第11話 旅立ち

 騎士たちは呆然とした様子で全滅したワイバーンの死体を見つめた後、剣と盾を投げ捨てて大声で叫んだ。奇跡だ! とかそんな言葉を吠えながら、生きていた喜びを噛み締めるように仲間たちと抱き合っている。

 そして、俺は俺で喜びの渦中にあった。


「やった! やったぞ! ついにやった! はーはははははははは!」


 笑いが止まらない。

 俺が行使した『雷帝召喚・天罰の連雷』とは、原作ゲームに存在した魔法だ。先ほどのように、使うと戦闘画面全域を雷で焼き尽くす派手なエフェクトが特徴だ。

 ゲームで憧れていた古代魔法を完全に再現したのはこれが初めてなのだ。

 有頂天になるな、というのが無理だ。


 目標が達成された以上に――

 まさかこれほどの威力とは!

 これが、古代魔法の真の力。

 俺が手に入れた、圧倒的な力なのだ!


「すげえ! すげえぞ、これは!」


 完璧だ、これなら、死亡フラグなど恐れるに足りない。古代魔法を極めることを選んだ俺の道に誤りはなかったのだ。

 胸の奥で、確信が芽生える。

 この力があれば、俺は生き延びられる。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その後、俺は「大きな雷が気になったので戻ってきたんだけど」と言いながら、しれっとした表情でガルフリートたちと合流し、共に屋敷に戻った。

 騎士たちは高揚の真っ只中のようで、帰り道で何度も

「ワイバーン8体だけに雷撃! まさに奇跡だ!」


「神は我々を見捨てなかった!」


「俺、今でも興奮しているよ!」


 まあ、死亡確定からの劇的な逆転劇なのだから、興奮するのも無理はないが。

 そこまで喜んでもらえると悪い気はしないな。

 屋敷に帰りついてからも、その話題で持ちきりだった。


 それでも時間は普通に経過して――

 2週間が過ぎ、ついに俺の学院入学の日がやってきた。


 ……いよいよ、原作ゲームが開始される。

 状況は悪くはないはずだ。俺は古代魔法をついにマスターし、比類なき力を手に入れた。エリアーナ王女からは程よく嫌われた、学院でもいい感じに俺を無視してくれるだろう。

 あとは学院で息を潜めていれば、滞りなく死亡フラグを乗り越えられるはず。あとは勇者リオンが魔王さえ倒してくれれば、俺の天寿全うは確実だ。

 家を立つ日、俺は父の執務室を訪れた。


「今までありがとうございました。これから家を離れ、アルカナ学院に向かいます」


 学院は全寮制なので、家を離れる必要がある。


「うむ、学院でも、クロンシュタット家の名に恥じぬよう励むのだぞ」


「はい」


「お前には雷神の加護がついている。臆するな」


「はい――はい? 雷神の加護?」


「そうだ、お前も知っているだろう? 先のワイバーン討伐で絶体絶命のところを雷が落ちて救われた話だ」


「ああ、はい……あの、それが加護なのですか?」


「当然だろう! 偶然、ワイバーンだけに8本の雷が落ちるはずがない! あれは我々の理解及ばぬ存在が与えてくれた恩寵に違いない」


 父は目をキラキラと輝かせて、俺の顔を見た。


「クロンシュタット家にも良い流れが来た。これは吉兆だ!」


「え、あ、はい……」


 裏側を知っている俺としては、どう反応すればいいのか困ってしまう。まあ、あんなもの奇跡だとしか思えないよな……。

 我々の理解及ばぬ存在が与えてくれた恩寵――という部分は当たらずとも遠からずだが。あの紫雲院という謎の女、何者なんだろうか……?


「困ったときは雷神様に祈りを捧げるがいい。私も、お前のために毎日祈ろう」


「ありがとうございます……」


 なんか思いっきり変な方向に話が進んでいるんだが!?

 変な宗教が生まれたりしないだろうな。我が領地の未来を案じてしまう……。


「それでは、行って参ります」


 父に別れを告げると、俺は屋敷の外で待たせてある馬車へと向かった。

 馬車の前には、世話になった家人たちや、ガルフリートたち騎士、そして、家庭教師のクロードが待っていた。


「出迎え感謝する」


 クロードが前に歩き、

「坊っちゃまは、私の教え子で最も優秀な人材です。正直、学院に送るのが口惜しいほどですが、仕方ありません。お元気で。魔法の学習は怠らず」


「当然だよ」


「お戻りの際は連絡をください。このクロード、もう坊ちゃんの魔法でなければ満足できない体になってしまいました。ぜひ、薫陶をひとつ」


「あ、ああ……」


 なんだかクロードから妙に迫力のあるオーラを感じてしまう。言葉の裏に隠された感情に深いものでもあるのだろうか。

 それから、家人たちと順に別れを惜しんでいく。俺に人格が切り替わってから5年が流れ、みんなに嫌われていたアルバート君はみんなに愛される人間になっていた。

 悪くはない気分だ。

 彼らとの別れを惜しんだ後、俺は馬車に乗り込んだ。

 馬車がゆっくりと走り出し、風景が流れていく。

 学院への入学は、俺を死亡へと誘うゲームの始まりでもあるが、楽しみにしている部分もある。

 ゲームの舞台がアルカナ学院だけあって、天帝書のような古代魔法の書物の多くは、学院に隠されているのだ。


 ほとんどは一般生徒がおいそれとは入れない場所だが――

 それらを入手するのが、俺のミッションだ。


 より多くの古代魔法をマスターし、己の手札を増やす。それが正しい動き方だ。

 まさか、書物ごとに紫雲院みたいな変な人格が宿っているのだろうか……? そうだとすると厄介だな……紫雲院がピカイチで性格悪いだけならいいんだけど。


 いよいよ始まる学院生活――

 ゲーマーとして、いかなる困難もクリアしてきた俺にすれば、面白く、実に心躍る部分だ。最高にカッコよくクリアしてやろうじゃないか。


 ――俺の第二の人生は、いよいよ本番を迎える。

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