死ぬたび強くなる俺、二度と死にたくない。
てててんぐ
第1話 無能の勇者候補、最初の死
――痛い。
熱い。冷たい。怖い。
感覚が全部ごちゃ混ぜになって、どれが何なのかもわからなかった。
胸の奥で、何かが破ける音がした。
息を吸おうとしたのに、空気が入ってこない。喉に熱い液体が詰まり、呼吸が奪われる。
血だ。自分の血が、肺に逆流している。
視界が赤く染まり、やがて暗転していく。
それでも、耳だけは、はっきりと音を拾っていた。
「悪いな、レン。……ここでお前は、終わりだ」
聞き慣れた声だった。
勇者――神城ユウマ。
高校の同級生で、この異世界に召喚された“選ばれし者”の筆頭。
俺の……かつての仲間だった。
体が地面に叩きつけられ、乾いた石畳の感触が背中を打つ。
目を開けると、薄暗い地下遺跡のような場所。
光る魔法陣の縁に立つユウマが、淡々と聖剣を拭っていた。
その刃先には、俺の血がこびりついている。
「……どうして、ユウマ」
喉が裂けそうなほどの痛みの中で、絞り出すように問う。
ユウマは眉をひとつも動かさず、冷めた目を向けた。
「どうしてって……お前、自分が何もできないってわかってたろ。
スキルなしで、魔法も剣もダメ。そんなの連れてたら、全員死ぬ」
「俺……足引っ張ったか……?」
「引っ張る以前に、いなきゃ助かるだろ」
その瞬間、背筋が凍った。
ユウマの後ろでは、聖女のミリア、魔導士のカイン、剣士のルークが黙って俺を見下ろしていた。
誰一人、止める者はいない。
むしろ“処分”を当然だと受け入れている目をしていた。
ミリアがわずかに顔を伏せ、祈るような声で呟く。
「……神の選定に誤りはありません。無能は、不要です」
ルークが鼻で笑った。
「哀れなもんだな。せめて死に様くらい、勇者らしくあれよ」
俺は、何も言えなかった。
何を言っても、誰も聞かない。
この世界では、“スキルがない者”はただの荷物。生きる価値すら与えられない。
胸の奥がじわじわと熱くなる。
痛みが意識をかすめるたび、世界が遠のいていく。
……怖い。
本能が叫んでいた。死ぬのが怖い。
だけど、助けは来ない。ここで終わるのだと、理屈では理解していた。
「ユウマ……俺、まだ、やれる――」
声にならない言葉を吐き出した瞬間、
聖剣がもう一度、俺の胸を貫いた。
息が止まり、視界が暗く染まる。
鼓動が一つ、二つ、そして途絶える。
世界が、消えた。
闇の中。
音も、光も、痛みも、何もない。
なのに――意識だけが、残っていた。
死んだはずの俺の中に、誰かの声が響いた。
《スキル〈死神の加護〉が発現しました》
《条件:死亡を確認。スキル抽選を開始します》
……スキル?
頭の奥で鈍い痛みが走り、何かが書き換えられる感覚。
骨の髄に冷たい刃を差し込まれたような、奇妙な感覚だった。
《新スキル獲得:〈痛覚耐性Ⅰ〉〈自己治癒〉》
《祝福完了。リザレクション・プロトコルを起動します》
次の瞬間、胸に風が吹き込んだ。
「――ッ!!」
肺が空気を求めて痙攣する。
地面に叩きつけられるように目を開いた。
そこは、見知らぬ森の中。夜の闇に包まれ、草の匂いと湿った土の感触が生々しい。
「はっ……はぁ……ッ……!?」
自分の胸を見た。
穴が空いていたはずの場所は、うっすら赤くなっているだけで、致命傷は消えていた。
けれど――痛みは、残っていた。
死の瞬間の痛み。息ができない恐怖。全てが、鮮明に蘇る。
俺はその場に膝をつき、しばらく動けなかった。
吐き気と涙が同時に込み上げてくる。
生きていることが、怖かった。
「……なんだよ、これ……俺、死んだんじゃ……」
ふと、頭の中に小さな文字のような光が浮かんだ。
ステータスウィンドウ。召喚時に全員に与えられた“神の記録板”。
そこには、新しい項目が追加されていた。
――――――――――
【天野 蓮】
種族:人間
称号:死神の加護を受けし者
スキル:〈痛覚耐性Ⅰ〉〈自己治癒〉
――――――――――
「スキル……ある……」
言葉が震える。
けれど、喜びよりも恐怖が勝っていた。
だって、俺は“死んで”手に入れたんだ。
あの地獄みたいな痛みを、もう一度味わうくらいなら……スキルなんていらない。
夜の森に風が吹いた。
草が揺れ、どこかで獣の唸り声が響く。
俺は身体を抱きしめ、歯を食いしばった。
「……ユウマ。お前、絶対に許さねぇ」
胸の奥から、黒い感情がゆっくりと湧き上がる。
悔しさ、怒り、そして恐怖。
全部を抱えたまま、俺は立ち上がった。
星が見える。
この世界の夜空は、日本よりもずっと鮮明だ。
だけど、その光は、俺にはあまりにも遠かった。
「……俺は、生きる。何度でも」
死ぬのは、もう二度とごめんだ。
けれど、死ななければ強くなれないのなら――
俺は、この呪いと共に、進むしかない。
血のように赤い月が、森の向こうで昇っていた。
新しい夜が、俺の“二度目の人生”を照らしていた。
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