邪影

猫宮いたな

短編版 邪影


「ノベム。次の任務だ。」


 深くフードを被る彼は、ただ静かに頷く。


「エリアエイト、導きの草原へ迎え」


 その言葉を聞いた後、ノベムはゆっくりと歩きだした。

 閉鎖感を感じる薄暗い施設。ジメジメと湿っぽい空気が辺りを満たしている。


「……それにしても、やつにこれを任せてよかったのか?」


 ノベムが去った後、男達は語りだした。

 一人は、全身に刀傷を残した筋肉質な体を持つ。

 一人は、長い顎髭に痩せこけた頬、全身には多くのアクセサリーを身に着けて

 一人は、目の下に真っ黒なクマを、首には多くのひっかき傷をつけていた。


「奴の階級はAランク。今回の任務はSランク。奴の階級では難しい任務なのではないか?」


「奴が死んでも、奴の代わりはいる。問題ないだろう」



 時は西暦三千年。日本各地で突如として現れた怪異『邪神』と、邪神によって引き起こされる災害『邪神災害』。


 数年前発生した、『第一次邪神災害』死者、日本人口の約半数、二億五千万人。重軽傷者、一億四百万。日本は、たった一日にして、地獄と化した。


 その地獄を終焉に導いたのは、十名の戦士。彼らは己を「影」と名乗った。

 彼らの強さは、一人一国と称され、影一人で大国を滅ぼせる実力を持つ。


 以降、日本各地で発生する邪神災害は、全て影により制圧されることになる。


「影ウヌスが、失踪した」


 ある時、影の一人は言った。しかし、他の影は全く興味を示さない。

 影にとって、影とは仲間でもない。家族でもない。影は影。その程度の認識だった。

 だから、一人いなくなったところで、興味ない。というより、興味を持てないのだ。


「これからは、残りのみんなで何とかしよう」


 それ以上、会話は続かなかった。



 導きの草原。第一次邪神災害が起こるより前。その地はとある神社の境内だった。その地は付喪神を祀っており、物の命を司る地とかつて呼ばれていた。


……そして、第一次邪神災害の中心となった場所でもある。


 今回の依頼は、Sランクの邪神討伐。

 EからSでランク付けされる邪神の強さ。今回のSランクに関しては、一体で一国を滅ぼせる強さとされ、普段は二人以上で任務に配属されることとなるのだが……。


 今回の任務に着いたのは、一人。最弱の影ノベムだ。


「……オモイダセ」「オモイダセ」


 「オモイダセ」。それは邪神の口癖。奴らはゾンビのように唸る。


「邪神二体を視認。……任務を開始」


 ノベムは武器を手に取り、構えた。邪神との距離は一瞬で無くなる。

 次の瞬間。邪神の首は宙に舞い、体は爆ぜる。

 時間にして、僅か三秒。ノベムは邪神を殺した。


「任務完了。帰還する」


「おいおい、まだ任務は終わってないぞ」


 その刹那襲うのは、目にも止まらぬ神速の太刀。

 ノベムは抗うこともできず、その背を切られた。


「少し、浅い……か」


 全身に鎧を身に纏った武士のような出で立ち。

 赤黒いその鎧と、黒い稲妻を走らせる太刀。

 ノベムはその者の正体を知っていた。


「新たな対象を視認。交戦を開始する」


 かつて、失踪したとされる影。ウヌスがそこに立っていた。


「いざ尋常に……勝負!」



 草原の中心で、二人の影が刃を交える。

 激しい剣戟の嵐。火花が散り、身は削られる。

 時折混ぜられる苦無や手裏剣などの小細工を、ウヌスは顔色一つ変えず、その全てを捌く。

 ノベムはまだ一度たりともウヌスに攻撃を与えることが出来ていない。躱し、弾き、いなす。その全てが卓越した力。


「終わりだ」


 振り上げられた刀は、気が付けばもう目の前に落ちていて、ノベムに防ぐ術はなかった。

 胸に刻まれた、一文字の傷。命が尽きるのは、時間の問題だった。


――モード 甲賀


 ノベムは再び立ち上がる。体はもう限界だった。しかし、その纏う空気は一線を画す。

 彼には、負けること、逃げること、その全てを封じられていた。


「……この世に別れを告げよ」


 さっきまでの彼はもういない。

 ノベムは小石サイズの弾をいくつか投げつけた。

 それは二人の間の位置で、破裂し白い雲が辺りを包んだ。


――居合 抜刀


 ウヌスの居合は雲を切り裂く。

 しかし、晴れた視界の先に、ノベムはいない。

 どこへ消えた。ウヌスは周囲への警戒を高める。


 風が吹き、草花が靡く。静寂が続き、ほんの少しの気の緩み。

 きっと、普通なら気づかれないほどの些細なその変化は、戦況を変える。


 突如、神速の刃がウヌスを背後から襲う。


「クソ野郎が」


 刃が届く寸前、ウヌスは身をかわし致命を避けた。

 反撃の刃を振るわんと身を構えたとき、ウヌスの周囲にはまた無数の弾。バチンと、一つが破裂。炎が吹き出し、爆発が起こる。


 一つ、また一つと、爆発は連鎖する。


 周囲には、身を焦がすほどの熱気と、緋色の炎が咲き乱れた。


「強くなったな、ノベム。……でもな、飼い犬が嚙みついただけじゃ、獅子は死ぬことはないんだよ」


――居合 黒稲妻


 ノベムは死んだ。その一撃は、命を一瞬で奪い去ったのだ。


***


「俺達は、人を影から救う。だから影だ!」


「名前ダサすぎません?」


「しょうがないだろ? ほかにいい案が出なかったんだから」


 俺達は、邪神災害に対抗するために作り出されたカラクリ、影。

 十人からなる俺達は、戦いに明け暮れていた。


