第二話 帝国標準銀行の仕事(後編)
1
少女は下水道を敏捷に駆け抜ける。
汚い水溜まりを次々と飛び越え、慣れた様子で角を曲がる。
周囲に魔力の波動を感じた。それが彼女の周りに伝わってきた時、魔力は瞬時に消えた。
ほっと一息つき、彼女が顔を覗かせると、オレンジ色の長髪の少女が何かを探している……。
……
朝、ディアナはベッドから起き上がった。
朝食の準備が必要ないので、エラはまだ傍でぐっすり眠っている。
机の前に歩み寄ると、そこには妙な装置と、それに添えられた一枚のメモがあった。
《ディアナ様へ
これは翡翠庁の神秘的な特工がご用意した、帝国最新の科技にゃん。どんな食べ物も温められますにゃん ——翡翠庁・神秘特工》
全然神秘じゃない。ディアナは内心でこっそりツッコミを入れた。
メモの右下には小さく一行、書き添えられていた。
《金属類を入れないことだ的说。バカな【瑪瑙】がやらかした的说。底抜けに爆破された的说。》
ディアナはため息をつき、目の前の長方体の箱のような装置の研究を始めた。
これは魔道具で、電魔法を使える。電魔法は食物の内部から熱を発生させるらしい。帝国の最近のどっかの科学者が開発したものらしい。
まあ、それはさておき、今日も仕事だ。ディアナは嫌そうに考えながら、脱いだ服を適当に傍に放り投げ、銀行の制服に着替えた。
銀行に着くと、最初に声をかけてきたのは【瑪瑙】だった。
「おはようございますにゃん、ボス! ボスも今日はまず金庫をチェックするんですか?」彼女はディアナの傍らをぴょんぴょん跳ねながら歩きながら言った。
「はいはい」ディアナは適当にそう返事した。もう何日も出勤していて、全身の社交エネルギーが枯渇しきったように感じる。
銀行の特殊な魔力抑制装置のせいで、透視魔法も使えず、一層ずつ頼んでパスワードドアを開けてもらい、金塊の状態を確認するしかない。
今日の金塊も問題なく、無事に整然と中央に置かれていた。
ディアナは深く息を吐き、それから自分の持ち場に戻った。むしろ強盗が来てくれないかとさえ思っている。この暗黒の仕事を早く終わらせたいから。
俗に言う、呑むか呑まれるか、だ。今日、強盗がやってきた。
ただ、ディアナの想像とは少し違うようだった。
覆面をした五人組の男たちが突入してきて、銀行のロビーで大暴れし、客を全員追い出した。
ディアナはカウンターの後ろで、あごが落ちんばかりに驚いていた。
そして五人組の強盗は駆け寄ってきて、黒い麻袋を窓口の下から差し出し、一枚のボードを取り出した。
「これを満タンにしろ。さもなくば命はない」
彼らは窓口の強化ガラスを叩き割ろうとしたが、失敗した。すると、一人がカバンから杖を取り出した。
彼は杖をカウンターの後ろにいるディアナに向けて構えた。ディアナは細目にして、ちょっと呆れたように彼を見つめた。
しばらくいじくり回した後、杖はなんと不発に終わった。
「親、親分……ここ、魔力使えません」その魔法使いはリーダー格の男に報告した。
「使えない奴め! 俺がやる!」
そして彼はカバンからいくつかの円筒を取り出した。ディアナはそれが固体爆薬だと一瞬で見抜いた。
まずい、このままでは彼らが本当にカウンターを爆破してしまう。ディアナは考え、傍で観戦している【瑪瑙】に合図を送った。【瑪瑙】はまだ見たそうだったが、ため息をついた。
オレンジ色の光剣が短剣に変わり、手が動けば刃も動く。固体爆薬は真っ二つに切断された。
残りの強盗が反応する前に、彼らは次々と蹴り飛ばされていった。
