No.13 台湾戦線

『各隊員に伝令。前線は激化を極めています。被害状況や戦況は現在確認中。現時点でも死傷者多数。市街地の倒壊は観測不能』


全体通信にて現状の報告が入る。見るからに戦場は混乱の渦中。


「それでは第三大隊 特殊兵装部隊はこれより先導隊として『No.999』の捕捉及び敵軍掃討を第一目標としてアタックを開始するっ」


振動の命令にて先導隊の進軍が開始する。


「錐生少尉と神崎上等兵を中心に前線を上げる。各方位に対して警戒態勢。味方は現在撤退中だ。接触した兵士は基本敵軍となる。殲滅せよ」


「「「了解」」」



先導隊は鋒矢陣形でまとまり、先頭集団は錐生の能力を付与した武装で進軍する。矢印型の陣形における矢じりの根本に振動を配置。索敵に特化させた能力行使で敵軍の位置を把握する。索敵した位置に対して一斉射撃を行い、殲滅しながら進行を続ける作戦だ。


「神崎っ、お前は防御に集中しておけよ。まぁいざとなったら攻撃面でも頼りにするがな」


「はいっ」


錐生は憂希の緊張を察し、声をかけた。先日のロシア迎撃作戦における憂希の迎撃が評価され、本作戦では防御の一端を担う形となった。大抵の物理的攻撃であれば防御可能なのが強み。



進軍を開始し、瓦礫や建造物の障壁に関係なく射撃し、敵軍を掃討する。能力の押しつけが通用する陣営が一方的になる。だからこそグレードは重要であり、要となる。


『先導隊へ振動より伝令。対象と思われる破壊行為及び振動を検知。本隊の増援を要請中のため、現地点にて待機せよ。引き続き警戒網を維持せよ』


ついにNo.999を捕捉した。本隊と合流後に一気に攻撃開始し、動きを止める。


『対象が急速接近中っ!先導隊、本隊が合流するまで迎撃せよっ』


明らかに先ほどとは違う、焦りと緊張が伝わる声色で振動からの伝令が流れてきた。


「っ!来ます!」


その接近に次に気づいたのは憂希だった。ロシア迎撃作戦で最初のきっかけを掴んだ空気の対流による実体感知。


次の瞬間、まるで砲弾が着弾したような衝撃と爆風が先導隊の前方に発生した。

一気に緊張と戦慄が先導隊の隙間を縫うように走る。


「あ?まだいっぱいいらっしゃるじゃねぇかよ!おいおい!楽しいねぇ!最高だねぇ!アハハハハハハッ」


狂気的なテンション。凶悪な笑い。獲物を見つけたような野性的感覚。明らかに自分のものではない軍服が焼けこげ、形をギリギリ留めている。

そして、何より目が行くのは体中に巻きつけられた爆弾や砲弾。考えもなしに爆破するものを括り付けたような乱雑なそれは、クリスマスツリーの電飾のようにぶら下がっている。


