うみほたる

劉崎真一郎

1(全)

「娘さんと仲良くさせていただいて……ありがとうございました……」


 僕はそんなことを、顔を伏せている白髪頭の男性に言っていた。


 コンクリート打ちっぱなしの、ほとんど何もない部屋。

 穏やかなメロディが流れ、遠くに潮騒が聴こえる。


 小さなキャビネットの上に置いてある白いフォトスタンド。着飾った彼女の写真はアイドルのような…アイドルの衣装を着て、花束を持って、それこそ全力の笑顔。


「彼が来てくれたよ」


 写真に向かって彼女の父親がいう。


 窓の外、黒い海から連なっている送電線の先に灯りが一つ光って見える。彼女が飼っていた犬が、そこに向かって吠えている。



 仲が良かったんだ。


 一緒に手をつないだ。

 写真を撮った。

 おしゃべりをした。


 彼女が、それほど有名じゃなかったとしても有名人だったということは後から知った。


「そうなんだ」


 どうりで声がかわいいと思った。

 そう言ったら、彼女は照れたように笑っていたっけ。



 招待されて行ったライブの前。

 ふんわりと広がる白いスカートの衣装を着た彼女がいた。


 何故か落ち着かない僕を

「大丈夫だよ」

 本当は緊張している筈の彼女がそう言って手を握ってくれた。


「行ってくる。見ててね」 

 

 自信満々の笑顔。普段見せない、とびきりのやつ。


 コンクリートがむき出しの壁。灰色の楽屋で彼女は輝いて見えた。





『海ほたるにだけはなりたくないな』


 この部屋で彼女が言っていたことが、今そこに彼女がいるかのように頭に浮かんだ。あの、鈴のようなきらきらと転がるような声で。


「どういう意味……?」


 本気で意味が分からなかったからそう聞いたんだ。


『ないしょだよ、』


 笑いながら、でも教えてはくれなかった。僕もその時はそんなに気にしていなかったんだ。





 遠く、真っ暗な水平線。

 ぽつんと灯るあかりを見て、彼女の声が聞こえてくるような気がした。


『光る灯台になるのは寂しいと思うんだ』


 寂しそうに笑う彼女は、まるで独りぼっちだったかのようじゃないか。


 僕がそう思わせてしまったのかもしれない。


 喉の奥から、いがらっぽい何かがこみ上げてきた。

 頬を熱い涙が伝っていった。

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うみほたる 劉崎真一郎 @sinichiro_R

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