強盗はひどく滑稽な姿勢で地面に転がり、何が起こったのかさえ理解していない様子だった。
「警察を呼びますか? ボス」【瑪瑙】が駆け寄って聞いた。
ディアナはカウンターの後ろから身を乗り出した。
「いいえ、まず医者を呼んでくれ」
彼女は地面の強盗を見て、首を振った。
2
「クララ様ぁ、今しがた彼女の姿を見かけたんですけど、突然消えちゃったんですよぉ。透視魔法を使っても見つからないんですよぉ」
【璆琳】は下水管道の最も奥にやって来た。クララは廃材の木箱の上に座り、地図の上に丸を書き込んでいた。
彼女たちが標的を追跡し始めて三日目。すでに九回も連続で見失っていた。
「この子はただ者じゃない。下水道システムに精通しているだけでなく、透視魔法に対する特定の対処法も使っている」
クララがそう言い終えると、また地図の隅を強く×印で塗りつぶした。三日経って、地図はもう書き込みだらけだった。
「クララ様ぁ、増援を呼びませんかぁ? 全ての分岐点を塞いでから中心に向かって縮めていけば、彼女は逃げ場を失いますよぉ」
【璆琳】は賢い。最も単純で粗暴な方法が、往々にして最も効果的だ。
「ダメだ、【璆琳】。彼女を探しているのは私たちだけじゃないって忘れるな。そうすれば蛇を驚かせるだけだ」
「はい、クララ様」【璆琳】は自分の提案が却下されると、すぐにうなだれてしまった。
しかし、クララ様が真剣に仕事をする姿を見て、また安心したような笑みを浮かべた。
この前まで、翡翠庁のみんなは心配していた。クララはもう選挙に参加する心構えもなく、しばらく休ませるべきだ、と。
【琥珀】の死は追い打ちをかけ、誰もが翡翠庁は崩壊の危機にあると思っていた。
どうやらディアナ様の到来が、クララ様にかなりの励ましを与えたようだ。【璆琳】は内心そう考えた。
その時、二人とも異常な魔力の波動を感じた。
「【璆琳】!」クララが彼女の方を見た。
【璆琳】がうなずくと、クララは地図を彼女に渡した。彼女はざっと一目見るだけで、そして炎魔法を使って地図を焼き払った。
【璆琳】の短期記憶は強力で、数十万字に及ぶ情報量を一瞬で記憶できる。これらの記憶は訓練によって、まる一日脳裏に保持される。
クララは杖を取り出し、来た道を氷結魔法で封じた。
「クララ様、こちらへどうぞ」
すぐに、二人は王都の下水道を走り出した。
水しぶきが足元で跳ね、革靴がパイプを踏みしめる、カンカンという音が響く。
前方の分岐路に、数人の人影が現れた。
「【璆琳】、道を変えよう」
【璆琳】が別の方向を指さす。彼女たちはぎりぎりで前方の人群を避けることができた。
しばらくすると、クララはまた周囲に魔力が拡散するのを感じた。
そして彼女たちはまた道を変えた。こうして何度か繰り返した。
「クララ様……もう他に進む道はありませんよぉ」【璆琳】は心配そうにクララを見た。
「ちっ、包囲されたのか?【璆琳】、戦闘準備だ」
「承知しましたよぉ、クララ様」
【璆琳】は空中からオレンジ色の光剣を出現させ、手首に装着すると、光剣は二振りの彎刀(わんとう)に変わった。
「カンカンカン」水道管が下水道の壁を叩く音がした。
その後、クララは周囲の分岐路が全て人影で覆われていることに気づいた。彼らは分岐路からゆっくりと集まりだし、二人を中心に包囲していく。
まるで暴力団のような一群だ。先頭の数人は杖を持ち、残りは全員が鋼管を手にしている。
「おう、これはクララ様じゃねえか! どうした、翡翠庁のリーダーも下水道で宝探しかよ?」
モヒカン頭のチンピラ風の男が挑発してきた。
