第2話・来之花学園

 家に帰った後は今後の生活の変化に追われててんやわんやだった。

 心配して病院に来てくれた両親も冊子をもらって読んでいたものの、家族の一人が吸血鬼になったというのはとてもややこしいことだった。

 第一に食生活が大きく変わる。一日200ml程度の血液で、一日分全ての栄養をまかなえるが、他の食事……経口摂取は特に必要なくなる。そしてニンニクが嗅覚異常を起こす毒物になる。その日の夕食はちょうど餃子で食べ終えていたため、家に帰った俺は自分の口臭と部屋の臭いとで、必死に口臭ケアとファ○リーズ片手に戦っていた。

 そして銀も触れなくなっていて、触るとアレルギー性皮膚炎が起こるらしい。さらに銀の十字架はかなりアレルギーを激しく発症するらしい。冊子に気を付けるようにと書いてあった。

 聖水もアレルギーに近い作用があるらしいが、持っていないので問題ない。

 あと大事なのは太陽光が苦手というやつだ。

 苦手ではあるけれど、我慢すれば活動することもできるらしい。ここらへんは吸血鬼の逸話とは違っている。でも無理をすると死んでしまう事にも繋がるので、無理はしないようにと書かれている。

 あと杭で心臓を打たれれば死んでしまうのは人間も同じである。

 川が苦手、塩が苦手などは迷信であると冊子には書かれていた。

 鏡に映らないというのは本当らしい。カメラに映る場合は特殊なものを使ってね。と冊子には可愛らしく書いてあった。

 こう見ると人間(家族)との共存はできそうにも思えるが、生活時間が俺の場合はまるっと夜生活になるらしいので別に暮らした方が家族にも迷惑が掛からないとのことだった。


 医師の説明にあった『私立・来之花学園』には寮があるというので、そちらで生活しようと思う。

 来之花学園は人ならざる者が通う高校で、とはいえ定時制のように人間もちらほら通っているらしい。

 私立となると学費の面が心配だったが、そこまでお高い学費やもろもろでなくて両親たちが安心していた。行くはずになってた高校へのキャンセルもうまくできたらしい。

 

 来之花学園のパンフレットももらったが、人間の高校とはちょっとちがって、生徒が人ならざる者で多種多様なら、それぞれの特徴を生かそうというのびやかな校風らしい。

 購買や寮の洗濯などもホテルのようなサービス付きとあっては、不安だった入学(転入)が楽しみになってくる。

 そんな単純な自分にオイオイと突っ込みをいれたくなったが、世が世ならハーフブラッドになり、夜の世界を彷徨うはずだった俺が、ちょっとしたVIP待遇が受けられるかもしれないという期待に胸膨らませるのも仕方ないと言えよう。

 

 そして入学。

 今年の新入生は俺だけらしかった。派手派手しい入学ではなく、教室で細々と行われた。

 黒板前に担任の教師。見た目は人間だが、頭がでっかいヤギで、八木沢先生というらしい。

 黒板にはデカデカと入学式おめでとうと書いてあった。ほかの年代の先輩たちが書いてくれたらしい。

 そして俺が座る背後にはロッカーが並び、今は両親がきてくれていた。

 新しいブレザーには校章に百合の花に青い雫があしらわれていた。

「というわけで、細かい説明は明日からやっていきましょう」

 八木沢先生がニコリと微笑む。

「はい」

 夜間に明かりのついた教室で生活するのはなにかドキドキするが、そのうちこれが日常になるんだろう。

「今日はまず、入学おめでとうございます」

 八木沢先生に握手を求められ、

「ありがとうございます」

 と受け止めると、背後からウッウッと両親がかすかに泣くのが分かった。普段なら聞こえないくらいだったが、そこは吸血鬼化したからか聞き取ることができた。

「そうそう、多田野くん、部活はもう好きなところがあれば入部できるからね」

「まだどういうのがあるのか把握してなくて……」

「みんな人にもハーフブラッドにも優しいから部活は入ってみるといいよ」

「はい!」

 こうして新しい学校生活が始まったのだった。



 とはいえ、すぐに迷子になるのだが。

 入学式の後は放課後ということで、もう深夜にも近いので両親を帰し、俺は俺で校内の散策に出た。

 難しい造りではなかったはずだが、まだ感覚が微妙に狂ってることもあってか、簡単に迷子になってしまった。

 お腹も空いたのでそろそろ購買で食べ物……いや、輸血パックでも欲しい。

 ハーフブラッドの冊子で、驚いたことに輸血パックは購買部でもらえるらしい。しかもタダで。致せり尽くせりである。

 その購買をもとめてふらついていたのだが、一向に購買は見えない。

 そんなときに、ブレザーのポケットがブブブと震えた気がした。

「ん?」

 ポケットから出してみると、それは倒れた時に握っていたという鱗だった。

 大きさから言って、普通の爬虫類とか魚じゃない。きっと人ならざる者の鱗だ。でもそれは持っているとなぜか安心するような気がした。いや、吸血鬼化した感性から言って安心すると断言していい。

「これ、もしかして」

 右を向くと振動が静かに、左を向くと振動が大きくなる。

 左に進むと振動がより大きくなっていく。

 何かを、指し示している?

 鱗の振動に合わせてしばらく歩くと、クラスの表示のところに垂れ幕があった。

 そこには、『こいあい倶楽部』と書かれていた。

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