第7話・日常と非日常

 尾野崎先輩と夢原先輩は迷惑かけたと謝ってくれて、そして世話になったとお礼をしてくれた。

 そこでいい時間にもなったということで今日は解散になった。

 俺は少しは役に立てたかと気分よく、購買部で紙パック型の輸血パックをもらい、寮の自室に戻っていった。

 カーテンを開けたままの窓は漆黒より白んできて、あと数時間で夜明けが迫ってきていることを知らせている。

 日光の恐ろしさはまだ味わったことはないが、味わいたいわけでもないので遮光性の高いカーテンをしっかり閉める。

 輸血パックを飲みながら、今日も俺を噛んだ子の事を思う。やっぱり見つけるのは大変なのだろう。

 スマホを見ると、両親からのメッセージが届いていたので、元気にやっていると返信する。

 噛んだ子は暴行吸血罪というものに問われるため、何か分かれば警察から両親に連絡がいくようになっている。だが今日もその手のメッセージが何もないということは、大きな進展はないのだろう。

 寂しいような、良かったような複雑な気持ちになる。

 正直、ハーフブラッドになったのはビックリしたし、制限されるものも多いが、その反面で得るものも多い。感覚過敏や体力増強などもあるが、やっぱりこの高校に入れたという嬉しさもある。

 彼女を罪に問うよりも感謝を伝えたい気持ちが今は強い。

 まだこの先どうなっていくかわからないが。

 それでも彼女に一度は会って、どうして噛んだのかとは聞きたい。衝動的なモノかもしれないが。

 明日の用意をして、パジャマに着替えベッドに入る。

 本当は二人部屋なのだが、同じ一年生がいないため俺一人で部屋を使わせてもらっている。

 洗濯物も固定の置き場においておけば、ホテルのように洗っておいてくれる。さながらセレブリティである。ありがたい。

 色々なことを考えながら目を閉じると、ゆるやかに睡眠がにじり寄ってくる。

 すべてを放りだしてしまえば、すぐに夢の中だ。


 何かを追いかける。追いかけるが、届かない。その時だけ俺はただの人間だった。


 ジリリリリン!

「ふがっ」

 スマホのアラームが鳴って、寝ぼけながら目が覚める。

 アラームをオフにして、ゆっくりと起床した。

 おそるおそるカーテンを開けると、そこは赤と青のグラデーションの夕闇で安心する。星々がきれいに瞬いている。

 顔を洗って、歯を磨いて、人間の頃と変わらないルーティンだ。

 朝食は取らない。お腹も減っていないし。やはりここらへんは人間の枠から外れたのかと実感するところだ。

 やはり食事は部活後の輸血パック(二百㎖)で大丈夫らしい。

 洗濯が済んだシャツと、スラックスを履いて、制服のブレザーに着替えて、登校の準備はばっちりだ。


「おはようございます、八木沢先生」

「はい、おはようございます、多田野君」

 挨拶が「こんばんは」じゃないかと言われそうだが、俺の感覚としては起きてからの時間が経ってないからというのがある。八木沢先生も同じように言ってくれる。

 授業内容も人間のそれと変わらない。

 ただ、俺一人に対して先生一人なのでマンツーマンな授業となるのが、すこし心苦しいが、やっていくうちにそれも気にならなくなる。逆に質問しやすかったりするので、ありがたくもある。逆にサボるのはどうあがいても無理になるだろう。

 それに先生たちも人外であったり、人間だったりとまちまちなのが面白い。私学だからこその人材登用なのだろう。


 あっという間に授業も終わり、放課後になる。

 授業道具をまとめて鞄に入れて、部活にいく。

 そう、楽しみな部活の時間だ。

 先日は迷っていたが、段々とこいあい倶楽部への道も覚えていた。

 そうそこの角を曲がって。


 ドン!


 既視感を覚えながら何かとぶつかって相手が尻もちをつく。

「うわぁ!」

 その人は男性の制服を着た……なんだ?あちこちがズタボロで、目が片方ブラブラしていて、肌もズタズタで、すっぱい匂いが……

「ご、ごめん! 慌てて!」

 活舌悪く言う口元は歯茎がむき出し。これってもしかして、

「ゾンビさんですか?」

「そ、そう、僕はゾンビ。君は人間……じゃなくてハーフブラッドかな」

 尻もちをついた彼をとりあえず、手助けして立たせてあげた。

「ここらへんをうろつくって事は、『こいあい俱楽部』をご所望ですか?」

「いや、ただ逃げてただけなんだけど、そういえば、困りごとを解決してくれる部活があるって聞いた覚えが……」

「うちの部活、ただの困りごとっていうと、ちょっと語弊がありますけど。逃げてたって、何から逃げてたんです?」

「それはね……」

 ガタン!と背後で物音がする。

 そちらを振り返ると、床を這いつくばる何かがこちらを見ていた。

「せぇんぱぁい……みぃつけたぁ」

 黒い髪がばさばさになった、明らかに怨霊かクリーチャーにしか見えなかった。

『きゃーーーーーー!!』

 思わず二人で甲高い声を上げてしまった。

 ゾンビの先輩と急いで廊下を走り、こいあい俱楽部に滑り込む。先生にでも見られたら何個かおこられそうである。

 ピシャン!

 とドアを閉めると、先に部室にいた先輩たちが驚いて静止していた。

「なんや? 今の声。多田野君と誰かさんの声?」

 亞殿先輩が声をかけてくれるのに、コクコクと壊れたように首を振り続ける俺とゾンビ先輩。

「ちょ、ちょっと落ち着いて……」

 赤延先輩がこっちへ寄ってくるが、

 ビタン!

 ドアの窓に人影が張り付く。

「ここぉ、あけてぇ……」

 低い声に部室の一同がひきつけを起こした。

「いやぁーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 一番可愛い悲鳴を上げたのは部長だった。

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