第2話 廊下を伝うものは
1時間目が終わったあと、理科室へ続く廊下が水びたしになっていた。
雑巾で拭いても、また滲む。まるで床が呼吸しているみたいだった。
俺――二年の宮下は掃除当番で、モップを持ちながら途方に暮れていた。
そこへ、いつもの紅茶のペットボトルが視界の端に映る。
「――宮下くん、それは自然現象ではありませんね」
来たよ、佐久間 恭一郎。
真剣な顔で床を見つめ、まるで刑事ドラマの主人公みたいに腕を組んでいる。
「いや、水漏れだろ。誰かがホースでも外したんだよ」
「単純ですね。宮下くん、水とは記憶なんです」
「また始まった」
「人が歩いたあとには、空気の流れが残る。 水はその行動の記録に惹かれて集まるんですよ」
彼はしゃがみ込み、水の筋を指でなぞった。
「この流れ方、理科室の方角を示している。 つまり――思い出が戻りたがっている」
「……は?」
勢いよく理科室の扉を開けると、理科委員が金魚の水槽を掃除していた。
ホースが外れて、床はびしょびしょだ。
「やっぱり。金魚の思い出があふれたんです」
「ただの掃除ミスだろ……」
「違います。金魚は三秒で記憶を忘れる。 でも、その忘れた記憶はどこへ行くと思います? ――床ですよ」
「床て」
呆れる俺をよそに、佐久間はさらに続ける。
「けど、これはまだ途中経過です。 見てください、この足跡。職員室の前で止まっている。 水は、誰かに運ばれたんです」
「運ばれた?」
「そう。先生が水を運んだんですね」
「どうして?」
「優しさですよ。人は誰かの失敗を見て、次は自分が助けようとする。 それが感謝の伝播です。水は、その優しさを媒介するんです」
「いや、ちょっと何言ってんのかわからない」
その瞬間、職員室の扉が開いた。
家庭科の先生が顔を出して、慌てたように叫んだ。
「ごめーん! 洗ったタオル運んでたら、袋破れちゃって!」
袋からポタポタと水が垂れる。
佐久間はうなずいた。
「……ほらね。優しさは、ちゃんと伝わっていた」
「いや、たまたまだろ!」
「偶然とは、優しさがサボった日ですよ」
彼は紅茶を一口飲んで歩き去る。
床は乾いたけど、俺の頭の中は乾かないままだった。
☕️あとがき☕️
僕の感謝も皆さんに伝播していますか?
伝播すればそれはとても心地よいのです
金曜 17:15 更新 どうぞ紅茶のご準備を☕️( . .)"
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