第零話 高貴なる血魔を召喚してみた

高潔な満月の下、狼の群れが一頭の鹿を追っていた。


絶え間ない吠え声、血の匂い、雑然とした野獣の足音。


追跡は森林を抜け、広大な平原へと至る。平原には、不自然に孤立した一軒の小屋が立ちはだかっていた。


荒れ果てた小屋の内部、散乱した家具の中央に、黒髪の少女が端座していた。


少女は空間の中心で結跏趺坐を組み、瞳を閉じ、腰まで届く長い髪は未知の力によって空中に漂っている。


「魔法陣」


狼の群れはなおも狩りを続ける。


「水晶」


逃げ惑う鹿の前に、別の狼が待ち受ける。


「呪文」


鹿は追い詰められ、崖の方へと逃げていく。


「そして…血よ」


孤立無援の鹿は崖っぷちに追い詰められ、四肢を震わせる。狼の群れは興奮し、狩りの果実を享受せんと躍起だ。


「偉大なる嗜血の族よ、これに従え! 万界の法則に従い、人類の王の命により、血族の子の力を借りて、今ここに召喚する!」


少女が双眼を見開く。深褐色の瞳は異様な光を放った。


小刀が細い指を切りつけ、滴り落ちた血が魔法陣に染み込む。赤い光が閃き、三秒と経たずに、緋色の光柱が天を衝いた。


純白の満月は暗雲に覆われ、狼と鹿は暗闇に包まれる。暗雲の隙間から覗いたのは、一輪の緋色の血月。


狼の群れは散り散りに逃げ出し、一頭の鹿は跪いた。最後の崖の上、血月の目前に。


光柱は小屋の屋根に円形の大穴を開け、少女の影は天から降り注いだ。


狼王は遠吠えした。嗜血の獣は、嗜血の族へと臣従の意を表する。


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