第17話・話の順番
「ボクは3年の
茶色の短髪とクリっとした瞳が少し俺より年下に見える。
堂々と彼氏を宣言するが、
「私に彼氏はいない」
五十嵐先輩にはスパンと切られてしまう。
「やだなぁ、珠子。1か月前に付き合おうってことになったじゃないか」
「そんな話はしていない」
「記念のプレゼントも喜んでくれたろ?」
「捨てるのもなんだし、送り返しても戻ってくるし、家に放置だ」
「手紙もやりとりしたじゃないか」
「私から送ってはいないが?」
「……」
「……」
にこにことした井伊先輩に五十嵐先輩ピシャリと言い放つ。
「珠子は照れ屋さんだからなぁ」
「そ、そんなことは無い!」
照れ屋というワードに五十嵐先輩があわてだす。
「そういうところが可愛いんだよねぇー」
言いながら五十嵐先輩の手を取った。
これは、ちょっとまずいのでは……。
「さぁ、こんな所には用がない。行こう」
「ま、待て」
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ」
部長の声が部室に響く。
その言葉に井伊先輩はピタリと動きを止めた。
「焦ってないけど?」
ピリリとした空気が張り詰めていく。
「本当は自信がないのだろう? 君は」
「は?」
明らかに部長が井伊先輩を煽っている。
「自信が無いから、彼女に強く迫って、優しい彼女に付け込んで条件を飲ませようとしてるんだろう?」
「そんなことないし」
「ストーカーはそういう奴が多いんだ、告白もできないくせに相手には伝わってるだろうなんて妄想を抱いて接するなんて勘違い野郎が……」
「ボクは!」
井伊先輩は五十嵐先輩の手を離した。
「ストーカーでも、勘違い野郎でもない!」
「なら、彼女と恋仲だというのかい?」
部長もどんどんと彼を追い詰めていく。
「そうだ!」
「だそうだが、五十嵐君、彼から告白はあったのかい?」
部長に言われて五十嵐先輩は指を顎に当てて考える。
「いや、この数年それだけは無かった。はずだ」
井伊先輩の方をみると、目が泳いでいる。図星だったらしい。
「こ、告白なんて無くたって……」
「では、五十嵐君、人と人が付き合う、その定義は告白がスタートだと思うかい?」
「そうだな、告白からスタートだろうな」
「ぐっ……」
「と彼女も言っている。それに、五十嵐君、やっぱり五十嵐君としては告白されたら嬉しいかい?」
「うーん、困惑はするけれど嬉しいな。真剣に考えてくれているのだと思うから」
「だそうだよ?」
「うぅ……」
こうして強制的に我が部室は告白の場となった。
改めて五十嵐先輩と井伊先輩が対面する形になる。
五十嵐先輩はのんびりと構えているが、井伊先輩はガチガチになっていた。
井伊先輩はバチバチいいそうな勢いで五十嵐先輩を見ているが、なかなか口が開かない。
口が開いても、言葉が音を持たない。
1分が経ち、5分が経ち、10分が過ぎた。
このまま告白できないで終わるのでは、という空気が広がり出す。
そろそろ頃合いか、と思った時、
「珠子……五十嵐珠子さん!」
井伊先輩が口を開いた。
「ずっと好きでした! 1年の頃から、その大きくて壮大な体とか、けれど心はとてもガラスのように繊細で、君を知るたびにボクは惹かれていった。もう今は君なしには人生考えられないんだ。人間と人あらざる者で付き合うのは色々大変かもしれない。ボクらは体格差も激しい。だけど、付き合ってください! ボクには君しかいないんだ!」
精一杯、彼女に手を伸ばす。
五十嵐先輩は大きな獣の片足を上げた。
これは拒否の踏みつけなのか。
今まで彼がやってきたことを考えると当然かもしれない。
「! ……っ」
井伊先輩もそれを受けるつもりなのか、きつく目を閉じた。
ドンッ!
五十嵐先輩の大きな足が床に落ちる。
重い振動を受けながら、無事だった井伊先輩が目を開けた。
その手には大きな手が握られている。
五十嵐先輩に目を向けると、赤い顔をしていた。
「せっかくだから脅してみたけど、やはり良い気分ではないな。そしてその告白、心を打ったぞ。今思い返せば手紙も着信も待ち伏せも、そういう気持ちなのかと理解できた。やりすぎはあったにしろな。でも今は正直嬉しい。こんな図体のデカい女だが、付き合ってくれるか?」
「珠子……喜んで!」
部員たちも惜しまない拍手をおくる。
こうしてまた新しいカップルが成立を果たしたのだった。
結局、ストーカーになりやすい人というのは話の順番を自分の中ですっ飛ばしてしまう人が多いらしい。
だから飛ばした告白を強制的にやらせることで正常化を図ったのだそうだ。
でもまさか二人が結ばれることになるとは、部長も思っていなかったらしい。
俺たちも思ってませんでした。
うまくいってよかったねー、なんて皆で笑いあっていると、
「助けてくれー!」
ガラガラピシャン! と勢いよく部室のドアが開かれる。
そこにいるのは井伊先輩だった。
あれからまだ数十分も経ってませんが!?
そして目が合った俺に抱き着いてくる。
「こいあい倶楽部、助けてくれ!」
「な、何があったんですか!?」
井伊先輩はむせび泣いている。
「珠子、珠子が――――!」
「い、五十嵐先輩がどうしたんですか!?」
「珠子が非処女とか言い出した――――――――――――!!」
このあと数時間かけて慰めたのは言うまでもない。
ちなまなくても井伊先輩はバチバチの童貞だったのはどうでもいい。
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