未詳というだけで差別する人がいる』

 それは本当にけしからんと思う。

 だってあんなに優しい声の出せる人がいるのに、その人を未詳というだけで迫害するなんて。

 それはとても寂しい事のように思える。

 それだけはしたくない。そう思った。

 

 自室にもどった俺は、血液操作を少しやって、スクワットと腕立て伏せをやってみた。

 人間のころよりずいぶん動ける体にはなってるらしい。ハーフブラッド恐るべし。

 でも限界はあるので、ちょっと疲れる程度に身体を動かすようにする。

 これで少しでも体力が増えればいいのだが。

 解けないモヤモヤを抱えつつ、シャワーを浴びてベッドに入る。

 目を閉じれば、睡眠はすぐにやってくる。


 ドン!

 角を曲がろうとしてすぐに何かにぶつかる。いや、これは彼女だ。

 新月と逆光で顔はおぼろげだが、整っているように思う。

 でも、その顔は悲しそうに見える。

「あの、あなたは」


 ピピピピピ!

 手を伸ばしたまま、アラーム音に起こされた。

 うーん、消化不良の夢を見た気がする。

 カーテンを開けるとそこは星の瞬く夕闇。日の入りして間がない。

 顔を洗い、歯を磨き、制服を着る。

 いつものルーティン、ようやく慣れた『いつも』である。

 それも大分、暑さや風で夏を感じるようになってきた。

 春から初夏に季節が移り替わる。

 さて、これから何が待っているかな?

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