第8話・蛇に睨まれた蛙

「というわけで、ゾンビ先輩こと、屍蝋しろう政信まさのぶ先輩を追いかけていた、人間の和久津わくつ明日香あすかでーっす♡」

 その怪奇現象みたいな登場をした人は軽い口調で言う。

 一同はとりあえず着座して落ち着こうと椅子に座っている。

「アド先輩よりチャラい人初めて見た……」

 と言ったのは赤延先輩。

「おぉい! ノベちゃん!」

 突っ込みはするものの、否定しないあたりチャラい自覚はあるらしい。

 とは言っても、和久津先輩の見た目は、黒髪の目隠れですごく陰キャのような出で立ちである。ただ口調がギャルっぽいというかなんというか。

 そして、説明されたけれど屍蝋先輩は亞殿先輩の後ろに身を隠していた。怖々と和久津先輩の事を見てる。

 そっと覗こうとしてる屍蝋先輩に、手を振って応える和久津先輩。そしてまた引っ込む屍蝋先輩。なかよしか。

「そ、それで、なんで屍蝋君は、和久津君から逃げてるんだい?」

 心なしか先ほどの悲鳴から動揺がみえる晧乃宮部長が言う。

 ビクリと反応するのは屍蝋先輩。

「こ、この和久津くん、僕の事をストーカーするんです……」

 本当に? の意味を込めて全員が和久津先輩に視線を向けると、本人はイエーイとピースしている。先ほどの流れを見ても、多分本当だろう。

「で、和久津君はどうして屍蝋君をストーカーしているんだい?」

 部長の言葉に待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。

 「それはぁ、屍蝋先輩がめちゃくちゃ好きだからです! なんなら付き合ってほしい!」

 さも当たり前のように言えるのは、なんかすごい度胸だなと思う。

「でもそれ、断ったよねぇ! それで3年経ったから諦めたと思ったのに!」

 悲鳴のような屍蝋先輩の言葉に、普通なら打ちのめされそうなものだが、和久津先輩は元気いっぱいだ。

「オレは諦めませんよ! その3年でエンバーミングだって勉強してきたんですから!」

 エンバーミング? とハテナを飛ばす俺たちに、部長はふむと声を上げる。

遺体衛生保全エンバーミング、遺体の衛生と保全を目的とした技術だったね。そういえば、3年前に隣国にそれを習いに留学した子がいたはずだけど、それ君かい?」

 部長に言われて、また元気にハイ! と手を上げる和久津先輩。

 3年前? いま和久津先輩は2年生で、屍蝋先輩は……?

「そうそれオレです! 愛する屍蝋先輩のために3年間勉強してきました! 今月帰ってきたんでーす!」

 楽しそうでなによりではあるが、俺は学年の事が気になって頭に入ってこない。

 なので、隣にいる赤延先輩に聞いてみる。

「赤延先輩、和久津先輩はいま2年生ですよね? なら留学は3年前の中学の頃に行ったってことですかね?」

 すると赤延先輩はあぁ、と声を小さくあげた。

「んとそれはね、元々この学校、3年生は何年でも居てもいいことになってるのよね。人あらざる者は特にね。だから和久津君が2年生で留学したとき、屍蝋先輩は3年生で、それから隣国に留学から帰ってきて3年が経って、屍蝋先輩は3年生のままで、和久津君は2年生に編入した、多分20歳くらいだと思うわ。あ、ある意味、私にとっては和久津先輩、か」

 そのひそひそ話に和久津先輩も聞いていたのか、会話の標的が俺になる。

「君は1年生か! 知らなくて当然だね。ちなみに言うと、君のブレザーの百合の紋章にある、青い刺繍は1年生の色で、2年生は緑、3年生は赤になっている! 僕のはほら、緑! 呼び方は君でも先輩でもお好きなように!」

 ミニ知識を教えてくれる辺りいい人だな、と簡単に信用してしまう俺。

「なので、エンバーミングを覚えたオレは、3年前のただストーカーをしているだけの和久津明日香ではないのです! ちなみに10月に20歳になります!」

 片手を腰に片手をピースしてる姿はいっそ清々しい。

「なので、屍蝋先輩! エンバーミングさせてください!」

「面と向かって言われたの初めてだよ。いつも変なストーカーしてくるから逃げてたけど……」

「初めてでしたっけ? いつも追いかけるの楽しくて……」

 いつも反射で逃げてたんだろうな。そして反射で追いかけてたんだろうな。

 なにかネズミとネコのカートゥーンを思い出す。

「ちゃんと話すきっかけに我が部が使われてなによりだよ」

 部長がやんわりと微笑んだ気がした。

「でも、そもそも君達は会話が少ない気がするから、今日はそこらへんを整理した方がいいんじゃないかな」

 言って、部長が屍蝋先輩と和久津先輩の椅子をちょっと前に出す。

「た、確かに……」

 と戸惑いながらも応じる屍蝋先輩。

「良いと思いまーす!」

 ここにきても元気いっぱいな和久津先輩である。


「そ、そもそも、なんで君は僕を好きっていうんだい? 僕はゾンビだよ?」

「なんで好きってそうですね、とりあえず、顔が好みですね。それに思慮深いところとか、小動物に優しいところとか、ゾンビとしての経年劣化に耐えようとしているところとか、それでもたまに挫けそうになって泣きそうになってるところとか、周りにはそれを見せないようにしてるところとか、小さなことから言うなら靴を左からはくところとか、驚くと一度跳ねてから硬直するところとか、授業中時折窓を見てため息をつくところとか……」

「なんでそんなに僕の事知ってるの!? 逆に怖い!? 愛が重い!」

 そんな恐怖する屍蝋先輩に赤延先輩が、

「そういう好きな人の細かいことって気になるわよねぇ」

 なんてうっとりとしている。ひぇっ、そういうものなんですかわかりません。

「まぁ、なんといってもオレ、死体愛好家ネクロフィリアなんで、ゾンビの屍蝋先輩を好きになるのが当たりまえというか」

「ここに来て、低音ボイスでゆっくり喋るところがガチっぽいから怖い!」

「いえ、ガチなんで」

「目隠れなのに鋭い眼光を感じる!!」

 

 ヘビに睨まれたカエル。ネクロフィリアに睨まれたゾンビに先はあるのか。

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