異人奇譚外伝~異世界適正試験~

大法螺 与太郎

異人奇譚外伝 ~異世界適性試験~ 

 ──居酒屋 常夜じょうや──


 夜更けの居酒屋〈常夜〉は、

 表のざわめきが消えたあとも、

 提灯の火だけがちろちろと灯っていた。

 カウンターの奥では、与太郎と呼ばれる男が煙草をくゆらせている。

 古びた帽子を深くかぶり、片目でこちらを見た。

「──こんな話があるんだがよ。」

 酒の香りに混じって、声が低く響く。

 どこか芝居じみていながら、妙に現実的なトーンだ。

「死んだ男が、“異世界転生の面接”を受けたって話さ。

 ……まあ、落ちたけどな。」

 与太郎はそう言って、盃を口に運んだ。






 異人奇譚外伝 ~異世界適性試験~



 目が覚めると真っ白な空間に立っていた。

 目の前にはフワフワと浮かぶ青い球体。

 球体が瞬くように光ると声を発した。


「突然のことで驚かれていると思います。端的に申し上げますと、あなたは亡くなりました。」


 多分そうだと思った。

 段々と記憶が鮮明になっていく。

 帰り道、トラック、衝撃。

 この3つを強く覚えている。


 あの世ってこんなに殺風景なんだ。

 ただただ白い空間が広がっている。


「少し、記憶が戻られたようですね。では最初に謝罪をさせていただきます。

 本来のあなたの寿命はあと50年以上ありました……こちらの手違い、です。」


 手違いか……。

 でも、まぁいいかな。

 そんなに人生に未練もないし、それよりもこれ、異世界転生だよね。

 何はともあれ確認しなきゃいけない。


「すみません。これって異世界転生とかそういうやつですよね。」


 すると球体はもう一度瞬き答えた。


「察しがよろしいようで何よりです。これからあなたには転生する世界を選んでいただきますね。」


 選べるんだ。

 転生先を選べるなんて、親切設計だね。

 でもちょっとあっさりしすぎてないかな。


「すみません。転生ってこんな感じなんですか、てっきり女神様とか出てきてチートを授けるとか、スキルを貰えるとか思ってたんですけど。」


 そう言うと突然、世界が一転する。

 気付くと冒険者ギルドのカウンターに立っていた。

 目の前には青い髪の綺麗なお姉さん。

 すらりと背が高く、涼し気な目元が特徴的。

 まさにギルド職員といった感じの服装を着ている。

 開いた胸元に一瞬目を持ってかれた。


「えっ、どういうこと……。」


 突然世界が入れ替わったことに驚きを隠せない。


「あなたの、記憶を読んだの。こんな世界に転生して暮らしたいって思ってなかったかな。

 せっかくだからこのままここで、一緒に世界を選びましょう。」


 そう言うとものすごく厚い辞書のような本を取り出す。

 ドン、カウンターに置く。

 それは異世界目録と表紙に書かれた本だった。

 でかくて、厚い。この中から選ぶのか……。

 無理ゲー過ぎない……。


「驚かしてごめんなさい。世界観に合わせたつもりだけど、選びづらいわよね。」


 お姉さんはペロリと舌を出して目録を引っ込め、タブレット端末を取り出す。


「この端末に条件を入れて一緒に探しましょう。あなたの理想の異世界がきっとあるわ。」


 理想の世界か……。


 チートマシマシで強くなりすぎたら、きっとつまらないな。

 スキルを駆使して生き残る……そんなのも悪くない。

 もちろんハーレム設定も忘れない。

 幼馴染、ツンデレ系の貴族のお嬢さま、もちろん獣人も欠かせない。

 最初はいじめられて、パーティから外されるってのも悪くない。


「なるほどね。取り合えず最初は条件を沢山入れてあなたに合う異世界を探そう。」


 お姉さんはぎゅっと両手を握ってきた。

 あたたかくて、細い指。

 ドキドキする。


 ふいに真剣な顔に戻ったお姉さんはタブレットをすごい早さで操作し、いくつかの候補を挙げる。


「これなんかどう。異世界No.700212。ほとんど地球と同じ、ただ違うのは魔素というものがあること。簡単に言うと魔法ね。あとはほとんどあなたの希望に合うわよ。

 スキルもあるし、この世界に行くことになったら──少しサービスもしてあげる。

 幼馴染も二人つけるわよ。

 どう?」


 幼馴染二人に典型的な異世界、魔素とスキルと元にした文化。

 エルフにドワーフ。

 ここで決まりだな。


「ここでお願いします。あの確認ですけどこの世界って、実は崩壊寸前とかそんな裏設定とかないですよね。」


 お姉さんはにっこり笑って答える。


「全くないわ、ご心配なく。

 ──これで決まりならそろそろ始めましょうか。異世界適正試験。」


 ふいに、世界が切り替わる。

 お姉さんはパンツスーツを着ている。

 できるビジネスウーマンって感じだ。


 眼鏡も似合うな。

 そんなことを思いながら自分の姿を見るとリクルートスーツ姿だった。

 なるほど、面接みたいにスキルを決めるのね。


「では質問していきます。まずあなたがこの世界を選んだ志望動機はなんですか。」


 えっ、志望動機。

 それはよくある異世界転生みたいな感じで楽しく過ごしたいからだよね。


「なるほど。転生先の世界で楽しく過ごしたいからですね。あっ、私の質問に答えなくても結構ですからね。思考は読ませていただきます。

 次はあなたが生前、最も努力したことはなんですか。」


 努力って……最近は仕事と家の往復だけで、特にはないかな。

 休みはオンラインゲーム三昧だし。


「なるほど、オンラインゲームね。」


 お姉さん、なんか声に棘があるよね……。

 ちょっと怖いんですけど。


「ではコミュニケーション能力についてお聞きします。生前あなたの親しかった人について教えてください。」


 親しかった人って、ネトゲの連中は仲はいいけど、会ったことないし、彼女いないし、童貞だし。母さんと父さんぐらいしか最近会話してないし。


「わかりました。」


 お姉さんは少し哀れみの混じった声で言った。

 その後も心をえぐる質問は続き、面接は終了した。


 お姉さんがタブレットから顔を上げ、こちらを見る。


「さて、あなたの面接結果ですけど異世界転生をするための規定値に達していません。異世界側も、大切なリソースは有能な人材に使いたいと考えております。

 誠に残念ではございますが、今回は採用を見送らせていただきます。


 なお、あなたの魂につきましてはこちらで責任を持って処分させていただきます。」


 お姉さんは、どこかで聞いたようなセリフを読み上げた。


 そして世界は真っ白になった。






 ──居酒屋 常夜──


 盃の音がカウンターにコトリと落ちた。

 与太郎がふっと紫煙を吐きながら言った。

「まあ、異世界でも現実でも、落ちるやつは落ちる。

 生き方ってのは、死んでも採点されるみたいだぜ。」

 隣の客が苦笑した。

「与太さん、それ笑えないですよ。」

 与太郎は肩をすくめて、煙を吐いた。

「笑える話なんて、もうこの世にゃ残っちゃいねぇさ。

 なにせ、“この世”も“あの世”も、同じ面接官が仕切ってるからよ。」


 提灯の火がゆらりと揺れた。

 その一瞬、灯が青い球体のように見えた。













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