第6話 嫌がらせ

結局、二年経っても士郎が真紀ワタシを抱くことはなかった。

その頃には真紀ワタシから抱いてよアピールすることもなくなっていたわね。

年中無休で発情しているって思われるのも嫌だったし、父が亡くなったことも大きかったわ。

だって、そうでしょ。

父が死んだばっかりなのに、エッチしてって迫る娘ってちょっと怖いわよね。

セクシービデオとかだと喪服姿の女性に対して欲情した男が襲っちゃうみたいなタイトルもあったりするだろうけど、士郎に限ってそんなことは欠片もなかったわね。

そのうち母が「孫の顔が見たいわね。お父さんにも見せたかったわね。」なんて言い出せば、子作りに励んでくれるかもしれないと期待して待つことにしたわ。


でも、そんな状況はある日一変した。

ごく普通の日曜日の昼過ぎ、真紀ワタシがキッチンで昼食後の洗い物をしてた時に宅配が届いたんだけど士郎が受け取りに出てくれたの。それまで士郎はリビングのソファでいじっていたスマホをテーブルの上に置いて行ったんだけど、真紀ワタシがコーヒーを入れ替えてあげようとした時に通知が表示されてしまったの。


美紀

いつもの場所で16時に


別に見るつもりなんてさらさらなかったんだけど、本当に絶妙のタイミングで目に入ってしまったの。

その相手がまさかの美紀で「いつもの場所」でなんてちょっと心穏やかではいられないわよね。

美紀は大学を卒業した後は、定職にも就かずに勝手気ままに暮らしていたわ。たまに病院の手伝いはしてたみたいだけど、普段は何をしているのか真紀ワタシには知る由もなかった。というか、真紀ワタシにとって美紀は基本的に厄介者だから、敢えて美紀に関わりに行くことなんてあり得ないことね。


そう言えば、真紀ワタシの生活圏に美紀の姿がちらつかなくなったのっていつ頃からかしら。

大学卒業後、働き始めた頃は職場の飲み会とかにもよく顔を出してたわよね。真紀ワタシの職場であって、美紀とは関係ないはずなんだけどね。

前にも言ったけど、うちの病院は顔面偏差値が高いから、いろいろ物色に来てたんでしょうね。

真紀ワタシと美紀が揃うとそんな中でも美人双子姉妹として注目の的にはなっていた、はずなんだけど、何故か真紀ワタシに声をかけてくる勇者はいなかったわ。

美紀の毒牙にかかったなんて被害者のことも聞こえてこなかったし、真紀ワタシのことを同列に並べて白い目で見られることもなかったから、まあ良しとするわ。

あれね。多分、真紀ワタシたちが院長の孫、外科部長の娘だっていうことで、迂闊には手を出せなかったんでしょうね。そういうことにしておきましょ。

そうやってちょくちょく職場でも見かけていた美紀だったけど、その年の九月頃にはパタッと見なくなっていたかしら。

その後、しばらくして士郎がうちの病院に異動してきたのよね。


年が明けてちょっとしてからのシンポジウムで士郎の問題発言があって、付き合い始めても美紀の存在感を感じなかったのは前にも言った通りだ。

結婚後もそうだったはずだけど、美紀が士郎にちょっかい出してたなんて想像もしてなかった。

だって、士郎は最初から何も変わらず真紀ワタシに接してくれていたもの。

ずっと優しいし、気を配ってくれるし、大切にされていると心から感じられたわ。

あっちの方は全然かまってくれないから、それを思うと落差で落ち込みたくもなるんだけどね。

ということはどういうことよ。

士郎と美紀の関係っていつからなのかしら。

士郎の真紀ワタシに対する態度が最初から変わらないってことはまさか…真紀ワタシと出会う前からってこと?

これまでは真紀ワタシに寄ってくる男性を美紀が奪っていたけど、士郎は最初から美紀とそういう関係で、自分のオトコを真紀ワタシと結婚させたってことなの?


どんな壮大な嫌がらせよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る