クララは杖を取り出し、迎え撃つ準備をした。
「あなたが誰かは知らない。かかってくるなら早くしなさい」
「そりゃどうかな。王都にはクララ様の首を欲しがってる奴は大勢いるぜ。あんたは今、俺たちの目には大きな金貨を頭に乗せてるように見えるんだよ!」
そう言うと、周囲の人群は彼と一緒に大笑いした。
クララは杖を強く握りしめた。
先頭の男の合図で、四方八方の魔法使いが杖を掲げた。
まずは屏障(へいしょう)を張らなければ!クララは慌てて考えた。しかし、なぜだか魔力がどうしても放出されない。
まずい!彼女は目を閉じ、十数本の光の柱が自分に向かって飛来する光景を想像した。
しかし、何も起こらなかった。目を開けると、【璆琳】が得意げに腰に手を当てて立っているだけだった。
クララはすぐに何が起こったのか理解した。確認のため、それでも聞いた。
「【璆琳】、今私たちはどこにいるの?」
【璆琳】は振り返り、得意満面の表情で彼女を見た。
「帝国銀行の真下ですよぉ!」
「来月の給料、差し押さえるからね!」
そう言うと、クララは杖をぽいっと投げ捨て、ボクシングの構えを取った。
周りの鋼管を持った連中が洪水のように二人に襲いかかってきた……
3
ディアナが仕事を終えセーフハウスに戻ると、ベッドの上のエラの姿が消えていた。
慌ててドアの外に出て、入口に立つ翡翠庁の特工に尋ねた。
「エラ様ですか?もう歩けるようになったと言って、今は訓練場で【オパール】様と一緒だと思います」
ディアナはほっと一息つき、それから中庭を抜けて訓練場へ向かった。目の前の光景には思わず笑みが零れた。
小さなロリ吸血鬼が空中に浮き、翡翠庁の大勢の特工たちが彼女に向かって「攻撃」を仕掛けている。
オパールは腕を組んで傍らで監督していた。
「そこの背の高いの、詠唱動作が冗長すぎる」エラは空中で適当に回避しながら、指導を与えている。
「そこのショートカットの女の子、うちの祖母が車椅子でもその攻撃は避けられるわよ」
彼女の指導は厳しいながらも愛らしく、ディアナは思わず笑い声をあげてしまった。
「ディアナ様、ご機嫌よう?」【オパール】が傍らで声をかけてきた。
「【オパール】様のおかげで、何とかクララの役に立てているようです」
【オパール】は「とんでもない」とディアナと挨拶を交わした。
「普段、翡翠庁はこんな風に訓練しているんですか?」
ディアナが尋ねた。
「今日は少し休憩ということで、ちょうどエラ様がいらしたので、新人に実戦を体験させているところです」
「なるほど」ディアナは魔法を唱えている者たちを見た。みんな青二才で、やせ細っており、ホームレスの集積地や孤児院から引き取られてきたばかりのように見える。
後方に座っている古参の特工たちは違う。彼らは筋骨隆々か、あるいは魔力に満ち、身のこなしが素早い。
ディアナが見とれていると、傍らにオレンジ色の髪の小さな女の子が現れ、驚天動地の知らせをもたらした。
「ディアナ様、大変でした的说」【琉璃】は息を切らして言った。
「黄金が強奪されました!」
……
ディアナと【瑪瑙】【琉璃】の姉妹が銀行に戻ったときには、すべてが手遅れだった。
警備員が無造作に地面に倒れている。ディアナが近寄って手で脈を確認すると、完全に消失していた。死者たちは死ぬ前に苦しんだようで、一部の者は自分の首を絞めており、顔色は紫紅色を帯びていた。
十数道ものパスワードドアは、まったく触られた形跡がない。
「【琉璃】、どうやって黄金が奪われたって知ったの?」
琉璃は相変わらず無表情で答えた。
