第38話新婚生活
弱々しくつぶやく俺の声とは裏腹に、彼女の手を握る力は強まった。
驚いたような顔で彼女はこちらを見つめて、やがて、涙を流した。
「……よろしく、お願いします」
彼女の言葉もまた、弱々しかったが、俺の手を握り返すその力が、彼女の真摯さを表していた。
彼女は家に帰ってからも、ずっと泣きながら、「ありがとう」「大好き」と繰り返していた。そんな彼女を、ただ黙って抱きしめた。
新婚生活は、とくに大きな波乱もなく、静かに始まり、静かに続いていった。両親との顔合わせも滞りなく進み、式こそ上げなかったものの、穏やかに日々は始まった。
同棲していた時と同じように、同じベッドで寝て、起きて、同じ食卓でご飯を食べる。それぞれ会社に行って、先に帰ってきた方が夕食の支度をする。
休日は一緒にデートをして、買い物をしたり、散歩をしたりする。2人で家にいるときは、洗濯や掃除を分担して、夜は一緒にリビングのソファに座って映画を見た。
妻は家事をする時に、よく鼻歌を歌う。流行りのJ-popではなくて、俺が作った歌を。その度に、少し心が穏やかになる。本当に、彼女は俺のことを理解してくれているんだと、嬉しくなる。
そんな新婚生活を過ごしながらも、俺の音楽活動は、続いていった。
毎日、曲か、ギターの練習を投稿していく日々。どんなに生活が忙しくても、必ず何かしらは発信していた。
かつては批判と否定が殺到していた俺のチャンネルも、すっかり期待と称賛の声で溢れかえっていた。
そして、曲の投稿をしてから、10年が経とうとしていた。俺は、ふと、専門学校の入試を思い出していた。
『もし、10年後、あなたの作品が誰かの元に届いたら、その人にどんな影響を与えたいですか?』
あの時の、自分の誓いは、まだ守れていない。俺はまだ、あの人の音楽を続ける理由になっていない。
俺は、どうしたらあの人を、救えるんだろうか。
『私は、私の曲を、ネギマ先生の、音楽を続ける理由にしたいです。』
そんな自分の言葉が蘇ってくる。俺の曲って、なんだ?
そう、自問する。
答えは、返ってこなかった。
じゃあ、先生は、本当に俺の曲を聴いて、まだ頑張りたいと思ってくれるのか?
その問いに、何かが喉に絡みつく感覚がする。しかし、その「何か」が、なんなのか、全くわからない。
……俺は、なんのためにネギマ先生を模倣した?
その自問に限っては、すぐに答えが出てきた。
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