「それじゃ...初めまして。バイバァァァアアアアアアアイ!!!!」


「くっ」


起爆する瞬間に憂希はNo.999を空中に舞い上がらせる。地面の隆起による突き上げと上昇気流の暴風で体を浮かせた。

空中で起爆したNo.999は派手な爆発と轟音を一帯に放つ。


「....ぉぃ、おい、おいっ、おいぃ!!!!」


空中から肉片となったNo.999が再生しながら怒号を上げる。奇妙や不気味では説明できないほど早く再生する。


「何してくれてんだよおいぃぃぃいいいい!!!俺の楽しみを奪ってんじゃねぇよ!!!!!」


「...こいつ、いかれてる」


初めて見た本物に憂希は感じたことのない身の強張りを感じた。警戒や恐怖の入り混じったグロテスクな感覚に鳥肌が立つ。


「一発無駄になっただろうがよぉおい。まぁいいか!楽しみは後にとっておいたらなんだか二回楽しみができたみたいで幸せだよなぁ!!!!」


人格や感情の切り替わりが激しい。今見えている感情が本当にその感情なのかわからなくなるほどに。


「おもちゃはたくさんもらったんだ。今日はパーティーだぜ?」


「撃てっ」


錐生の命令で先導隊の一斉射撃がNo.999を襲う。


「今更鉛玉かよ、しらけるねぇ」


命中した上でさらに貫通までしているのに、射撃が止まった時には撃つ前と変わらない姿だった。


「もう飽きたんだよその痛みや感覚は。頭蓋を割って脳を通る時の感覚はまだやみつきだけどねぇ?」


その笑みで先導隊のほとんどが息を呑む。死の恐怖とはまた違う。化け物を目の前にした得体の知れなさ、不快感。


「じゃあ楽しみを倍にしてくれたお礼あげるわ、そら!」


屈託のない純粋で狂気的な笑みでどこにあったかわからない手榴弾を無数にばら撒いた。


「なっ」


そのノーモーションの狂気に全員が一瞬、怯んだ。


「俺がこいつを引き受けますっ。皆さんは作戦通りにっ」


「おいっ、神崎!」


その手榴弾ごとNo.999を持ち上げる暴風で先導隊と距離をとる。


『神崎上等兵、単独行動はよせっ』


「錐生さんの能力が効果ありませんでしたっ。最低限の欠損は再生速度が速すぎて無傷と同じですっ。あの距離では迫撃も無理ですっ。だからっ、俺が時間を稼ぎますっ」


憂希にとってこれは無謀でも驕りでもなく、決意の行動だった。最前線にてNo.999を足止めできるほどの攻撃力を持つのは憂希だけだった。単純な攻撃力なら錐生の能力による射撃は効果的だが、不死にとっては最適ではなかった。不死ではなく再生であれば効果があったかもしれないが....。


