第20話・LGBTQ人外

 ある日、部活でしゃべっていると、

 コンコン。

 とドアを叩く音が響いた。

 ガラガラとドアが開くと、全身が包帯で巻かれ、白衣を着た誰かが立っていた。

透野とうのだけど」

 と言われて、保健医の名前がその名前だったのを思い出す。たしか透明人間だったはずだ。

「この前は私の不在中、代りに診てくれてありがとうね」

「いえいえ、その場にあるものでどうになかなってよかったです」

 部長が答える。

 尾野崎先輩の時は入部したてで、どうなるかと思ったのが俺の本音だ。

「尾野崎君、あのあとも調子がいいみたいでよかったよ」

「それはそれは」

 透野先生はそこまでいうと、声のトーンを落とした。

「それでね、私のところに悩み相談をしに来た子がいるんだけど、君達の方が適任だとおもう内容なんだ。だからあとで、こいあい倶楽部に行くように指示した」

「ほう」

「詳しくは彼から聞くといい。よろしく頼むよ」

 そう言って透野先生は部室から出て言ってしまう。

 思わず目を合わせる部員全員。

 何か波乱の予感がするのは気のせいなのだろうか。


「失礼します」

 ドアが開くと同時にそんな声が部室に響く。

 ひょこっと顔を見せたのは人懐っこそうな顔だった。

 金の髪は地毛なのだろう、自然な色合いだ。

「透野先生にいわれてきました……」

 おっかなびっくり入ってくる彼に部員は笑顔で迎える。

「こいあい倶楽部にようこそ。そこにある椅子にどうぞ」

 用意しておいた椅子に促す部長。

「あ、はい……」

 椅子に座る青年。その胸の校章は緑色だった。

「僕、2年の鶴田久喜ひさよしといいます。人間族です」

 ぺこりと頭を下げる鶴田先輩。

「相談というのは?」

「そ、それは……その……」

 聞くと途端にそわそわし始める。

「ここだけの話でお願いしますね」

「大丈夫。うちの部員たちは口が堅いですよ」

 部長、ナイスフォロー!

 

「悩みというのが……」



「男の人を好きになっちゃったみたいで……」



 ……

 え? それって駄目だっけ?

 と思うほどにはLGBTQ性的マイノリティがフワフワしていたかもしれない。

 もともと俺もそういうのをそこまで禁忌タブーとしてみてないところはある。

「それって悪いことなんかな?」

 亞殿先輩が優しく聞く。

 人はどんな人でも好きになっていいと思う。

「悪いことじゃないのは分かるんですけど、自分がそうなるってことに抵抗があるというか。そもそも珍しくないですか!?」

 鶴田先輩のいうことも分かるが、入学してからずっと色んな愛の形を見てきた。

「おれは言うならバイセクシャルやな。男女ともに恋愛対象になる」

 亞殿先輩があっけらかんという。

「ノベちゃんは? 言えたらでいいけど」

「わ、私は同性の子が好きかも」

「ふむ、部長はどない?」

「うーん、僕はバイセクシャルに近いかな。好きになったら性別とか気にしないねぇ」

「うんうん、多田野君は?」

「俺は女の子が好きですね」

 ということは、部員の半分以上が異性愛、いわゆるノンケではなくなる。

 逆に俺の女の子だけが好きなのが異端のような気がした。

「というわけで、この部活では男女以外の愛も普通になって、男女の愛が珍しいことになる」

「へ、へぇー」

 鶴田先輩は心底興味津々な様子だった。

「そもそも、この部活にいると色んな愛の形を見れるから、固定観念とかそういうのが取り払われますよね」

 4月初めからこの部活に在籍して、心から思うことだった。

「ふむふむ」

 鶴田先輩は感心しきりのようだ。

「じゃ、じゃあ、別に僕が男の人を好きになったのは、おかしくないと」

「おかしくないと思うわ」

 赤延先輩がハッキリと言い切る。

 鶴田先輩は一度下を向き、そして上を向く。その顔は先程より元気が増してるように見える。

「皆さんのおかげで、勇気がでてきました! 僕が男の人を好きになるのは悪い事じゃないって」

 うんうんと部員全員で頷いた。

「この恋はまだ成長途中ですが、もっとそういうことの勉強をします! うまく自分の自信になるように、付き合っていきたいと思います」

 その鶴田先輩の顔はとてもすっきりして晴れやかな笑顔だ。

 こうして鶴田先輩の相談は円満に解決したのだった。

 

 そして2週間後、

 コンコン。

「失礼する」

 部室のドアを開けて姿を見せたのは、銀髪のイケメンだった。が、下肢は蛇だった。

「相談をしたいんだが、いいか?」

「どうぞー」

 俺は蛇のイケメンを中に案内して椅子を出す。彼の校章は緑だった。

「我は2年の酒井千代ちよまるという。種族は大蛇族だ」

 堂々たる姿は彫刻のようだったが、すこし挙動がおかしかった。

 まるで何かにおびえているようにキョロキョロしていた。

「相談というのは?」

 部長が促すと酒井先輩はゴホンと空咳をする。

「それがな……」

 沈痛な面持ちで声のトーンを低くする酒井先輩。



「男を好いてしまった」



 その流れで2週間前の鶴田先輩を思い出すのは仕方ないだろう。

「べつに、男を好きになってもええんちゃう?」

 亞殿先輩が率先して対応に回る。

「そ、そうだろうか……」

「逆になにも悪いことはあらへんやろ」

「そ、そうなのだが……」

 どうにも酒井先輩の歯切れが悪い。

「男でも好きは好きなのだが、そいつに関しては少し様子がおかしくてな……」

 様子がおかしいとは。

「どうにも照れることなく、まっすぐに来る様が眩しすぎて……」

 そんなおかしいようには思えないが、

「好きだと言われるのは良いのだが……」


 

「長い尾で締め上げてくれと言われてな……」



「それは……変態だね……」

 部長が思わずこぼした。

「そう、変態なんじゃ」



「我と同じく2年の鶴田久喜というのだが……」



 部員全員が手を額に当てた。

 アチャー。そっちに成長しちゃったかー。

 知ってますその人。

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