第23話・譲)愛

 吠崎先輩を求めて俺たちは走った。

 喧嘩して連れ去られたって、更に何かされるかもしれない。

 並走してる飛野先輩はもっと早く走れるだろうけれど、僕らのスピードに足並みを揃えていた。

 そして飛野先輩のスマホから音が流れ始める。

『吠崎ィ、起きろ!』

 ドガッと何かを蹴るような音が入った。

『うっ、あ、竹浪さん……ここは……』

 吠崎先輩の声が入り始める。どうやら気絶していたらしい。

 

『学校の近くの工事現場だ。ここなら邪魔が入らないだろ?』

 飛野先輩の情報は確かなようだ。

『この前は佐山が恥かかされたって聞いたぞ』

『そうなんですよ!』

 竹浪と呼ばれた男に加わって、佐竹とよばれたブルドックの獣人の声もする。

『こいつってば余計なことをするやつで』

『佐山、黙れ』

『す、すみません竹浪さん……』

 竹浪はあのブルドックの獣人をたやすく止める。彼らの中で地位が高いのだろう。

 前に聞いた半グレとはこの男なのだろうか。

『吠崎、お前、まえから気に入らなかったんだよなぁ。どこのだれを殴れって言っても「できません」とか、クールぶるしよぉ』

『竹浪さんの気に入るようになれなかったのは申し訳ないです』

『そうやっておしとやかぶってるお前が嫌いでなぁ。でも、おれは鬼じゃねえ。お前にチャンスを与えてやろうと思ってな』

『チャンス……?』

『おうよ。お前、佐山を殴れ』

『竹浪さん!?』

 竹浪の言葉に佐山が悲鳴のような声をあげた。

『……』

 音が途切れ沈黙が流れる。

『竹浪さん、済みません。佐山さんは仲間なんで殴れません』

 吠崎先輩が沈黙を破ってそう言うと、

『ほ、吠崎、お前……』

 佐山が感動しているようだった。


 一方、俺たちは彼らのいる工事現場にむかっていた。

「このT字路を右!」

 飛野先輩のナビゲーションで思いのほか早く着きそうだった。

 T字路を右に曲がり、その突き当り、ビルの骨組みと床しかない工事現場があった。

「たぶん、この工事現場の高いところ……」

 さすがにここまでくると彼らの声も聞こえるため、飛野先輩は小声で話す。

『調子乗るんじゃねえぞ!』

 スマホから竹浪の声が聞こえる。

 ボグッと鈍い音が聞こえた。

 赤延先輩と飛野先輩はヒッと身体を縮こませる。

 なんだか痛そうな音がした。

『お前グループに所属してるんだから、上の命令は絶対だろうが』

 部長たちと目くばせをして、ビルの中に入っていく。


『すんません』

『すんませんで済むか!』

 またゴッと痛そうな音がする。

『うっ』

 ここに来る前も喧嘩をしていたはずの吠崎先輩の身体が心配だ。

『でもまぁ、俺は優しいからもう一度チャンスをやろう』

 二度目のチャンスには吠崎先輩も声は上げない。

『……』

 きっとこれを断れは最後だぞという脅しなのだろう。

『そうだなぁ。お前の幼馴染だっけ? あのウサギの女。あいつをよこせ。可愛がるからよぉ』

『……!』

『うさぎって性欲強いんだろ? いひひ、耐久戦とか試してみてぇよなぁ』

 下卑た笑いに部員全員と飛野先輩が眉をひそめる。

『吠崎、分かってるだろうな。後はねぇぞ。答えは?』

 工事現場に沈黙が落ちる。

『……るか』

『……なんだと?』

『お前にやれるか!』

『うお、痛てぇな!』

『陽毬はてめぇみてぇな下衆にやれるか! なら裏切ったほうが気が楽だぜ!』

『てめぇ――――! 覚悟はできてんだろうなぁ!』


 そこまで聞いて俺たちは飛び出した。

「そこまでだ!」

 部長が叫ぶが、一歩遅く、竹浪らしい虎の獣人が吠崎先輩に体当たりをかましていた。

「誰だ!」

 竹浪が吠崎先輩から離れるとその手には血に濡れたナイフがあった。

「くっそ……」

 吠崎先輩が腹を押さえながら床に崩れていく。

 慌てて近寄るが、じわじわと出血が止まらない。

 どうする! 俺に何ができる!

 考えを逡巡している中で、先輩たちが動いた。

「部長、やつらに風を!」

 亞殿先輩が言うと、

「OK」

 部長がふう!と強烈な風を奴らに向かって吹いた。

「麻痺風ってな!」

 風に向かって亞殿先輩が何かを投げた。それは風で散り散りバラバラになり、奴らに降り注ぐ。

「うぐっ、体が痺れる……!」

 竹浪はカランとナイフを落とす。それを赤延先輩が素早く髪で拾い取った。

「ナイフはとったわよ!」

 赤延先輩が言うと、そちらにむかって奴らが動こうとする。

「おっと行かせないよ」

 部長は息を奴らの足元に向けて吹いた。今度は氷の効果があるらしく、奴らの足元が氷で固まっていってしまう。これで動かせまい。

 

 一方、俺は悩んだ既に一か八かに賭けた。

「固まれ!」

 吠崎先輩の腹部の血に向かって祈る。

 他人から出てる血で試したことは無いけれど、このままでは失血死も危うい。

 実験なんてやっている暇はない。

 祈れ! 強く祈れ!

 ただそれだけしかできない。

 あふれ出す血液が徐々に硬化していく。やがてその血は腹部を守るコルセットのように固まった。

「で、できた……」

 気疲れなのか、少し気が遠くなる。

「お前……やるな……」

 吠崎先輩が呆然と褒めてくれた。

「蓮くん! 蓮くん!」

 飛野先輩が無我夢中で彼にとびつく。

「陽毬、どうしてここが……」

 血を失ってぼんやりとした吠崎先輩が疑問を投げかける。

 泣いていた飛野先輩は涙を拭いて笑った。

「蓮くんのブレザーにGPSと盗聴器しかけてあるんだ♡」

 スマホから音声が流れてきたあたりからそうかと思いましたけども。

「はは、困ったやつだ」

 吠崎先輩はデコピン一つで許すのだった。

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