「お二人が退勤された後、琉璃は依然として巡回していた的说。ですが、最後の交代要員の警備員が出て来なかった的说」
「つまり、まだ黄金が盗まれたとは確定していないんだね?」
「中を確認したわけではない的说」
「【琉璃】、まず王都に戻って、銀行の鍵を持っている連中を緊急招集してきて。【瑪瑙】、あなたは私と一緒に銀行の全ての入口を守るの。強盗はまだ行動を開始していないかもしれない」
二人がうなずくと、【琉璃】は一瞬で消え去った。
【瑪瑙】は光剣を取り出し、短剣に変えた。
「魔剣は魔力がない状態でも使えるの?」
ディアナが好奇心を持って尋ねた。
「使えないにゃん、魔力加持はできないにゃん。でも、武器がないよりはマシにゃん、ボス」そう言って【瑪瑙】は地面から警備員の棍棒を拾い上げ、ディアナに手渡した。
「しまった、私の体術はかなり足を引っ張るんだ」ディアナは内心でひそかに叫んだ。
幸いなことに、【琉璃】が戻ってくるまで、強盗は銀行に押し入ることはなかった。
貴族や官僚たちは地面に横たわる死体を避けながら、慌ただしくパスワードドアと機械式の錠を開けていった。
ディアナは顔の汗を拭った。皆が一つの部屋に集まっているせいか、雰囲気がどんどん暑苦しくなっていくように感じた。
最後の金庫の扉が開かれた時、そこにいた全員が仰天した。
本来、金庫の中央にあった二十トン有余の黄金が、跡形もなく消えていたのである。
臆病な一人の官僚は瞬間的に気を失い、地面にへたり込んだ。
4
拳脚と鋼管がぶつかり合い、クララと【璆琳】は苦戦に陥った。
クララの体術は元々優れており、彼女の周りにはすでに十数人のならず者が倒れていた。
【璆琳】の技は招招、致命を狙う。双刀が彼女の手の中で舞い、周囲には無残な死体が散らばっている。
しかし、双拳は四手に敵わず、周囲の包囲網が次第に狭まっていくのを感じた。
「クララ様ぁ、これまずいですよぉ。私たち完全に孤立無援ですよぉ」
緊急事態でも【璆琳】は口癖を忘れない。
クララは口元の血痕を拭った。肋骨が一本折れたようで、肺から出血している。これが呼吸を大きく乱している。
彼女は周囲を観察し、頭上から響いてくる警報音を聞いた。
クララは右手を伸ばし、空気の流れを感じ取った。そして歯を食いしばり、【璆琳】に言った。
「【璆琳】、三つ数えたら、双刀を奴らに向かって投げるんだ。それからすぐに右側のコンクリートの柱の後ろに走るよ」
「承知しました、クララ様」
【璆琳】は一瞬の疑問も挟まなかった。
「三」
敵はゆっくりと接近し、少女たちの奇襲を警戒しながら彼女たちを見つめている。
「二」
クララは右側のコンクリートの柱をじっと見つめた。
「一」
双刀が【璆琳】の手から飛び出し、二人は素早く右側へ走り出した。
ならず者たちは鋼管を振り上げ、飛来する双刀に向かって振り下ろした。
クララは一回転し、【璆琳】を自分の前に引き寄せ、身を挺して守った。
鋼管から火花が迸り、それが火苗(ひぶり)へと変わる。火苗は空気中を奔流の河のように急速に伝播し、ついに人群の中で爆発が起こった。
爆発による衝撃波が炎に先立ってクララの背後に到達し、続いて灼熱の炎が襲った。
十余秒後、クララが塵埃の中から顔を出した。
ならず者たちはほとんどが地面に倒れ、一部は全身に火を噴きながら地面で悶え苦しんでいた。
メタンガス爆発だ。
クララは銀行の警報音を聞き、強盗たちが行動を開始したか、あるいはディアナが黄金の強奪に気づいたことを確信した。
警報音が一度鳴り響くと、帝国銀行の下の全ての下水道はシャッタードアで封鎖され、閉鎖空間となる。
