第5話

「さて、心づもりが固まったところで、お主の転生先の説明に入ろうかの」


 俺の受け入れ先は『ヴァイス』という名前の世界だと、女神様が説明してくれた。


 このヴァイスという呼び名は俺が生きてきた世界でいう所の『地球』に相当し、単一の惑星を指す言葉であり、同時にその星に住む生命にとっては世界全体を示す名でもある。

 尤も、このヴァイスという呼び名、その世界に住んでいる人達の間では発見すらされていないらしく、知名度は皆無との事。


 と言うのも――これもお約束というべきか、ヴァイスの文明は地球と比べて著しく劣っている、らしい。

 国レベルでも周辺国や広域でも一つの大陸内で世界が完結しており、世界の全体像を掴むに至っていない。

 つまり全体の数%の所を世界の全てと錯覚してるような状態で、一般市民レベルでは把握していても精々が隣町くらいまで、人によっては生まれ育った町や村だけで世界が完結しているようだ。


 まぁ別段、おかしなことでもないし、かつての地球でも遠い遠いご先祖様方が経験した事である。さもありなん。


 それから、案の定、このヴァイスは剣と魔法のファンタジーな世界だった。


 剣はともかく、この世界には魔法が存在しており、魔法の源である魔力が結晶化した魔石を使った魔道具が広く流通している(品質の良し悪しにはとてつもない開きがあるらしいが……)。

 どうせ魔法在りの世界に行くのなら、魔法というものを試してみたいものである。


 逆に、危険も数多い。


 まず、治安。どんなに治安が良いとされる街であっても、現代日本並みの治安はまずあり得ない。

 道中には山賊や海賊といった盗賊の類が出没し、兵士崩れの無法者や奴隷として売りつける為の人間狩りも少なくないようだ。

 平和慣れした日本人にはちょっとしたカルチャーショックものだが、原則として自分の身は自分で守るという事を常に肝に命じる必要がある。


 そして、忘れてはならないの最大の危険が『魔物』の存在だろう。

 モンスター、クリーチャー、化け物。

 表現は何でもいいが、要は魔力を帯びた生物の総称。

 魔力を持っていない普通の獣と比べ凶暴で、基本的に魔物は全て肉食で、人間も普通に喰らう。

 出来れば会いたくない類のモノだが、その肉だとか皮や爪、牙といった部位が高値で取引されるようで、それを専門に狩る冒険者も存在する。


 冒険者。それは、異世界転生における花形職業である。

 実情を鑑みるにフリーターもしくは便利屋の別名が付きそうだが、それは兎も角として。

 とにかく、大抵の主人公は転生したら冒険者ギルドに登録し、冒険者としてランクアップしながら様々な出来事に遭遇するのだ。

 ヒロインと出会ったり、ヒロインと出会ったり、ヒロインと出会ったり……。


「世界に関しては、ざっと、こんな所じゃな。後は、実際に行ってみて、追々慣れて貰うのが一番じゃろ」

「ですね。基本的な事は理解できたと思います」

「うむ。最後に、転生するに当たって、此度の詫びも兼ねた特典について少々説明しよう」

「特典ですか?」


 この手のお話でありがちな展開から推察しても、これはもしかして反則的に有利な能力を貰えたりする流れだろうか?

 それこそ、いわゆるチートって奴を。


「残念だが、そなたが期待するほど破格のスキルを授けるわけにはいかん。世界の管理者として、何事にもバランスというものがあるでの。」


 そうなのか。


 上がりかけたテンションが急降下する。

 確かに、言われてみれば女神様の理屈も分からないではない。

 分からないではないんだけれど、期待しただけに落胆は大きい。


「まぁ、そうは言ってもギリギリ許容出来るスキルは付加出来る。それに、それを差し引いてもヴァイスあちらで普通に暮らす分には何ら支障ない程度には便利なスキルは大方標準装備じゃ。まず、転生後、すぐさま野垂れ死にする心配はない」


 あからさまなチートが貰えないとしても、流石に右も左も分からない異世界に無能力でいきなり放り出される鬼畜仕様の最高難度クレイジーな展開に比べれば、女神様曰く「野垂れ死にしない程度」には優れたスキルを貰えるらしいので、それだけでも十分に良い条件と言えるだろう。


 別に俺としては異世界に行って最強を目指したい訳でもなければ、集団相手に無双して俺TUEEEEしたいわけでもない。

 敢えて言うならハーレムには若干の憧れはあるが、それも絶対叶えたい望みって程でもない。

 ――――まぁ、可愛い彼女くらいは、できれば欲しいよ?


 ともあれ、女神様の保障付きで普通に暮らせるのなら、それに越したことはない。

 そもそも。


「俺にどんな能力が頂けるのでしょうか?」


 貰える能力――スキルとやらが分からなければ、話にならないわけで。

 その辺を、女神様に問う。


「そろそろ、時間が差し迫っておる。すまぬが、具体的なスキルに関しては、現地に着いてから確認しておくれ。決して悪いようにはせぬよ。向こうに着いたら、「ステータス」と唱えると保有スキルの確認ができるようになる」


 異世界で定番のステータス表示は、ヴァイスにおいても顕在なようだ。

 HPやMPも見れたりするのだろうか?


「もう時間じゃな。これ以上、時間が経過すると悪性化が始まって転生に支障が出るやも知れぬ。説明半分で悪いが、早速、お主にはヴァイスへ転生して貰うぞ」

「分かりました。お願いします」


 女神様がこちらに手をかざし、自動車のハイビームを真っ向から受けたような強烈な光が放たれる。

 その余りの閃光に視界が瞬く間に真っ白に染まると同時に、俺の意識もそこで途絶えた。

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