第16話・びっくりどっきり

 コンコン。

 「はーい」

 部室のドアがノックされて、その時一人だった俺が答える。

 そしてドアが開くが、そこから女性の頭が降ってきた。

 降ってきたと思った女性の頭は途中で止まり、クリっと顔を真横にかしげた。

「もし、」

「うわっ」

 絵面がかなりホラーであったため、声をあげてしまった。

「あ、驚かしたら済まない。身体が大きいでな、こうかしげるしかないのだ」

「あ、え、こちらこそ済みません。まだこの学校に慣れてないもので」

「よいよい、私が250㎝もあるから悪いのだ。そして、ここは悩み事を相談できると聞いたが?」

「わ、大きいですね。そうです! お悩みがあれば聞きますよ! 他の部員たちもすぐ戻ると思いますので、中にどうぞ!」

「承知した」

 声とともに、大きな体がズルリとドアをくぐり、部室の中に入ってくる。

 あわてて、お客様にお茶を出す方に気が向いていたが、その大きさは見たこともないくらいの大きさだった。

 まず頭が天井に届いて尚もかしげていた。そして手足は長く、脚自体は獣のように毛むくじゃらの裸足だった。

 初めて見る異形たる姿の先輩だった。


 お茶をなんとか渡してるうちに、他の部員が戻ってくる。

「やぁ、君は同学年の人だったね」

「晧乃宮くんか、私も君を知っている」

 なんて部長と異形の先輩が話すのを亞殿先輩と赤延先輩は見上げていた。

「挨拶をしよう、五十嵐いがらし珠子たまこだ。3年の、スルト族だ」

 後に調べてみると、スルトとは北欧神話の巨人のことらしい。だからこんなに大きいのだろう。

「君は目立つからなぁ」

 部長がニコニコと身をよじらせる。

「晧乃宮くんこそ、体を伸ばした長さは同じくらいだろう?」

 五十嵐先輩もたのしそうだ。

「そうそう、僕の長さも250㎝くらいだからおそろいだね」

「それで、お悩みとは……?」

 仲が良さそうな部長と五十嵐先輩には悪いが、話を進めさせてもらう。

「ああ、悩み事というか、困りごとなのだが……この数年、人に付きまとわれて困っておる」

「付きまといか……」

 部長が呟く。

「いやなに、追い払ってもいいんだが、私はこの図体だからケガをさせてしまいそうでな。何度か説得したんだが、話がかみ合わないというか、向こうが何を考えているかわからなくてな」

 五十嵐先輩も本当に困っているのだろう、長い手腕でポリポリとこめかみを搔いている。

「ストーカーなんかねぇ?」

「されてることは、付きまといだけなんですか?」

 亞殿先輩が呟き、赤延先輩が質問する。

「下駄箱に手紙なんかも入ってたことはある。文字が小さくて読めなかったが」

「どういう内容だったんでしょうね」

「「~するべき」とか「したほうがいい」とか書いてたのはなんとか読めた」

「んん? まさか脅し?」

「ストーカーも、恋愛と怨恨の二種が大きくわけておるけど、こいつは怨恨か?」

「しかも数年とか期間が長い。相当根が深そうだわ」

 先輩たちもうなりを上げてしまう。

 付きまといに手紙は確かにストーカーの手口ではある。

「あと、スマホ? の電話番号をどう知ったのか掛けてくることが多くてな。スマホも疎いので放置しておる」

 あー、ストーカーですね。これは。

「着信拒否しないと。俺がやりましょうか?」

「うむ。頼む」

 俺が五十嵐先輩からスマホを預かり、ホーム画面をみると同じ着信が9999件とカンストしていた。

「うわぁ! これやばいストーカーだ!!」

 思わずスマホを放り投げたくなるほどゾッとした。サムイボがスタンディングオベーションだ。

 その叫びに他の先輩たちが見に来て「あー……」と声をあげていくのだった。

 しかも

 ヴ、ヴー!

 と着信数とメールが着実に増えている。

「着拒しましょう!」

 初めてのストーカー事案に怖いながら着拒の手順を踏んでいく。

 本当にスマホになれてないのか、五十嵐先輩は俺の手順を見て「ほー」と声を上げている。いやこれあなたのスマホですから。

 ちょっと五十嵐先輩ものんびり屋さんなのかもしれない。

 だからストーカーに付け込まれてしまったのか。

「でもストーカーとは大変だね。君の彼氏も心配しているのを聞くよ」

 部長がしみじみと頷いた。


「は? 私には彼氏はおらんが?」


「えっ⁉」

 部長と五十嵐先輩にすれ違いが発生する。

 おやおや?



「珠子ぉ――――――――――――!!」

 ガラガラピシャン! と勢いよく部室のドアが開かれる。

 そこにいるのはすらりとした人間の男子生徒だった。

「大丈夫か! 珠子!」

「大丈夫だ」

「心配したんだぞ! 何かあったんじゃないかって」

「心配させたのはすまない」

「いいんだ。君が無事ならそれで良い」

「そうか」

「だけど連絡も無いから不安になって飛んできた!」

「そう慌てずともいいだろうに」

「そんな訳いくか! 珠子になにかあったらどうするんだ!」

「私は弱くない。大丈夫だと言ってるだろう」

「そんなこと言って、機械の扱いは全くダメなくせに」

「それは、そうだが……」

 

「で、そんな君がなんでスマホの着拒できたんだい?」


 その一言でヒヤッとした空気が流れる。

「ほ、ほら、その人が彼氏だろう?」

 部長が言う。何かを願うかのように。


「いや、こいつが付きまといじゃ」


 悪夢のような言葉に、その彼氏まがいは、にっこりと笑った。

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