第三話 リーチをかけろ! 擬似連攻撃で敵を煽れ !


 ​織田軍の陣地から、鬨の声ときのこえとも雄叫びともつかぬ奇妙な声が上がった。


「よっしゃー! 煽り作戦、いくぜオラァ!」


 ​発信源は、高台に組まれたやぐらの上で腕をぶん回している月影である。


 彼の奇策、名付けて「とにかく敵を煽って熱くさせる大作戦」が、今まさに開始されようとしていた。

 作戦内容は至極単純。


「実害はないが、やたらと派手で思わせぶりな攻撃を繰り返す」こと。ただそれだけだ。


 ​麓の部隊を指揮する呉学人は、天を仰いだ。


(本当に、本当にこの策で良いのか…? 我が軍の命運が、こんな博打のような戦術に…)


 しかし、主君である信長は「面白いではないか!」と大乗り気。 もはや止めることは誰にもできなかった。


「よし、まずは擬似連1、鉄砲隊、構え!」


 ​ 月影の号令が飛ぶ。


 最前線に配置された鉄砲隊が、一斉に空に向かって火縄銃を構えた。


​「てぇー!」


 ​号令と共に、轟音が戦場に鳴り響く。

 だが、放たれた鉛玉はすべて、敵陣のはるか手前の地面を穿つか、虚しく空を切っていっただけだった。

 ​突然の轟音に、対峙する今川軍の陣営がざわつく。


「な、何だ今の音は!?」


「敵襲か!?」


 しかし、待てど暮らせど第二射は来ない。

 味方に被害が出たという報告もない。

 ただ、けたたましい音が響いただけだった。


「次! 擬似連2! 弓隊、派手に行くぞ!」


 ​月影の指示を受け、今度は弓隊が前に出る。

 彼らが番えた矢の先には、日の光を反射してキラキラと輝く、色とりどりの布切れが結びつけられていた。


「放てぇー!」


 ​ヒュオオオオッ、と風を切る音と共に、無数の矢が放物線を描いて今川軍の頭上を越えていく。

 それはまるで、祭りの日の飾りのように華やかで、戦場の雰囲気には全くそぐわない光景だった。

 もちろん、矢は一本たりとも敵兵には当たらない。


「な、なんなのだあれは……」


「矢に布をつけて飛ばすなど、聞いたことがないぞ…」


「我らを馬鹿にしているのか!?」


 ​今川軍の兵士たちは、得体の知れない攻撃に混乱し始める。

 恐怖よりも、理解できない不気味さと、からかわれているかのような不快感がじわじわと広がっていく。

 ​そして、月影はとどめの一手を打つ。


「よし、仕上げだ! 擬似連3! 大声部隊、前へ!」


 ​陣幕の陰から現れたのは、屈強な男たちで構成された一団だった。

 彼らの武器は、槍でも刀でもなく、己の喉のみ。男たちは敵陣に向かって腹の底から声を張り上げた。


「「「好機! 好機! 好機到来!!」」」


「「「激熱! 激熱! こいつは激熱だァ!!」」」


「「「保留変化! 色が変わったぞォォ!!」」」


 ​意味不明だが、やたらと威勢のいい言葉のシャワー。


 それはもはや、戦ではなく、ただの嫌がらせだった。


 ​度重なる思わせぶりな攻撃に、ついに今川軍の総大将の堪忍袋の緒が切れた。


「ええい、まどろっこしい!

 あのちょこまかとした動きは目に障るわ!

 我らを愚弄するにも程があるぞ!」


 ​冷静さを失った総大将は、ついに軍配を振り下ろした。


「全軍、かかれ! あんな烏合の衆、一気に蹴散らしてしまえ!」


 ​「おおおおおっ!」と雄叫びを上げ、今川軍一万が、雪崩を打って織田軍の陣地へと突撃を開始する。


 緻密に計算されていたはずの陣形は、怒りと焦りによって完全に崩れていた。


 ​その光景を、月影はやぐらの上から満足げに見下ろしていた。


 敵が、完全に「熱くなって」いる。

 冷静な判断力を失い、ただ目の前の大当たりという幻想に突っ込む客と全く同じだ。


 ​月影はニヤリと笑い、隣で顔面蒼白になっている呉学人の肩を叩いた。


「よし、煽り成功! スーパーリーチ発展だ! 学人、あとは分かるな?」


 ​呉学人は、半泣きになりながらも、この無茶苦茶な作戦の真意をようやく理解した。

 敵の狙いを一点に集中させ、陣形が伸びきった側面を叩く。

 軍略の基本ではあるが、まさかこんな方法でその状況を「作り出す」とは夢にも思わなかった。


「はっ……はい! 伏兵部隊へ、合図を送ります!」


 ​呉学人は震える手で、伝令の旗を握りしめる。


 伝説の軍師の言葉は一つも理解できない。


 だが、なぜか戦況は、この男の言う通りに進んでいるのだった。


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