第6話・友情か恋か

 尾野崎先輩は観念したように身体をこちらに向けた。

「そうだよ。今日は無理してスタミナ玉子焼きを全部食べたし、ネギにニラにニンニクが毒になるのも知ってた」

「どうして!? 分かってたのに一人でそんなに?」

 夢原先輩が悲鳴のような声をあげるが、尾野崎先輩は顔をよそに向けてしまう。

「そ、それは……っ」

 そっぽを向いたままチラリと夢原先輩をみる。

「……前にも作って来た時、文句言ってるやつらいたのを聞いたんだよ。味付けがどうの、形がどうのって。しおりはあれが初めての料理だったんだろ? 今みたく手にたくさん絆創膏つけてさ」

 そう言われて夢原先輩の手を見てみると絆創膏があちこちに貼られていた。

 それを恥ずかしそうに隠す夢原先輩。

「し、仕方ないよ、初めてだから味も形もうまくできなかったし……」

 もじもじという先輩だったが、その顔は少し物悲しい。

「そういう顔をさせたくなかった!」

 尾野崎先輩が強く言うので、夢原先輩も俺らもビクリと反応してしまう。

「……大声だして悪い。だから、嫌だったから、今日は他の奴に食べさせたくなくて一人でかっこんだ。ハンバーグは無理だったけど……」

 顔だけそっぽに向けてしまう。

 そうして部室に沈黙が落ちた。

 だが、その尾野崎先輩の胸に夢原先輩はポンと拳を当てた。

「ありがとうと、ごめんね」

 ふと微笑む尾野崎先輩。

「いや、味はうまかったよお前の料理」

 言えばアハハと冷や汗を流す夢原先輩。

「今度からは毒にならない料理にするね……」

「頼むぞ」

「うん」

 尾野崎先輩がグーを出し、夢原先輩がグータッチをする。

 

 これで終わると思いきや。

「でも健くん、なんでそんなに私を気にかけてくれるの?」

 夢原先輩が爆弾を投下した。

 え? 今までの流れで恋も愛も始まってない感じ?

 お互い名前呼びしてましたよね?

 っていうか、今聞く!?

 心の中で叫びながら、尾野崎先輩を見ると、彼も複雑そうな顔をしていた。

「お前のことが特別だからだ……」

 おっと遠回しではあるけどこれはこれで、告白ととってもいいのではないか!?

 これに対して夢原先輩は、

「前も言ってたけど、特別ってよく分からないんだけど……」

 わからないかー! しかも前も言ってたかー!

 この流れでのこの回答は本格的なニブさをもっているらしかった。

 チラリと赤延先輩にも視線を送ると、糸目をチラリと夢原先輩に向けて、両肩を浮かせていた。そういうことらしい。

 そして尾野崎先輩もこちらに鋭い眼光を向けていた。

 その顔にはしっかりと

『助けてくれ。むしろそういう困りごとを助ける部活なんだろ!!』

 と書いてあった。

 そういうことを言われましてもー。

 その場にいる部員で目を合わせるが、どうしたものかと困り顔だ。

 しかしそこは部長、一番手を選んでいった。

「その、外野からでもうしわけないけど、尾野崎君は異性として君の事が特別なんじゃないかな?」

 尾野崎先輩の言葉も否定せず、フォローが優しい! さすが部長だ!

 尾野崎先輩もコクコクと頷いている。

 その彼とこちらをみて、夢原先輩はハテナ顔から、何か気づいた顔に変わる。

 よし、効いたか!?

「それって、女としての特別な友達!?」

 ちがーう!!

 おそらく夢原先輩以外は全員同じことを考えただろう。

 近くなったとはいえ、まだかなり遠いものを感じる。

 これは道のりが長そうだ。

 諦めかけた時、亞殿先輩が前に出る。

「いってくるで」

 小さな声で言い、俺の肩を叩いていった。

 正直カッコイイと思った。でも先輩、

「だからね、尾野崎は君の事が女性としても特別なんやって!」

 と言い切る。

 が、

「えー、そんなことないですよー!」

「ぐはぁ!」

 何を根拠に言うのか、ニブい人のその一言は強い。

 この一撃は強く、亞殿先輩が床に倒れた。

 先輩、あの流れは負けフラグでした……

 これは埒が明かない。

 さらなる上は、俺が行くしかない!

 心配そうにこちらを見る赤延先輩に、笑顔を送って俺が前に出る。

「そんなことありますよ! 尾野崎先輩は夢原先輩の事を!」

 今思うと告白とかって初めての経験じゃなかろうか。人の代わりだとしても。

「す、す、す、好きなんですよ!」

 言い切った!

 言い切って夢原先輩の方をみると、彼女はポカーンとしていた。なんなら口も開いていた。

「……」

 開いていた口が閉じ、呆然とした顔がこちらをむく。

「すき?」

 その二言が何を意味するのかわからないような呟きだった。

「すきって?」

 もう一度聞いてくる彼女に誰も答えられない。尾野崎先輩も。

「すきって好き?」

 どうやら言葉が意味を持ったようだった。

 彼女の顔が薄ピンクから真っ赤になっていく。

 これは効果ありか!

 正直、俺にもダメージがくるけれども!

 顔が熱くなる俺の肩をポンと尾野崎先輩が叩いてくれた。

「ありがとう」

 その視線だけでそう言っているように感じた。

「そう、俺はお前が好きだ」

 尾野崎先輩がとどめの一言をいうと、夢原先輩はもう茹ってしまうかというほど真っ赤になっていた。

「へ? 健くんが、私の事を? ……嘘だよね?」

「嘘じゃない。本当にお前の事が好きだ。付き合ってくれ」

 尾野崎先輩が手を伸ばそうとするが、夢原先輩は制止するように手を伸ばす。

「つ、付き合うって、私、健くんに倒れるような料理作ったんだよ?」

「今日ほど無理しなければ、ネギもニラもニンニクも平気だ」

「美味しい美味しい言ってくれるの嬉しかったけど……」

「本当に美味しかったんだ。また作ってくれ」

 尾野崎先輩がそっと夢原先輩を引き寄せて抱きしめる。

「好きだ。付き合ってくれ。ダメか?」

 夢原先輩はまた呆然として、顔を赤くして尾野崎先輩を見た。

「ダメとか、ダメじゃないとか、いまわからないんだけど、その……」

 彼女は赤い顔のままうつむいてしまう。

「イヤじゃ、ないです……」


 こうしてこいあい俱楽部入部一日目にしてカップル成立を目の当たりにすることができた。

 ちょっと情緒が壊れて感動で泣きそうになってる自分がいる。

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