 一人は、侍を元に作られ、その居合は空気を震わせ、風をも切る。

 一人は、武将を元に作られ、その破壊力は、地を砕く。


 皆、圧倒的な強さを持ち、絶対的な自信を持っている。

 その中で、俺は他の影に比べて弱かった。

 邪神との戦いで、負けることなんてない。それでも、他の影に対して言い表せないほどの大きな劣等感を抱いていた。


「ウヌスが失踪した」


 それは、唐突にやって来た。

 最強の影と呼ばれた、ウヌスが失踪したという。

 行方も知れず、亡骸も見つからない。影は大幅な戦力を失った。


「……お前ら、悪いが少し改造を受けてもらう」


 俺達を作り出した親父はそう言った。その時、もう親父は知っていたのだろう。

 ウヌスの失踪の理由を……。

 俺達は改造の末、感情を失い。ただ邪神を殺すことだけを目的に動く骸となったのだ。


***


「悲しいものだ。戦いの理由も知らずただその力を振るうだけなど」


 ウヌスは、その場に横たわるノベムに哀れみの感情を向ける。


「……」


 それは、些細なものだ。ただ、明らかに何かがある。

 ウヌスは、ノベムに些細な違和感を感じ取った。

 このままにしていてはダメだ。ウヌスは刀を振るう。


――忍法 焔ノ華


 燃え上がる炎が三度ウヌスを襲う。

 死んだはずのノベムは、その傷を癒し、立ち上がった。


「……神の力」


 ウヌスは焦燥に襲われた。さっきまで見下していたはずの雑魚が自分と同じレベルになって再び立ち上がったのだから。


――忍法 炎天埜海


 速く、鋭く。ノベムの放った横薙ぎは、ウヌスの左腕を切断した。


「やはり……、厄介だな」


――忍法……


「待て!」


 ノベムは、構えたままその動きを止める。


「お前は、邪神の正体を知っているか?」


 くだらない、そんなことを知ったところで関係ない。自分はただ目のまえの敵を切り捨てるだけだ。

 ……邪神の正体、そんなのもう知っている。

 ノベムは、再び攻撃の意思を示す。


「邪神の正体は、モノに宿る強い感情……付喪神だ」


「……」


「お前はさっき死んだ。でも、今俺の目の前に立っている。それがどういうことか分かるか? お前は、付喪神の力を得たんだ」


「そんなことは知っている」


「お前は、疑問に思わないのか? なぜ付喪神が邪神と呼ばれ、俺達影が奴らと戦わないといけないのか」


 ウヌスは語りだした。


***


 第一次邪神災害の残火がまだ日本中で燃えている。

 俺は、邪神を切り、任務をこなしていた。


「ドレイト、邪神とは何なのだ」


 俺は親父に聞いてみた。邪神災害の発生を予期し、俺達影を作り出したこいつなら、何か知っていると踏んで……。

 邪神という存在には多くの謎があった。俺はそれを知りたかった・


「邪神は敵だ。お前たちは奴らを切ればいい」


 こいつは俺達に何か隠している。なら、俺は独自で調べさせてもらう。

 それ以降、次第に強くなっていく懐疑心の中で俺は任務をこなしていた。

 邪神を調べていく中で、二つのことを知った。


 一つ、邪神はもともと付喪神で、人間が物への感謝を忘れ、生き残るために邪神となった。

 二つ、邪神となった後も付喪神の力は消えない。物への感謝を忘れない物には、神の加護が得られる。


 これは後に知ったことだが、ドレイトはこの世界の神になろうとしていた。

 この世界の神は絶大な力を持ち、全てを操ることが出来る。

 邪神を殺し、付喪神になり替わろうとした。

それを知った俺は、影を抜けた。ウヌスと言う名前も捨てた。

「邪神を守る影」から邪影と名前を変えた。

そしていつしか俺は、付喪神の力を手にしていた。


***


「お前は、あいつの奴隷になったままでいいのか?」


「たしかに、あいつの言いなりになる気はない。でも、まずはお前を殺す。邪神」


「は? なんで、そうなるんだよ」


「お前は気づいていない。お前の力の根源は付喪神のものではない。邪神のものだ」


 確かに、最初は付喪神の力を持っていたのだろう。

 しかし、こいつは目的を果たすために、一番大切なものを忘れていた。

 邪神を救うために、敵を倒すという目的の為に、奴は感謝を忘れた。


「お前が、邪神を救おうとしたように、俺はお前を救う。安心しろ、お前のその願いは俺が引き継ぐ。だから、安心して死んでいけ」


 感謝を忘れた影と、感謝を知った人間。

 きっと、これからもずっと繰り返されるだろう。

 俺も、感謝を忘れ邪神となるかもしれない。けれど、今の俺のように、その願いを引き継ぐ人間が現れる。


「いくぞ! 邪影」


「……来い! ノベム!」

 

――居合 月光ノ導

――忍法 陽光之契


 二人の刃は交わることなく、互いの肉体を斬る。

 互いに刻まれた、一文字の傷。傷からは血が流れ、痛みが走る。


「……邪影、俺の勝ちだ」


 その場に立っていたのは、ノベム。

 邪影は、その場に倒れ笑った。


「負けたよ、完敗だ。……一つ頼んでいいか?」


「言わなくても分かってる。お前の意志は俺が引き継ぐ」


 邪影は、穏やかな顔で、永い眠りについた。


 邪影は、その時激しい光に包まれ、周囲一帯を包む大爆発を起こした。それを防ぐ術なんて無かった。気が付いたときにはもう、遅すぎた。


「僕の意志に背くものはいらない」

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