クララは空気の流れを判断し、右側の上り斜面にある柱の後ろが上風側であり、爆発の被害を受けないことを確認した。
彼女は顔の汗を拭い、安堵の息をついた。【璆琳】が彼女の前から這い出し、顔中についた塵をぱんぱんと叩き落とした。
「さすがはクララ様でございます」彼女はそう言った。
5
ディアナは警報を鳴らすと、金庫室に戻って観察を始めた。
周りの貴族や官僚たちはすでに大混乱で、泣き崩れる者もいれば、沈黙を守る者もいた。
ディアナは【琉璃】に、周囲を探して黄金の痕跡を探すよう指示した。強盗団はまだ遠くへは逃げていないかもしれない。
それから彼女は金庫室内を一周した。消えた黄金以外は、すべての配置が以前とまったく同じで、金属の壁の光沢さえも変わっていなかった。
ディアナは壁を撫でながら、首をかしげた。
それから彼女は頭上にある10センチにも満たない通気口を一瞥した。
「【瑪瑙】、金庫室を管理しているマネージャーを呼んで来て」
「了解にゃん」
間もなく、ずんぐりして小柄で、頭から大汗をかいているマネージャーが慌ててディアナの前に駆け寄った。
「ディアナ様、何かご用でしょうか?」
「この通気口は、最終的にどこに通じているの?」
ディアナは天井の小さな穴を指さした。
「銀行の外部に通じております、ディアナ様」マネージャーは慌てて顔の汗を拭った。「ですがご存知の通り、こんな小さな穴から人が入れるはずもなく、黄金も運び出せません」
ディアナはマネージャーの頭の汗を見て、そこにいる誰もが意味不明に思う質問を投げかけた。
「あなた、熱いの?」
マネージャーはディアナが何を言ったのか確信が持てないようだった。
「聞いてるのよ。あなた、熱いの?」ディアナは微笑みながら彼を見つめた。
「あ、ああ魔女様、熱いというわけではなく、ただ少し緊張しているだけで」
ディアナは一瞬で笑顔を消し、再び壁を撫でた。
「私も少し熱いわね…」
「早く!早くディアナ様に扇いで!」マネージャーはすぐに指示を出した。
一分後、一杯の氷水がディアナの目の前に差し出され、傍らには二人の笑顔の官員が彼女に扇風ぎをしていた。
ディアナは仕方なく氷水を受け取り、それから【瑪瑙】を呼んだ。
「【瑪瑙】、あなた黄金の装飾品を持ってる?」
「うわっ、ボスが急に親しみやすい上司から、部下をこき使う人渣に変わったにゃん?」【瑪瑙】は傍らで扇いでいる官員を見て、驚いて言った。
「余計なことは言わないで、早く出しなさい」
「は、はいにゃん…」
【瑪瑙】は哀れっぽく金貨を一枚取り出した。
「返すことを忘れないでにゃん。それは【瑪瑙】の来月の食費にゃん」
ディアナは彼女を無視し、ただ金貨を部屋の中央に置いた。
「そこのあなた」ディアナは小柄で太ったマネージャーを指さした。「あなたはパスワードドアを全部ロックして。それから私たち全員がそれより前に銀行の外に退避するのよ」
一同はすぐにてんてこ舞いでその場を離れた。
銀行の外で、【瑪瑙】は理解できないというように尋ねた。
「ボス、何をするつもりにゃん?」
ディアナは杖を取り出し、言った。
「小さな実験をするのよ」
すると巨大な魔法陣が彼女の足元に現れた…。
詠唱が完了した後、ディアナは通気口の先の通気ダクトにもう一度行き、それから皆の前に戻ってきた。
「さあ、皆さん」彼女は手を合わせて自信に満ちた様子で言った。
「真実がどうなるか見てみましょう」
6
二人の少女は息を切らしてその場に座り込み、まだ先ほどの爆発から回復していなかった。
