第14話アーティスト
聞き覚えがあるどころじゃない。ついこの間自分が作ったばかりの曲が、自分のスマホの画面で、Me tubeを通して流れてくる。
血の気が引いて、頭が真っ白になって、全身の体温が一気に下がる。二日酔いでふわふわしていた頭が、一気に醒めるのを感じた。
その曲の投稿主のアカウントを出してみると、確かに私のアカウントだった。初期アイコンのまま、名前は「ネギマ」。何も考えず、適当につけたアカウント名は、自分のアカウントだというのを証明するのに十分だった。
「な、なんで……」
声と手が震える。だって、投稿したのは夢の話で、実際に出した記憶なんてないのに。
――本当に、あれは夢だったの?
確かにあの日はお酒が回って記憶が曖昧。正直夢と現実の区別なんてさほどついていない。一度眠ったという体験があるならなおのこと。
じゃあ、本当に私は、自分の失敗作を投稿してしまったの?
早く消さなきゃ。こんな駄作、世に知れ渡っちゃいけない。私は動画の管理の場所に行って、削除ボタンを探した。でも、その度にチラチラと視界に映るコメントの、「楽しみです」という言葉。自然と、削除ボタンを探す目と指が止まる。
今まで誰の記憶にも、視界にも入ったことのない私が、初めて人の目に留まった。それが、どうしようもなく嬉しいと感じてしまった。
「アーティスト、か。」
一人暮らしのリビングに、その言葉が独り寂しく響く。専門学校に通ったのも、作曲教室に通ったのも、元々は自己満足のため。でも、そんな自己満足から始まった作曲生活の中に生まれた未熟な1つが、誰かの心には響いた。それは、私が私を認められる一歩になるには十分だった。
その日から、私のアカウントは、立派なチャンネルになった。
一丁前に個人IDを変えて、ヘッダーとアイコンも作って、毎日自分の未熟な曲たちを出していった。
高校生の時に初めて自分で作った、独学の曲から始まり、つい最近完成した曲まで、毎日作った日付と一緒に投稿した。
音圧に殺されたいと願ってから約7年。完成した駄作の数は112曲。未完成の音の卵が200以上。それを毎日投稿して、ストックが尽き、その間にも作っていた曲まで出し終える頃には、1年が経過しようとしていた。
完成品を一度聞き返しながら投稿をしていると、自分の成長を感じた。今まで、その曲たちの成長を、間近で見てしまっていたからこそ、停滞しているようにしか感じられなかった。でも、塵も積もれば山となるというように、当事者の目には塵ほどの成長しかないものの、それが7年も続けばずいぶんな完成度のものになっていた。
完璧を目指し、毎日積み重ねるように音を生み出しては、没だと言って自分の中にしまい込んでいた曲たちは、いつしか周りに評価されるものとなっていた。
コツコツ毎日投稿を続けた曲の評価は日に日に伸びていった。最初は高評価も一桁で、コメントも1つか2つあるぐらい。でも、だんだんと高評価が二桁に伸び出し、「もっと評価されるべき」とか「このコード進行好きです」とかの、曲に対する細かいコメントや声援をもらえるようになっていた。
未完成の音の卵たちにも、反応が多く貰えるようになった。もちろん、完成品に比べたら随分反応が少ないけど、それでも、必ず1つ以上の高評価とコメントがついていた。
仕事中にもスマホが震える。私の曲への反応は、どんどん頻繁にくるようになっていった。
『今日の作品も素敵でした』
『初見です!おすすめに流れてきました!』
『繊細な曲調が大好きです!』
そんな暖かいコメントに溢れる私の音楽たち。その度に、自分を認められた気がして、とても嬉しかった。
『これが伸びるべきってマジ?』
『駄作』
同時に、私の曲が世の中に知れ渡るほど、心無いコメントも投げられるようになった。もちろん、普通にへこみはする。けど、ほとんどが優しい言葉の数々なので、さほど気にしてはいなかった。駄作なことぐらいは、自分が一番よくわかっているし。
それよりも、たった1人だけでも、私の曲を求めてくれている人がいる。そう思うと、自然と投稿を続けたくなった。
ストックが尽きそうになったころ、私は曲を投稿しているものとは別のSNSで、自分のアカウントを作った。名前はチャンネル同様「ネギマ」。まるで有名アーティストのような振る舞いに見えそうで気がひけるが、ストックが切れたら、更新頻度が一気に下がるのも事実。1人でも自分の投稿を楽しみにしてくれている人がいる以上、一応何かしらの形で更新頻度が下がる経緯を説明しなければいけないような気がする。
つぶやきなどの文字の投稿がメインのSNS「puwitter」。そこに自分のアカウントを登録し、音楽を投稿しているMe tubeのアカウントと紐づけて、さっそく初めてのつぶやきを投稿する。
『はじめまして。ネギマです。普段は曲を上げています。ストックがもう少しで尽きそうなので、更新はゆっくりになるかもしれません。それでも待っていてくれる人がいるなら、とても嬉しいです。』
少し硬いような気もするけれど、自分らしいと思う。迷いなく投稿し、それからできるだけ早く曲を出せるように、作曲作業に入った。
「……」
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