第19話・添い遂げる
トキ先輩の言葉が部室を通り抜けても、動けるものはいなかった。
「私、体に癌がみつかったんです」
先輩は愛おしそうに、けれど寂しそうに身体を撫でる。
「だから、権蔵さんには私の事を早く忘れてもらおうとおもって」
にこりと権蔵先輩を見る。
「……嘘じゃろ、トキ……忘れられるものか……」
呆然と彼はゆっくり呟いた。
「あなたには私、幸せになってほしいから」
震える彼の手にトキ先輩の手が重なる。きっとその手は温かい。
「お、お前がいない人生なぞ、幸せなものか……」
権蔵先輩はとうとう泣き出してしまう。
「本当は泣かせたくなかったんですよ。呆れて、怒って、別の人生を見つけてほしかったんです」
「無理じゃ。無理じゃ……」
「もう、泣き虫さんなんだから」
「泣いて何が悪い……」
俯いてしまう権蔵先輩の背中をトキ先輩が優しくなでる。
「なんというか、嘘を暴いてもうしわけない」
部長がいうと、トキ先輩が手を横に振って微笑む。
「まぁ、どうせいつかバレたでしょうし、仕方ありませんわ」
穏やかな微笑みが心に痛い。
亞殿先輩は難しい顔をしているし、赤延先輩は権蔵先輩のように泣いていた。
「責任をもし感じるのであれば、私の死後、権蔵さんを励ましてあげてもらえませんか?」
「えぇ、それはもちろん」
「お前が死んだ後、傷が癒えるわけがないだろ……」
「……」
その一言で部員一同がおし黙ってしまう。
「こら! そういうワガママを言うんじゃありません。まだすぐに死ぬわけじゃありませんから」
「……人はすぐに死んでしまう……」
「次のお嫁さんは人あらざる者にします? 共に生きてほしいですから」
「お前以外の嫁を取る気はない」
プイとクチバシをそっぽに向けてしまう。
お、完全スネモードになったもよう。
「お前が死んだら、儂も死ぬ!」
くわっと顔を上げてトキ先輩をみると、トキ先輩は権蔵先輩の両頬をパチンと叩いて包んだ。
「あなたは生きてくださいね」
言われると権蔵先輩の視線が落ちる。
「トキ……ひどいぞ」
一人で生き続けろと言われれば、それはとても悲しいだろう。
その権蔵先輩の態度に、トキ先輩は観念したように眉間の皺を寄せた。
「あぁ、わかりました! わかりましたよ! 私が死んだら、生まれ変わってあなたの元に行きます!」
「……本当か?」
チラリと権蔵先輩がトキ先輩をみる。
「本当です。本当ですから、待っててくださいね」
「分かった。約束だぞ」
「はい、約束です」
二人は小指と小指を絡ませて、指切りげんまんをしたのだった。
亞殿先輩は感極まって眉間を抑えて上を向いていた。
その後、トキ先輩は手術を受けて、癌は切除できたそうな。
だから生まれ変わっての話はもう少し先の話になりそうだ。
トキ先輩が退院してから、権蔵先輩と一緒にまた部室に挨拶にきた。
『退院おめでとうー!』
パパン!
部員一同がクラッカーを鳴らす。
「あらあら、ありがとう」
「ほら、まだ本調子じゃないんだ。気を付けて」
権蔵先輩の手にトキ先輩が手を添えていた。
「ありがとう、権蔵さん」
仲は相変わらずよろしいようで。
「こう周りに祝われると、嫁いできた時を思い出すわぁ」
「70年前の時、カラス天狗たちで祝ったな」
話を聞くに、昔、トキ先輩は貧しい村と家に生まれ育ったという。
15歳を過ぎる時、村は大飢饉になり、山神への生贄を考えた。
その山神の贄に選ばれたのが、トキ先輩なのだという。
トキ先輩はその時に死を覚悟したが、出迎えた権蔵先輩が一目惚れしたのだという。
そしてあれよあれよと結婚が決まり、祝言を上げたそうな。
それから70年。
あっという間のようで、一年一年重ねてきた年月が70。
二人の築き上げた年月はきっと消えない。
そしてあたらしい年月が重ねられていくのだろう。
楽しくても、悲しくても。
そんな二人を見ていて、とても羨ましく思う。
いつかだれかと自分もそうありたいと思わされる。
四月一日ご夫婦が帰っても、部室には心地の良い余韻が流れている。
そんな中、俺は輸血パックでちょっとした芸を見せた。
皿を用意して、その上に少し血液を出す。
そして超能力の要領で皿に両手をかざす。
「動け!」
血液は見る見るうちに、何本もの細い柱となって上を目指す。
そしてできたのは1mくらいの血液のタワーだった。
『おおー!』
部員の人達もみんな驚いて血液タワーに注目している。
「お、タワー全体が硬くなってるね」
部長が小さい手でつんつんしているのは何だか可愛らしい。
「お、これ持ち上げられるんか! おもろ!」
亞殿先輩がタワーを持ち上げてみている。
「血液の硬質化ってやつなのね、すごい!」
赤延先輩は髪の毛の手で拍手してくれている。
そしてタワーを皿に戻し、また、
「解けろ!」
念じるとタワーが崩れて、皿に液体の血液が溜まる。
「少しずつ量を増やしてみたら、どうにかここまで出来たんですよね」
いって、皿の血液を飴玉のように球状にして、ポイと口に運んで飲み込む。なんて応用もできたりする。
「良い成長だね。いずれはそれで剣とかナイフとか、硬質化できたら武器になるよ」
「今も針の形にしてもいいかもやね」
「私もなにか編み出そうかしら」
先輩たちの反応もなかなかで、すこし自分が誇らしい。
これが部活や人の役に立ったらいいのだけど。
多田野一士は血液操作スキルのレベル5になった!
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