第3話・こいあい俱楽部
「こいあい……倶楽部?」
声に出してみると、その不思議な倶楽部が際立つ気がした。
恋に愛なら
それに一見して何をする部なのか明確じゃない。野球部、サッカー部、漫画研究部などは、野球をする部活、サッカーをする部活、漫画を研究する部活など、分かりやすいのに。
などと考えを巡らせていると、中から話し声がきこえる。この話し声はかすかで人間であれば聞こえない程度なのだが、ハーフブラッドになって聴覚が増した俺には聞こえていた。
「……さんの話とか」
「あの二人も気になるよね」
などと楽し気な男女の声が聞こえる。
そして、
「ほら、話していたら新しい学友がきてくれたよ」
その声は鮮烈に優しく鼓膜に響いた。例えるなら春の心地の良い風のように耳に届く。声の高めの青年のような、声の低めの女性のような、不思議に聞こえる声だった。
どんな人の声なんだ!? ……いや、人?
良い意味での声の異質さに戸惑っていると、
ガラリ。
その部屋の引き戸が開けられた。
「いらっしゃい。新入生君」
その姿は人ならざる者、青や緑が透き通るように混ざり合うエメラルドグリーンの龍の姿だった。
「あれ? 大丈夫かい? 多田野くん?」
見惚れてぼうっとしていたところに声をかけられて我に返る。
「え、あ、俺の名前知ってるんですか?」
その龍……の人は双眸を細め、微笑んでいるようだった。
「僕の仕事上、ちょっとね……それに君には注目のマトさ。さぁ、良かったら入っておいで」
そう言いながら部屋に招き入れてくれる。
こんな好意的に誘われてしまっては、断るのは失礼だろう。
部屋に入ると、やはり使われていない教室を使っているようで、1クラス分の広々としたスペースを三人で、机と椅子を並べて使っているようだった。
「僕は3年でこの部の部長をしている。
体長としては人間より少し長いくらいで、胴の長い和風な龍の姿をしていた。
「そして、尻尾で失礼、こっちが」
尻尾で男性の方を指す。
「こちらが同じく3年の
「噂の多田野君かぁ、よろしゅう」
言いながら握手をしてもらう。見た目だけなら茶髪のちょっと軽そうな青年にみえるのだが、その額からは一本の白い角が長く生えていた。
「種族はユニコーンさせてもらってますぅ」
関西弁はどこかうさん臭さを感じさせるが、気にしないでおく。
「そして、こちらが2年の
同じように尻尾で糸目の女性の方を指す。
「多田野君、よろしくね」
手をおずおずと出して、握手しようと思っていたら、長い黒髪が一束フワフワと浮いて手の形を取って俺の手と握手してくれた。
「種族は
「あー、知ってます! よくおにぎりとか後ろの口に運んでる絵が有名な妖怪ですよね」
「そう、多田野君は博識ね」
そういって彼女は後ろを向いて、パカッと後頭部に開く大きな口を見せてくれる。
「このノベちゃんね。人見知りで今はスンとしとるけど、食う時は阿修羅のごとくめっちゃ食べるから、多田野君も食べられないようになー。色んな意味で!」
「食べません! アド先輩なんて食も恋愛も偏食しすぎて水しか愛せないとか言ってたくせに!」
「それ今言うぅ⁉」
「べーっ、だ!」
「こらこら、ヤンチャしすぎないように」
晧乃宮先輩がいなすと二人ともシュンとする。
「これでもみんな仲良くてね。仲良すぎてたまに暴走してしまうけど」
そう言われて笑ってしまった。
俺の様子に三人はきょとんとしてから笑い出す。
朗らかそうな倶楽部でとても面白い。
「あ、言い忘れてました、俺は多田野一士、種族は人間だったんですけど、吸血鬼に吸われてハーフブラッドってやつになってるらしいです! よろしくお願いします!」
『こちらこそ』
綺麗に声がそろって返してくれた。
「それで、こいあい倶楽部って何をする部活なんですか?」
言うと三人の先輩の目が俺に集中する。
「ふふ。初見じゃわからないよね。僕が説明しよう」
晧乃宮先輩が浮いた身体をクルリとしならせて机と机の上に乗った。
「君も椅子にどうぞ」
亞殿先輩が椅子を持ってきてくれるのにお礼をして、椅子に座る。そして二人の先輩も椅子に座った。
「この高校は人ならざる者と人が共存している学園だろう?」
「はい、そう聞いてます」
「だからね、人ならざる者と人間が仲良くなって、恋愛に発展することも多い。
その中でやっぱり種族が違うと些細なことでケンカしてしまう事も多いんだ。
僕らはその手助けをしたり、相談に乗ったり、部員で話し合ったり、異種族の恋愛に対して前向きに接することが、この部活の活動かな。もちろん人同士や人ならざる者同士のトラブルにも対応するし、恋愛が含まれなくてもそれはちゃんと対応する。
まぁ、そこまで活発な活動はあまりしていないけれどね」
「では、部の名前は……」
「いやぁ、名付けたのは僕なのだけれどね、恋愛倶楽部では、すこし身構えてしまうかなと思って。
それより息を抜いた感じの活動をしたかったんだ。だから『こいあい倶楽部』と名付けたんだけど、やっぱりおかしいかな……」
「そんなことないです! 部の柔らかさみたいな意志を感じます!」
言うと晧乃宮先輩はふわりとうねって言った。
「ありがとう」
「で、どうして君は、入学当日にうちの部の入り口に?」
晧乃宮先輩に言われて改めて、自分が迷子ということを思い出した。
そこで忘れていた購買部への行き方を教わる。
「部活はできればウチに入ってほしいけど、君は君の好きなところを選ぶと良いと思うよ」
そう送り出してもらったが、正直なところ心は決まっていた。
この『こいあい倶楽部』に入りたいと。
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