数秒でも対応が遅れれば、防御態勢をとらされ、一気に形勢逆転となるところだった。混乱に一番強いのは統制から最も遠いところにいる狂気だろう。


『すぐに増援を向かわせる。深追いや無理はするなっ』


「了解っ」


目の前でまた何もできずに被害を出すのは二度とごめんだ、その思いが憂希を行動に移した。



「おいこらぁ!!下ろせやぁ!!!」


翻訳能力の範囲の広さに驚きながら、空中でジタバタしているNo.999に視線を戻す。


「お前っ、自分で爆破して大怪我して、何がしたいんだっ!?」


「怪我したくしてやってねぇわバカか!」


「じゃあ何で」


「死ぬ瀬戸際が一番気持ちいいんだろうがっ。その絶頂で人を殺せるっ。最高なんだよなぁぁぁああああアハハハハハハッ」


コミュニケーションはもはや別次元になり、意思疎通などできるはずもなかった。


「邪魔くせぇ風だなおいっ。吹き飛ばしてやるぜぇ!!!!」


手持ちの手榴弾のピンを引き抜きて自爆する。自分を縛るものは風でも敵とみなすようだった。


「ぐぅっ。いかれてる」


コントロールしていた風を爆風で乱され、No.999が零れ落ちるように落下する。


「アハハハハハハッ。最高だなぁ!」


自分の爆破でまたハイになっている。


「おもちゃ使い放題で気分いいなぁぁぁああああ!!!」


また使ったはずの武器が手元に戻っている。


「どこから出してるんだっ」


「なんか知らねぇ能力で俺にプレゼントしてくれるんだぜっ。いいだろぉ!なぁ!!」


何でも考え無しに情報を話している。それでも聞き出せる情報はそう多くはないだろう。ただ、さっきから身にまとっている装備は転送によるものだった。


「じゃあこんなのはどうだよっ」


両手に出現したのはナパーム弾。ゼリー状の可燃物質を充填した焼夷弾。それを手榴弾で起爆するという奇行が通るのはNo.999だけだろう。原動力は純粋な快楽。


燃焼した火炎物質が爆破と共に飛散し、火災が一帯に広がる。


「火だって...自然だろっ」


その可燃物質から炎だけを掠め取る。


「はぁぁああああ!?なんだよその能力っ!?」


さらに温度を上げ、一点に集める。


「俺に爆破や爆炎は効かない」


その炎をバーナーのようにNo.999に向けて放射した。


「ぐぁぁあああああっ熱っ!?」


瓦礫をも溶かす温度でも熱いで済ませる。爆炎と同等くらいの温度はすでに経験済みだということだ。


「焼くなようぜぇな!」


炎が止んだ瞬間にすでに全身が再生していた。不死というか再生能力にも長けている。


「じゃあじゃあじゃあっ!これだろ!」


手榴弾の中でも破片手榴弾。爆炎ではなく破片の爆散に重きを置いた手榴弾。


「手榴弾なら一緒だろっ」


素人の憂希にはその違いは見分けられない。同じように爆炎を抑えるよう風をコントロールし、防御態勢に入った。

しかし、No.999の目論見通り、その飛散をくらう。


「ぐぁああっ」


憂希の腕や足を爆散した破片が切り裂く。危機を直観で感じ取り、顔周りは腕で防いでいたがそれが間一髪、致命傷を防いだが、体は爆風の慣性のまま吹き飛ぶ。


「ぐぅ....うぅ...うう」


地面に転げながら傷口を抑える。感じたことのない切り傷の痛みと出血。


「アハハハハハハッ。どうだっ!これなら効くだろ!」


「効いたよ、くそ...」


この一帯には味方はいない。一般市民はすでに避難しているだろう。


「だったら起爆させないようにしてやるっ」


自分が先導隊から移動した距離はおおよそ掴んでいる。目印にもなるように広範囲を狙う。


「氷山でこの一帯を覆うっ」


足元から瞬間的な氷結と隆起するような氷塊を発生させる。


「冷てっ........」


回避の間もなくNo.999を氷塊の中に閉じ込める。

しかしすぐに中で起爆して、氷塊が倒壊する。水蒸気と黒煙が混じり、一帯の視界が最悪になる。

No.999もただの考え無しではない。戦場や危機的状況の数は段違いであり、その中で働く直観は確かなものだ。


『現在本隊が先導隊に合流。そちらに向かっている』


「アハハハハハハッ!アハハハハハハッ!冷てえのは初めてだぜおい!!気持ちいいなぁぁああああ」


新しい刺激に興奮し、高らかに笑っている。


「手ごたえがないのは...いろいろとすり減るな」


強風で煙を吹き飛ばして、視界を晴らす。

憂希は何をしても効いている感じがしない状態に一方的な消耗を感じていた。


「能力者と戦うってのも楽しいんだなぁアハハハハッ。銃や爆弾とは違う感覚が最高だよなぁぁぁあ。クククッ。じゃあさじゃあさ!これはどうなんだよっ!!!」


また性懲りもなく爆弾を起爆する。だが、今回は爆弾での攻撃が目的ではない。その爆風を利用して上空に跳ね上がる。


「何してんだ...」


能力が不死でなければただの自爆でしかないが、その自爆を移動手段にしている。誰も考えもしない発想を直観的に行動に移す。その規格外な独創性が戦場ではかなりの強みとなる。


