第42話 暗殺者ミリアちゃん様

 ここ数日、俺の周りをちょこちょこと動き、嗅ぎ回る存在がいることに気づいていた。


 悪名高いのは事実なので、それだけなら別に気にしないが――

 どうにも気になる部分は『異様に気配を感じさせない』ことだ。


 常人、いや、相応の訓練を受けた人間でも気づくことは難しいだろう。


 間違いなく、その筋の達人――

 斥候か、あるいは、暗殺者か。


 だが、残念ながら、俺は人の気配に敏感だ。人体が常に発する微弱な電気信号を、紫雲院によって得た『雷の特性』が拾っているからだろう。

 残念だったな、俺はお前の特性を殺す特殊能力持ちなのさ。


 どうやら、俺は何者かに命を狙われているらしい。

 どんなやつなのか顔でも拝んでやろうと色々と動いてみるが、相手の立ち回りも見事なもので、決して罠に引っかからない。派手に動けば気づいていることに気づかれるからな――その辺がもどかしい。


 さすがはプロだな。

 あまり放置しておきたいものでもない。さっさと決着をつけるとしよう。


 俺は建物の外に出て、人気のない場所を何気なく歩いていく。俺をマークしている気配も、一定の距離を置いてついてくる。


 やがて――


「ふっ!」


 背後から強い息とともに、風切り音が聞こえた。

 あっと思った瞬間、それは俺の背後まで到達し――それだけだった。


 想定通り、俺の展開した『磁力結界』に囚われたのだろう。


 電流と磁力には切っても切れない関係がある。電流が磁力を起こし、磁力が電流を起こすのだ。雷撃とは電流であり、つまり、俺は雷を操って強大な磁力を足下に展開していたのだ。そして、通常の武器は金属製なので、磁力に反応して地面に落ちたわけだ。


 振り返り、足元の短剣を確認する。

 そして、目の前のピンク髪の女生徒に目を向けた。


「敵対行為を取った以上、死ぬ覚悟はできていると判断しよう。スペル『雷撃』」


 中身は『雷帝の一閃』だけど。

 だが、魔力を放つ直前、俺は微かな違和感を覚えた。


 ピンク髪のチビで、ブカブカの服を着た女――

 いや、それ以前にその容貌。


 ――まさか、ミリア?


 ミリアは原作ゲームにおいて『魔王の暗殺』を依頼された形で登場する、勇者リオンの仲間候補の暗殺者だ。


 仲間になるには複雑な条件があるわりに強くはないヴィクターと比べて、ミリアはかなり強力な仲間候補だ。もしも、彼女がミリアであれば、ここで殺してしまうと大きな戦力の喪失となる。


 その瞬間的な思案が、俺の手元をわずかに鈍らせた。

 強大な雷光が地面で爆ぜて、大爆音を轟かせる。


 そこにピンク髪の焼き焦げた死体は――ない。

 少し離れたところで、ピンク髪の女が笑みを浮かべて立っていた。


 俺の行動に揺れがあったのは事実だが、それでも回避するのはなかなかのもの。

 その技量も顔も、間違いなく、原作ゲームにおいて勇者リオンの仲間候補ミリアだ。正確にはミリアちゃん様だったか。


 ……どうして、そいつがここに?


 確か、原作ゲームだと登場は夏休みが終わった後のはずなのに、どうしてこんなタイミングで来ている?

 いや、理由など考えなくてもわかるか。

 暗殺者が気配を消して俺の後を追っていたのだ。俺の暗殺以外にないだろう。


「あは? 怖いよぉ、アルバート様? それは、短剣の形をしたラブレターなんだけどね?」


「ちょっと無理があるだろ」


 こいつは『強さ:99 賢さ:1』みたいな残念キャラだ。人の呼称には『様』をつけるようにと教えられた影響で、自分まで『ミリアちゃん様』と呼び出すくらいなのだから。せめて、ちゃんは取れよ。


「実は、アルバート様の強さに憧れていて、試してみたんだ。ごめんね。すごい! 握手してくれないかな?」


 そう言って、指先がちょこんと出ている両手を差し出してくる。

 ……おいおい、知ってるぜ。お前のその萌え袖、流行りに迎合したあざといデザインだと思わせておいて、毒針とか仕込む実用設定があるんだろ? 原作で履修済みだ。

 そんな物騒な手と握手するつもりはないね。


「いい加減、誤魔化すのはよせ。お前は、俺を暗殺しに来たんだろ?」


「――――」


 すっとミリアの視線が細まる。


「バレてた?」


「……この状況で言い逃れられるはずないだろ?」


「あっはっはっは! やー、さすがは学年首席だねぇ!」


 むしろ、わかんなかったら、学年除籍って感じだよ。


「……んー、ここは撤退かな、やっぱり」


「任務失敗で諦めるのか?」


「まさか! 任務の終わりはアルバート様かミリアちゃん様が死ぬまで! お互い頑張ろう!」


 そう言い残すと、ミリアは俺に視線を向けたまま後退し、そのまま姿を消した。

 ……逃げたか。

 あの状況で追撃しても仕留め切れるとは思えなかったので、悪くはない終わり方だ。だが、あの言い方だと、再戦はそう遠くないだろう。


 ――敵としてのミリアはかなり厄介だ。


 なぜなら、ミリアは恐ろしく強いからだ。今のルナやシルヴィアなど、比べ物にならないほどに。


 ミリアは原作ゲームだとすぐパーティーには入らず、前半はちょい見せの顔出し参加が多い。ゆえにゲームバランスを崩壊させる心配がないのと、最強の暗殺者という触れ込みの関係もあり、戦闘に関するステータスが盛りに盛られている。


 現時点で、すでに他の仲間候補たちとは一線を画す強さなのだ。


 さすがに『雷帝の一閃』が直撃すれば勝てるが、距離を詰められるのは避けたいところだ。


 おそらくミリアに勝つには『殺すつもりの本気』が必要だろうが、勇者の仲間候補である以上、殺すことは避けたいのが本音だ。


 ――この矛盾する命題を解決する方法が1つだけある。


 それは、血の古代魔法を習得することだ。

 ヴェルディクトにかけられた『狂奔』による身体強化をマスターすれば、ミリアの規格外の強さにも対抗できるだろう。おそらくは、殺さなくても無力化できるはず。


 ……が、それもなかなか前途多難だ。


 ここに来る前にいた第二図書館で、俺は『純正覇者の血統刻印』と向かい合っていた。

 結論から言おう。

 結局、今日の研究ではヴェルディクトの世界に呼ばれることはなかった。

 ヴェルディクトが、俺に飽きたから?

 もちろん、その可能性はあるだろう。だけど、違う気がする。


 ――未熟者が。易々と拝謁の機会を与えるとでも? 己の器を磨いてから出直せ。


 そう言われた気がしていた。

 ……いや、おそらく言われたのだろう。古代魔法の書を読むことは、奴らとの会話にも等しいのだから。俺の心に妙な言葉が浮かびあったのなら、それはヴェルディクトの意思である可能性が高い。

 別にそれはそれで構わない。何度も何度も殺されるのは勘弁して欲しいところだからな。

 ゆっくりと己を磨いて、ヴェルディクトに対抗できる力を蓄えていけばいい。


 そのときは、そう思っていたが――

 どうやら、そうも言ってられないらしい。


 再びミリアが動き出す前に、どうにかしてツンデレ王に俺を認めさせなければ、かなり面倒なことになる。

 マイペースに進めている余裕はない。

 やるか。やるしかない。

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