突然、小さな女の子の姿が眼前をかすめた。
「クララ様、あれは!」【璆琳】は驚喜して前方を見た。
その時、クララはなぜ敵対政党が雇ったチンピラたちが彼女を見つけられなかったのかを理解した。
一旦包囲されると、彼女は帝国銀行の下にある狭いパイプ内に潜り込み、透視魔法はここにある魔力抑制の壁を貫通できないのだ。
「急いで追いかけましょう!」クララは立ち上がり、少女の方向へ走り出した。
クララと【璆琳】は角を曲がって追いかけたが、そこは行き止まりだった。
少女は壁の前に立ち、ゆっくりと振り返った。
「あなたたちは誰…? 私を捕まえに来たの?」
少女は淡々と言った。
「私たちはあなたを助けに来たの。あなたは危険にさらされている」クララはしゃがみ込み、眼前の少女と目線を合わせた。
「なぜあなたたちを信じなければならないの」少女は一歩下がり、今にも背後にあるパイプに潜り込もうとしていた。
もし今回も少女を引き留められなければ、もう二度と見つけられなくなる。
クララは懐からキラキラ光る破片を取り出した。少女は瞬間的に目を見開いた。
「これ知ってる? あなたのお父さんが私にくれたのよ」
少女は慎重に近づき、そして破片を受け取った。
「ええ、もちろん知ってるわ」それから彼女は破片をクララに返した。
「これは天使の矛(エンジェルスピア)の一部よ」少女は言った。
……
ディアナたちが金庫室に戻ったとき、再び誰もが驚く光景が繰り広げられた。
金庫室の中央に置かれていた金貨が消えていたのである。これに対して最も激しく反応したのは【瑪瑙】だった。
「にゃわー! 私の来月の食費にゃん!」
彼女は中央に飛びつき、床のあちこちを探し回った。結果がなかったので、彼女は地面で駄々をこねて転げ回り始めた。
「ディアナ様ひどいにゃん! 私の食費を返してにゃん! お金がなくて食べられないにゃん! スラムに戻ってゴミをあさって食べるしかないにゃん!」
「お姉さんはゴミあさりに行かなくていい的说。私がクララ様にあなたを娼館に売り飛ばしてもらう的说。富豪のために子猫をたくさん産ぐことになる的说」外から指示に従って現場に戻ってきた【琉璃】がそうとどめを刺した。
「にゃー! 子猫は産ぎたくないにゃん!」彼女は鯉のぼりよろしく跳び上がり、【琉璃】に飛びかかり、そして二人はまた取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「もういいわ、二人とも」ディアナの顔色は半分真っ青だった。
「私の話を聞くか、それとも辞表を書く準備をするか、どっちなの」
【琉璃】と【瑪瑙】はすぐに止まり、【瑪瑙】は哀れっぽく地面に座り、【琉璃】はディアナの傍らに立って耳を傾けた。
「私はずっと考えていたの。強盗はどうやって10センチにも満たない通気口から黄金を盗んだのか」ディアナは金庫室の周りを歩きながら分析した。
「今になってわかったの。強盗は黄金を盗んだのではなく、黄金が自分で“逃げ”出したんだわ」
周りに集まった人々は驚嘆の声をあげた。
この鍵となる原理は、電魔法にある。
銀行の魔力抑制はディアナをずっと誤解させていた。魔法は確かに銀行内部では行使できないが、魔法が引き起こした影響は可能なのだ。
強盗はまず銀行の外で下見をし、内部情報を手に入れ、通気ダクトの位置を確認した。
今日、ディアナが退勤した後、強盗は本格的に行動を開始した。
彼らはまず電魔法を使って通気口に電気を通し、電流は通気口に沿って金庫室まで伝わっていった。