連鎖的な爆発が止み、不気味すぎるほどの静寂が数瞬、空間を支配した。


「どこに行った...」


その言葉が漏れた瞬間、はるか上空で巨大な爆発が発生する。その爆発の後、まるで導火線でもあったかのように急降下しながらその爆破が連鎖的に地面に向かってくる。


「....ぁぁぁぁあああががぎががががはははががあああががあああああがががががははっははははははははっはははは!!!!」


No.999は落下に爆破の加速を乗せた急降下にて、人体が耐えられないスピードを原型をとどめないまま維持して急接近してきた。


「俺がっががああああ!!!!クラスターだ!!!!」


落下の瞬間に大量の爆弾を身にまとい、その衝撃をもって起爆とする奇策。

人の考えが及ぶ範疇を逸脱しすぎた結果、憂希はその奇襲に唖然と構えていた。


「うあ!?」


咄嗟の防御行動も効果が薄い防御壁程度が限界で、その威力に対してはあってもなくても変わらない。致命的な一瞬だった。



「花火は空中で果てるのが酒の肴になんのよって」


しかし、その爆破は地面では発生せず、なぜか空中に大爆発が発生した。


「なっ....?」


状況が呑み込めていない憂希は呆気に駆られる。


「よかった!神崎君!」


最近聞き覚えがある声で我に返った。増援だ。


「...ぁぁぁあああああああああ!!!誰だお前はぁぁぁああああ!!!」


「あれが対象かっ。生きがいいじゃんか!」


空間掌握による強制転送。ワープゲートのようなものを落下軌跡に配置して上空に繋げた芸当。


「じゃあどこまで耐えられるか見てやるよ!」


はつらつとしたその威勢と自信が戦場には眩しい。


「ほらっ踊れ!」


空間断裂と空間削除をランダムに発生させ、No.999をバラバラに分解し、それぞれの肉片を散らす。

だが、その瞬間、肉片が一点に集まり、超速再生する。


「だぁ!!なんだそれ!!」


「マジかよ!本当に死なないじゃん!...だったらこれでどう!」


No.999を段階的にではなく、その肉体がある周辺の空間ごと消滅させる。その瞬間、怒号や奇声が肉体と一緒に消え去った。


「...さすがに消滅した?」


その場にいる三人の誰もがそう思った。

だが、どこから発生したかわからない血潮がまた肉体を象り、命を形成する。


「アハハハハハハッアハハハハハハハハハハハッ!!!すっげぇぇえええ!!!!」


空間の消滅は要素的には断裂と圧縮を一瞬でしたようなものであり、血肉は消滅したわけではなかった。血肉がある限り、再生する。


「うわぁ夢に出てきそうなくらいホラーだわ。酔いがさめそうだからやめてほしいねぇ」


「この人...何やったら倒せるわけ?」


「いや...何をやっても倒せないから不死なんだよ」


最大の攻撃力での足止め。それがこの作戦の本筋とは言え、暴れられれば被害は拡大する。


『敵軍の殲滅を確認。日米大隊は直ちに撤退せよ』


その時、作戦終了の伝令が流れてきた。


「じゃあこいつをバイバイすれば終わりだよねぇ」


その伝令を聞いた瞬間、神酒が動く。


「世界旅行に行ってらっしゃい!!」


「は?何.....」


そう言い放った瞬間、No.999は言い切る間もなく姿を消した。


「え...どこに」


「太平洋のど真ん中に落としたはずっ!」


「えっ今の一瞬で!」


その凄まじさと手軽さが能力の恐ろしさを感じさせる。


「ありゃ駄目だね。あたしの能力でも殺せないとかやばすぎっ」


「でも作戦は終わりですよね。...ありがとうございます。助かりました」


「じゃあ作戦終わりの打ち上げで飲み行こ!君お酒飲める?」


「いや、僕ら側みんな未成年なので」


「なんだよ未成年多すぎだって!あぁ~新しい出会いが多いのにお酒飲める子少なすぎだって」


その戦いの終わりに、消えていた安堵が漂う。そう、帰還するまで油断できない。戦場ではなおさらそうなのだ。



『敵影を多数確認っ。突然発生したため転送による増援と思われる。戦闘態勢っ』


戦争の終わりはまだ先。薄く広がった安堵は消え、濃い緊張が走る。


『神崎上等兵、仁野一等兵、逆咲伍長。周辺の敵影から心音や血流の音が聞こえない。とはいえ機械音ではないため得体が知れない。警戒を最大限に』


その伝令と同時に目視した敵兵は明らかにもともといた、死んでいたはずの敵兵。


「やばっ。これってゾンビ!?何!?」


「...なんだこれ。生きてるのか、囲まれてる」


「...酔いも醒める状況だなぁ。それとも飲みすぎちゃったかなぁ」


戦場に湧いた死屍累々はまさに地獄絵図という言葉が当てはまる、戦慄の光景だった。

三人とも、この状況を察する。No.999すら餌として使用した罠だったことを。

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