第13話・わたくしの想い

「ああ、それは用務員さんだね。外の灯りを生み出してくれてるんだ」

 昨日見た人あらざる者の話をすると、部長はそうするっと答えてくれた。

「でも何の種族なんでしょう? みたことない感じでしたけど」

 小さい頃、朝の番組で赤いもじゃもじゃを見た気がするが、俺が昨日見たのは茶色だった。

「種族は未詳みしょうとされているんだよ」

「未詳……ですか」

 俺が言うと部長がうんと小さく頷いた。

「現代でも、分類できない人あらざる者も多いし、人や人あらざる者同士の混血も進んでいるからね。家系が分かる人もいるし、分からない人もいる。そんな人たちの種族名は未詳とされるんだ」

 混血も進むとそういう話が出てくるのか。勉強になる。

「それに、未詳が悪いわけではないのに、種族名がハッキリしている者たちが未詳の人たちを差別することがある。これは本当に愚かだね。区別はしても何であっても差別はよくない」

 そういう部長の目はとても真摯で、こういうのもおかしいかもしれないが、美しいなと思った。


「こんちわー」

 部室に亞殿先輩が挨拶して入ってくる。

 各々挨拶をするが、今日はそれだけでは済まなかった。

「お客さんやでー」

 亞殿先輩の後ろに人がいたのだ。

「失礼しますわ」

 キリリとした声と共にその人が姿を見せる。

 金の長い髪を強く巻いた姿、その綺麗な顔も眉に角度がついて強気な面差しだ。

 それは凛々しいお嬢様というものを体現するような姿だった。

「わたくし、2年生の白鷺しらさぎかおると申します。人間族です」

 いって、ドレスを着ているかのようにスカートの裾をつかみ礼をする。

「折り入ってこちらに相談がありまして、参った次第ですわ」

 突然のお嬢様の登場に部員たちが動きを止めるなか、白鷺先輩はつかつかと堂々たる姿勢で部室に入ってくる。

 その堂々たる姿に圧倒されてしまう。

「さぁ、どうぞ白鷺君。だれか椅子を」

 こんな中でも部長は冷静に対応していた。

「あ、はい」

 俺があわてて椅子を用意すると、白鷺先輩の鋭い眼光がこちらに向いた。

 何か失態があっただろうかとドキドキしてしまう。

「ありがとう」

 一言礼をしてくれただけだったが、威圧感が半端ない。

 本場のお嬢様とはこんなプレッシャーを生むのかと思い知らされる。

「では、聞こうか。白鷺君の悩みとやらを」

 部長の一言で部室の緊張感が高まった。

「その……」

 白鷺先輩が一言いい、

「あの、ですわね……」

 言葉が進むごとに、まっすぐだった背が曲がり、どんどん猫背になっていく。

「れ、恋愛の相談、なのですけれど」

 顔は赤くふにゃふにゃになっていく。

「他言無用でお願いしたいのですけど」

 言うのも恥ずかしそうにする姿は、先ほどのお嬢様とギャップを感じて素直に可愛いと思った。

「その、好きな人がおりまして……」

 赤くなった顔を手で覆いながら、もじもじしている。

「それが、わたくしの執事でして……」

 ここまでくると言うのも恥ずかしいと身をよじっている。

「執事を懸想けそうとはちょっと問題ですね……」

 部長が言うと

「え、執事って駄目なんですか?」

 赤延先輩があっけらかんと言う。

「執事が雇われている屋敷の家族に懸想、恋愛感情を持つのは御法度だし、信用を損なう。そして「主人に手を出した執事」として執事界隈のブラックリストに載って、永久追放されるようなことなんだ。だから主人から手を出したとしても執事が罰せられてしまう」

『へぇー』

 思わず他の部員が声を上げた。

「まぁ、ひと昔前の話ではあるけどね」

「今はだいぶ緩和されていると聞きます」

 白鷺先輩はそういうと

 バン!

 と机を叩いた。

「で! も! わたくしの執事は、それに加えて『獣人族』で『女』なのです……」

 言うと理解しきれない部員を除いて部長がアチャーと天を仰いだ。

「執事を雇う身分の間では種族が違うこともタブーだし、性別が同じなのもタブーとされているから、これはスリーアウトだねぇ」

 おもむろに白鷺先輩はハンカチをだして、噛んで引っ張る。

「ほんとムキー! なのですわ! この恋路を諦める気はありませんの! 何かいいアドバイスをお願いしますわ!」

 とは言われても、専門外の領域の話なのでなかなかいい案はでない。

「まぁ、うちも龍族と別の種族の、種族違いで結婚した家だけど、これは父が無理やり通したらしくてね……」

 思いふけるような部長の呟きに、いまだにそういうお家の都合というものがあるんだなぁと考えさせられる。

 現代においてお金持ちと貧乏な人が結婚しても、すごいなとしか思わない環境が恵まれているのかもしえれないが、そんな立場の外だから言えることなのかもしれない。

 部長が言っていた、区別や差別は今もなお世界に充満しているのだ。


 結局のところ、いい解決方は出なかった。

 せめて相手の意見も欲しいところだったが、それをすると白鷺先輩の気持ちがバレて、執事を辞めてしまうことにもなりかねなかった。

 ということで、白鷺先輩は今日のところは諦めて帰っていった。

 その背中が小さく感じて、申し訳ない気持ちになった。


 そして次の日、

「失礼する」

 そう凛とした声が部室に響いた。

 ドアには背の高い犬、ドーベルマンの獣人が立っていた。

「ここは恋愛の悩みを相談する場と聞いて来たが、相違ないか?」

 そう硬く質問してくる獣人の男子制服で、ブレザーの紋章は緑。2年生のようだった。

「えぇ、相談に乗りますよ。あなたは……」

「2年生のリシェル・シュヴァイゲン。見ての通り獣人族だ。……それと、こう見えて女だ」

「えっ」

 ちゃんと声を聞いてみると確かに男性にしては声が高い気がした。それでも凛々しい様子からして女性には見えにくかった。

「そしてとある屋敷で執事をしている」

 ここまでくるとふと気づくものがある。獣人、女性、執事。これはまさか。

「そ、そのお悩みとは?」

 部長も気づいてるようだった。そして他の3人も目で合図して意見をまとめた。

「私は、その、主人であるお嬢様をお慕いしていて……」

 あー、これ完全にややこしいやつ!

 多分、部室の全員の心が一致した。

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