金庫室は全金属構造で、電流が一度金庫室を通ると……
「食べ物を温めるあの魔道具、何て言うんだっけ?」ディアナは【瑪瑙】に尋ねた。
「電子レンジにゃん、ボス」
その通り、電魔法は金庫室全体を巨大な電子レンジに変えたのである。
電子レンジは徐々に黄金を加熱し、強盗は加熱温度を制御するだけでよく、タングステン合金でできた金庫室が溶けないようにすればよい。
「ディアナ様、質問がある的说」傍らにいる【琉璃】は無表情で疑問を発した。
「なぜ金庫室は爆発しなかった的说。明らかに前回バカ猫【瑪瑙】が電子レンジに金属を入れたときは爆発したのに的说」
「そう、そこが重要なのよ。なぜ爆発しなかったんだろう?」
ディアナは一回転し、手を空中に広げた。
「私は爆発の条件が人為的に取り除かれたからだと思うわ」
強盗団の数人が门外で待機し、一人が通気口から魔法を使って、何らかの助燃性のない気体を注入した。もう数人は銀行の大门を塞ぎ、内部の安保が出入りできないようにした。
空気は銀行のあらゆる隙間から排出され、これが銀行の安保が死亡した原因でもある。彼らは顔色が紫紅色で、空気がなくて窒息死したのだ。
空気がなければ、爆発は当然起こらない。もう一つ巧妙な点は、空気がない状態では、タングステン合金は高温で酸化されないため、非常に光沢があり、高温の痕跡がまったくないように見えることだ。
気体は絶え間なく注入され続け、「電子レンジ」は加熱を続け、黄金が溶けるまで続く。そして吹き込まれた気体と高低差のために、黄金は下水道に流れ出したのである。
「黄金が自分で“逃げ”たにゃん!」【瑪瑙】は驚嘆した。
事後、強盗は再び銀行内に酸素を注入し、それから現場を離れ、風当たりが弱まるのを待ってから下水道に戻って黄金を盗むのである。
最初にディアナがなぜ金庫室の中があんなに熱いと感じたかというと、温度が完全に冷めていなかったからだ。
ディアナは小さな実験をした。まずバリアで銀行全体を密封し、内部の気体を抜き、それから通気ダクトで電魔法を使って加熱し、そうして初めて自分の推測を確信したのである。
ディアナは一気に説明を終えると、下水道のグリッドのそばに歩み寄り、中を覗き込んだ。中は真っ暗だった。
おそらく強盗はあらかじめ黄金が流れる通路を建設していたのだろう。しかし、黄金の流れる速度からして、それほど遠くには行っていないはずだ。
7
クララは少女を落ち着かせ、ちょうど帰路につこうとしていた。
【琉璃】が突然後方に現れた。
「ああ、【琉璃】だったの」現れた速さにクララも反応できなかった。
「黄金はもう盗まれたの? ちっ」クララはため息をついた。
「大丈夫、あなたたちのせいじゃない。私たちは緊急措置を講じなければならないわ…」
「クララ様」【琉璃】が彼女を遮った。
「クララ様は銀行の下水道がどこに通じているか覚えていますか?」
【琉璃】がそう尋ねると、クララは【璆琳】の方を見た。
「このすぐ隣のパイプだよ」【璆琳】は少し困惑したが、それでも頭の中の地図に基づいて答えた。
そこで、クララはパイプの中に照明石を一つ投げ込んだ。
キラキラと輝く黄金が眼前に現れた。
一同は顔を見合わせた。
クララの脳裏に、ディアナのあの腹立たしい得意げな表情が浮かんだ。
「ああ、もう、彼女には参ったわ」
こうして、銀行黄金強盗事件は、ディアナによって解決された。
魔女万事屋の血魔さん @mizunoyoki
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